第14話 我が技術を勇者に捧ぐ
テルスの丘の依頼から一ヶ月ほど経った頃。
私たちは拝命祭に向けて、北の大森林方面の依頼を多く受けていた。ついでに影移動の範囲を広げておけば、大森林を抜けるのもラクになるしね。
お金もだいぶ貯まってきたので、私たちは久々の休暇をとることにした。
「可愛いー!!お花の型だけで何種類あるの!?一個三〇〇ポンデか……何個買おう……」
「ピィ〜ピピピ!」
「あぁ〜そっちのまん丸い型も、ゼリー作ったら美味しそうだよねぇ」
「ピ!」
ここはトーマ君のお姉さんが営む、トミーザ雑貨店。色んな種類の調理器具や、食材を扱っている。
村の職人さんたちが作っているそうで、作りがとても良い。お菓子を作るこまごまとした道具も多く、ついつい欲しくなってしまう。
……と思っているのは私だけで、アイシャは店内をキョロキョロ見回してるだけね。後ろで私を待ってるだけのよう。
「すごい巨大な魔物を倒した人たちって聞いてるけど、お菓子作りもするんだねぇ。こうして見てると、普通の可愛いお嬢さん方じゃないか」
買い物をしていると、店主のトミーザさんが話しかけてきた。私が色々買いにくるのもあって、すっかり顔なじみになっている。
「夜になると、つい甘いものが作りたくなっちゃって……」
「私は食べる専門です」
「あはははは!!本当に普通のお嬢さんだねぇ。いやぁ実はね――」
神妙な面持ちで手を口にあて、トミーザさんが顔を寄せてきた。
「トーマがね、旅のあとに村を出たんだよ」
「え……?村を出るの、嫌がってるみたいだったのに」
「そうなんだよ!私もトーマは村に残るものだと思っててさ」
今度は大きく両腕を広げて、大げさにおどけてみせる。でもそれくらい、トミーザさんから見ても意外なことだったのね。
それでも少し誇らしげに、トーマ君のその後について教えてくれた。
「テルスの丘で巨大な魔物に襲われて……今のままじゃ、村を守れないってね。魔法と創薬の勉強のために、留学することにしたんだって」
「留学……って、外国に行ったんですか!?すごい方針転換ですね」
「あぁ。それも、お嬢さん方の戦いを見て決めたそうだよ。よほど衝撃だったんだろうねぇ」
「そうなんですか?」
トーマ君の動機が自分達と聞いて、思わず聞き返してしまう。するとトミーザさんはバチンと手をたたき、さらに続けてくれた。
「そうだよ!トーマだけじゃない。チバンも村を出てったんだから!」
「えぇ!?チバン君も?」
「そうそう、そっちの剣士のお嬢さんに感化されたみたいでね」
「わ……私?」
急に話を振られて、少し驚きながらアイシャが話に引き込まれる。チバン君についても、自分の弟のようにトミーザさんが話し始めた。
「ボクも魔法剣を使えるようになるんだ!!って、王国の魔法騎士団に志願したんだよ。コボルトということもあって、特別枠で入れたみたいだよ」
ああ、稲妻の魔法剣か。あれは確かにすごかった!けど、それで騎士に志願するなんて。相当な衝撃だったんだなぁ。
「二人とも、とても大きな目標を持ったんですね。すごいなぁ」
「本当にねぇ、そういうご縁があったんだねぇ」
ひとしきり語り続けて満足したのか、トミーザさんはしみじみと話をまとめた。
彼女にとってトーマ君とチバン君の成長は、それだけ大きく予想外の結果になったのだろうな。そしてそれに関わった私達に、この話を伝えたかったのだろう。
なんだか照れくさくなってしまうわ。
「そろそろお会計するけど、アイシャは何か買うものある?」
「私は別に……あっ」
一応、アイシャにも何か買うものがないか確認する。普段は特に何かを欲しがる様子がない彼女だけど、今日は珍しく気になるものがあるようだ。
その視線の先には、手作りの食器が並ぶ。
「このカップ……」
「あ、可愛い!」
「あらぁ!さすが勇者さま、お目が高い!って言いたいところだけど――」
アイシャは一つのカップを手に取り、ゆっくり角度を変えながら眺める。青い花の模様が、光に照らしだされて可愛らしい。
トミーザさんは、まだ何か言いたげに含み笑いをした。
「それはねぇ、駆け出しの新米職人が作ったカップなの」
「そうなんですか?この青い花の飾りが、素敵だなって思って」
装飾が気に入ったのね……そういう感想を持ったアイシャって、初めて見たかも。いつも目にする彼女は、剣や魔法の訓練をしてる姿だからな。
「その飾りは、カップを作った新米職人の紋様だね。職人たちは自分の紋様を作って、作品に添えるんだよ。その花はリュドレーといって、ドワーフの里に咲くと言われている花なの」
「へぇ」
「花言葉は『我が技術を捧ぐ』。色にも意味があってね。白い花は愛するものへ。赤い花は英雄へ。青い花は勇者へ――」
「えっ……!?」
「ふふふ」
勇者という単語に、アイシャが反応する。そんな個人に宛てたメッセージのような紋様を作るなんて、もしかして……。
「その新米職人の名前は、リジェット!」
「えええええええ!?」
「ピピピィー!?」
思わず大きな声をだしてしまった……。うにぴーまで、声を出して驚いている。
リジェットちゃんは、絶対に村を出たと思ってたのに!!
しかも旅で出会った時から一ヶ月くらいで、もう修行を始めて作品を作ってるなんて。急に方向転換したのに、すごい頑張ってるのね。
「リジェットも、あなたの魔法剣を見て決めたそうよ。あんな技を使える武器を作ってみたいって」
「そう……なんですね」
アイシャは嬉しそうに、カップを手で包み込む。
「私、このカップ買います。未来の巨匠の作品、ですから」
「あら嬉しい!きっとリジェットも喜ぶわ」
私達はそれぞれに、宝物を手にしてお店を出た。
「トーマ君たち、大きな決断をしたんだね」
「うん。……みんなの夢、叶うと良いな」
日に照らされた横顔が、優しく微笑む。いつもの明るく元気な、勢いばかりのそれとは違う。安らぎのある、自然な笑顔だ。
「ふふふ。なんだか、勇者さまって感じがするね!」
「え……えー、今さらぁ?」
「だってさ」
仲間として、友として伝えたい。
アイシャはすごい人なんだって。
「あの夜に魔物を倒した一撃が、人の心を変えたんだよ。それもより強い生き方に、ね。それって魔王を倒すのと同じくらい、すごいことだと思う」
「ええ!?そんな大げさだよ!!」
顔を真っ赤にして手をバタバタしながら、アイシャはまくし立てる。
「それにあの魔物を倒せたのも、稲妻の魔法剣が使えたのも、テルテがいてくれたからだよ!!」
「だとしても、すごいと思うわ」
出会った時は、普通の剣士だと思って。魔王を倒しに行くって聞いた時は、どうなるかと思ったけど……。
「アイシャはさ、本当に魔王を倒す勇者になれるよ」
「え……あ……」
褒められすぎたのか、照れて言葉に詰まるアイシャ。それでも嬉しそうな笑顔で、言葉を絞り出す。
「ありがとう」
一緒に魔王を倒そうね。
彼女の信頼を込めた言葉が、すごく心地よかった。
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