第8話 ケーキを焼く夜
ギルドでは採集の依頼を受けた。依頼の薬草は、西のテルスの丘に群生しているらしい。
テルスの丘までは、徒歩で二日ほどかかる。私たちは宿に戻り、旅の準備に取りかかった。
「テルテ!見て見て!!」
アイシャの差し出してきた手には、旅の初日に渡した魔法具が握られていた。魔力操作を表す魔石は、火と風の石が均衡を保って輝いている。
「ピィー!!」
「すごい上達したじゃない」
「えへへ。魔王を倒すために、もっともっと強くならなきゃいけないからね」
「ふぅん」
勇者の拝命とは、そんなに強い使命感を抱くものなのかしら?
旅の間も宿に着いた日も、アイシャは毎晩欠かさず魔力操作の練習をしていた。実際に魔法を使わなくても、それなりに疲れるはずなのに。
がんばり屋さんなのはいいけど、無理はしないで欲しいわ。初日みたいに、大ケガされるのもイヤだし。
「なんか良い匂い……テルテは何を作ってるの?」
「ちょっとケーキを、ね」
「ケーキ!?テルテ、ケーキが焼けるの!?」
「そんな……お店で売ってるような上等なものじゃないわよ。ただの焼きっぱなしケーキだから……」
「それでもすごいよ!!わぁ……」
まるで宝物がそこにあるかのように、アイシャはオーブンを見つめた。
そんなに期待されると、緊張してしまう。その反面、彼女にも好きな物や欲しい物はあるのだと思えて安心する。
「そろそろかな?うにぴー、お願い」
「ピッ!」
「もう焼けるの?」
「まだよ。山型に割れるように切れ目を入れるだけ」
オーブンを開けて、うにぴーに鉄板を引っ張り出してもらう。ケーキの表面に切れ目を入れると、いい感じに表面が広がる。
切れ目を入れ終わったケーキを、再びオーブンに戻す。
「ケーキが……こんなにいっぱい……!」
「焼けるまで、まだ時間かかるよ」
「うう……楽しみ……。ケーキが作れるなんてすごいなぁ。テルテはどうして作れるの?」
「どうしてって……」
「ピィ…ピィ?」
どう説明しようか、少し言葉につまる。
「お母さんが毎日のように、お菓子を作ってくれて……一緒に作ったりしてたから……」
「そうなんだ。テルテのお母さん、ステキだね!」
「うん……」
「ピ!」
長い眠りから目覚めた娘との、それまでの時間を取り戻すかのような温かい日々だった。わずか二年で、今度は母が長い眠りについてしまったが……。
「さて、と。待ってる間に、面白いこと教えてあげる。アイシャの剣、ちょっと貸して」
「うん?」
アイシャは不思議そうに、自らの剣を渡してきた。初めて見たときから業物だと思っていたけど、やはり魔力紋の加工がされている。
だとすると……
「うっ……結構重い……うにぴー、手伝って!」
「ピ!」
一人では剣が構えられず、うにぴーに手伝ってもらう。アイシャは普段、片手で振り回してるんだけどな。
構えが安定した状態で、剣に水の魔力を込めた。
「えっ!えええぇ!?」
「やっぱり。これ、魔法剣よ」
私の魔力に反応して、剣は氷の刃をまとった。難しい魔力操作をしなくても、剣の形状になるようね。
魔力操作の上達した今のアイシャなら、簡単に使いこなせそう。
「すごい!私全然知らなかった。テルテはなんでわかったの!?」
「こういうの、部屋にいっぱい転がってたか……ら……?」
自分で言いながら、また記憶にモヤがかかる。
私の治療費を捻出するために、生家には高価なものはほとんど無かった。だとしたら、魔法剣のような物がいっぱい転がっていた部屋とは……?
矛盾が生じるのに、どうしても記憶が辿れない。
「ねぇ!私もやってみたい!」
「えっ!?」
アイシャから怖い発言が飛び出す。まぁ、予想はしていたけど。
「ダメダメ!アイシャの魔法って火属性でしょ!?こんな木造の建物が密集してる場所で使うなんて!明日、街の外で使いなさい!!」
「えーっ!!そんなぁ……」
「ほら、そろそろケーキ焼けるわよ!うにぴー」
「ピ!」
うにぴーは待ってましたとばかりに、オーブンから鉄板を取り出した。ケーキはキレイな山型に仕上がっている。
テーブルの上に網を置くと、うにぴーがケーキを型から出して並べていく。こういう熱いものを平気で触ってくれるから、本当に助かるのよね。
「ケーキが四つも……」
「こっちは甘いケーキ。こっちは食事用のしょっぱいケーキ」
「食事でケーキ食べていいの……?」
うっとりとケーキを見つめるアイシャ。それを遮るように、私はケーキに布巾を被せた。
「……え?」
「こうやって冷ますと、しっとり仕上がるの。完成は明日の朝よ」
「えええぇ!?味見とかないの!?」
予想以上の良い反応だわ。
料理の主導権を握るというのは、こういう顔を見るためといっても過言ではない。
「余った生地を、カップに入れて焼いたのがあるんだけど……食べる?」
「た、食べる!!」
「焼きたてで激熱だから口の中、火傷しないようにね」
「うん!!」
私たちはもう寝るという時間に、甘い悪事をはたらくのだった。
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