第13話 クレープシュゼット
リジェットちゃんたちと別れてから、私たちは宿に戻ってきた。その後は部屋でゆっくり過ごし、食堂で夕食を終えて夜を迎えた。
「テルテ、何か作ってるの?」
アイシャが期待を込めて、調理台に立つ私の手元をのぞいてきた。部屋は甘い香りに満たされ、お菓子を作っていることは明白。彼女の声も、少しうわついている。
「オレンジたくさん貰ったから、ちょっとね」
部屋に戻ってから、私はせっせとクレープを焼いていた。フライパンに丸く広げた薄い生地が、香ばしく甘い香りを漂わせている。
クレープ生地を焼き終えると、ソース作りにとりかかった。
「ここからが美味しくなる魔法だからね。横で見ててよ」
「?うん」
フライパンでバターを溶かし、そこに砂糖を溶かし入れる。しばらくすると、ほんのりカラメル色に。そこへ、オレンジを絞った果汁を加えた。
更に火にかけて、オレンジのソースはフツフツと小さな気泡をたてる。爽やかで甘い、幸せな香りが広がっていく。
「うぅ〜良い香り……!」
「そして見せ場〜。うにぴー!」
「ピ!」
小さなソースパンを持って、うにぴーが寄ってくる。ソースパンの中には、オレンジの果実酒。チバン君がくれた袋の中に、入っていたのだ。
オレンジの果汁だけでもいいんだけど、これがあると一気に深みが増すのよね。ありがたく使わせてもらうわ。
「これに火をつけて……うにぴー、フライパンに入れて」
「ピ!」
「わわっ!燃えてる燃えて――あぁ、これ絶対美味しい香り!!」
オレンジソースの中に、燃える果実酒が注がれる。青い炎がゆったりと燃え、さらに香りを引き立てていく。
「このソースの中に、クレープをいれるの」
「おおお!」
アルコールがとんで、炎が消える。そこへ、四つ折りにしたクレープを並べ入れた。
ソースをスプーンでかけながら、クレープに染み込ませてゆく。
「あとは盛り付けて――っと」
白く丸いお皿に、クレープを並べる。ソースを回し入れ、最後に切っておいたオレンジとハーブを飾って完成だ。
「さぁ、クレープシュゼットのできあがりよ。食べましょう!」
「ピィー!」
「やったー!」
想像以上の仕上がりになって、満足だわ。お茶とクレープを運んで、私たちは食卓につく。うにぴーの分は、ジェムを用意した。
「すごい……黄色いお花畑みたい……。たべるのがもったいないよ」
「ふふ、そう言ってもらえて光栄よ。さぁ、たべましょう」
「うん!」
私たちはさっそく、クレープを口にした。モチモチのクレープから、ジュワッと染みだすソース。口の中に、オレンジの爽やかな香りが広がる。
「――すっごく美味しい!!こんなものが作れるなんて、テルテは天才だよ……!」
アイシャも、嬉しそうにクレープを頬張っている。彼女が甘いものを食べていると、なんだか気持ちが癒されるわ。
「なんだか、村のこと思い出しちゃうな。みんな、うまくやってるかな?」
「どうかしらね」
「…………」
「ピィ……?」
黙りになってしまったアイシャを、うにぴーが心配そうに見上げる。
「村に帰りたい?」
「そんな!私は魔王を倒しに行くんだから!」
「魔王を倒した後は、帰りたいの?」
「それは……」
少し言葉に詰まってから、アイシャはゆっくり答えてくれて。
「どうか、な?……帰りたくても、もう村はないから」
「……そう」
彼女の故郷に帰るという願いは、もう叶わないものなのだろうか?
帰りたいと言いながらも、帰れないことを分かっているアイシャの表情は、どこか悲しげだ。
「どこか――アイシャが良いと思える場所があったら、そこに家を建てよう」
「テルテ?」
「長く住んで愛着が湧くと、そこが故郷だと思えるようになるよ」
意外な提案だったのか、彼女は少し困ったように笑っている。
「へへへ。変なの。十年も眠ってたのにどうしてそんなこと、わかるの?」
「うん……なんでかな。私にもそう思える場所があるのかも」
「また靄の中?」
「そう、ね。そう、かも」
自分でもハッキリしたことは、思い出せない。それでも思い出したい、たぶん大切なものがあるのだ。
アイシャはそんな私の様子を、疑うこともなく受け入れている。またクレープを食べながら、楽しそうに話しはじめた。
「いつか、テルテの靄の中の故郷にも行ってみたいな。それで色んなところを旅をしながら、どこに住むか決めよう。テルテも近くに住むんでしょ?」
「まぁ、そうなるかしら」
「ピィー!」
「へへ、うにぴーも一緒にね!」
魔王討伐の先の、まだ見ぬ故郷の話。
他愛のない話をしながら、夜はふけていった。
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