第10話 テルスの丘にて
テルスの丘には、予想通り夕方ごろ到着した。
途中で蜂の魔物に遭遇したが、アイシャが率先して倒してくれた。魔法剣の使い方も慣れてきて、危なげなく戦っている。
採集は夜の方が、品質が良くなるそうだ。私たちは夜の採集に備え、夕食にすることに。
私たちは昨夜作ったケーキを、五人分に切り分けて並べる。トーマ君たちも、持ち寄った野菜や肉の料理を分けてくれた。
五人と一匹で食事を囲み、会話が弾む。
「僕たちの村では、王都とヨールティに行商に出て、帰りにこの丘の薬草を採って戻るのが、成人の儀式なんです」
「あたしたち、帰ったら自由の身なんだ!」
「リジェット、またそんなこと言って……」
トーマ君は頭を抱えながら、ため息をつく。
「成人の儀式の終わりに、僕たちは村に残るか、出ていくか……決めることになってるんです」
「あたし、ぜ〜ったい村を出る!なのに、トーマとチバンはさぁ……」
リジェットは二人の幼馴染みに対して、不満げに目をすがめる。その視線に、トーマ君は再びため息をついた。
「村を出るなんて、とんでもない!そんな危険なことをしなくたって、僕たちの村はそれなりの生活が出来るんだから……」
確かに。馬車を国に納めてるって言ってたし、職人で潤ってる村なのかも。
チバン君が口にしてるピーナッツも、市場で高値がついていたわ。変わった農産物も、色々あるのかもね。
こうして若者に行商の経験をさせているのも、それだけ村に売りがあるってことなんだろうな。
「トーマは弱虫なんだ!賢者の拝命を受けたクセに、村で薬師になるとか言ってるんだよ!!」
「はぁ……村の人たちの生活を守るのだって、大事な使命だよ。リジェットこそ鍛冶師の拝命を受けてるんだから、ちゃんと村で修行すれば一流の――」
「ねぇ〜チバン〜」
「村の外、ピーナッツない。そんな生活ごめんだワン」
「ぐぬぬぬー!」
全く意見の合わない二人にリジェットちゃんは、しかめっ面をして黙り込んでしまった。
困ったように、トーマ君はこちらに話を振ってきた。
「アイシャさんとテルテさんは、冒険者なんですよね。何か目的があるのですか?」
「魔王討伐です!!」
「えぇ……」
トーマ君の顔が、さらに困惑する。ごめんね、うちの勇者もこんな感じなの……。
これに食いついたのは、リジェットちゃんだった。
「すごいすごーい!!魔王を倒しに行くなんて、かっこいいー!!」
「そ、そうかな?」
「魔王を倒して、それからそれから?その後、どうするの!?」
「えっ……」
リジェットの問に、アイシャは言葉が詰まる。
魔王討伐に全力のアイシャは、目的を果たした後どう生きたいのか?確かに、私も考えた事がなかったわ。
「故郷に……帰りたい……」
「えぇ〜結局それ〜?」
「素敵じゃないか。魔王を倒した勇者様が村に帰ってきてくれるなんて、僕だったら誇らしく思います」
「そう……かな?」
アイシャは、ぎこちない笑顔で返す。
彼女の村は魔物に襲われて、焼けてしまった。村人たちも、国や縁者を頼って新しい生活をしている。
帰りたい故郷は、もう存在しないのかもしれない。
「……一緒に帰ろう、アイシャの故郷」
「テルテ?」
不思議そうにアイシャが見つめてくる。
おかしなことを言ってしまった。私にも、もう帰る家が無いからかな……。
「そろそろ良い頃合いですね。アイシャさん、テルテさん、見てください!」
「えっ……えぇ!?」
「わぁ……綺麗……!」
トーマ君が丘の方を指さす。
話に夢中になって気づかなかったけど、空はすっかり夜の帳がおりている。代わりに、地表が優しく煌めいていた。
これは……草が光っているの?
「テルスの丘の薬草は、夜になると光るんです。光っているのが、丁度良い収穫時期のものですよ」
「そうなのね。薬草に詳しくないから、助かるわ」
彼らに同行したのは正解だったな。良い薬草の見分け方がわかって、効率的に採集できそう。
「ねぇねぇ!誰が一番たくさん採れるか競走しようよ!あたしが勝ったら、みんなで村を出るってことで!」
「リジェットはまた、そういうこと言って……」
勢いよく走り出したリジェットちゃんに、トーマ君とチバン君が続く。
影空間から、私はカゴを二つ取り出す。
「私たちも行こうか。魔王討伐の資金稼ぎのために、ね」
「ピィ!」
「うん……行こう!!」
丘の中央につくと、薬草の光で昼間のような眩さだった。足元に影が出来なくて、夜なのに影移動が出来なさそう。
試しに薬草を摘んで、クロークの中に入れてみる。こちらは問題なく、影空間に繋がるわね。荷運びは大丈夫そう。
私たちは、どんどん薬草を摘んでいく。星空と光る丘に挟まれ、まるで夜空の中に居るよう。
「テルテ、これも影空間に入れてもらえるかな?」
アイシャが、薬草でいっぱいになったカゴを差し出してきた。
「ピィ!ピー!」
「もうこんなに摘んだの?すごいわね」
「明るくて、見分けやすかっ……」
「ねぇねぇー!見てよー!私がいちばーん!!」
溢れんばかりに薬草を盛ったカゴを持って、リジェットちゃんが駆け抜けて行った。そしてトーマ君の前に、ドンッと置いて見せる。
……少し、採り方が雑かなぁ?
「傷ついてるのも多いじゃないか!それじゃ売り物にならないよ……」
「フン!トーマは細かいんだから!ねぇーチバンー」
「なん……ワワン!!」
リジェットちゃんに、声をかけられたチバン君。振り向きざまに、ハデに転んでしまった。
「何やってるのよー!?ほらっ」
「ありがとワン!」
転んだチバン君に、リジェットちゃんが手を差し出す。その手をチバン君が取ろうとした瞬間――
ガサガサガサ!!
チバン君の地面を引きずられたと思うと、次の瞬間には空中に舞い上がっていた。
「ウワワワワーン!!」
「チバン!?」
「チバン君!?」
宙吊りにされたチバン君の足には、蔓のようなものが巻きついていた。周囲にはそれ以外の蔓も、無数に生えている。
そしてその先にはーー巨大な植物の魔物がそびえ立っていた。
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