第3話 街道を北へ

「ヤアァッ!!タァッ!!」


 アイシャの剣が、魔物たちを切り裂いていく。

 勇者の拝命を与えられるだけあって、彼女の戦闘センスは良い。

 以前何度か護衛に剣士を雇って王都の外へ出たことがあるが、こんな身のこなしの者はいなかった。


「テルテ〜!どうかな――!?」

「?」


 魔物を片付けたアイシャが、こちらを振り向き大きく手を振る。太陽に照らされた満面の笑顔が、眩しい。


「私ー!魔王倒せそうかな――!?」

「まだまだわかりませんねぇ!!」

「ピー!!」


 私のツッコミに、うにぴーの声が重なる。

 王都を出発して数時間で、その発言になること自体が信じられない。彼女は光の加護のもとに生きる人間なのだな。


 パーティを組んだ翌日、私たちは北へ向かって王都を出発した。街道に沿って一週間ほど進むと、商業都市ヨールティに着く。

 行政と研究所が集中する王都よりも、ヨールティはギルドの仕事も多い。冒険者としての経験を積むにしても、路銀を稼ぐにしても都合のいい都市なのだ。


「先は長いんだから、全力で戦ってるとバテるわよ」


 歩いて一週間ほどかかるとはいえ、王都と主要都市との街道。冒険者の往来や兵士の巡回も多く、さほど魔物の量も多くない。

 ときどき群れからはぐれた小型の魔物が、街道に出てきてしまう程度なのだ。

 それを見つけるやいなや、アイシャは全力で駆け出して切りかっている。私が近くに着く頃には、魔物は浄化され魔石やジェムになり転がっていた。

 ちなみに魔石やジェムは売ってお金にできるので、うにぴーが触手でピッピと拾ってくれている。


「あと、あの魔物が気になるのよね。少し前から頭上をついてきてるんだけど」


 上空に大きな鳥型の魔物が、付かず離れずで旋回している。まだ攻撃するほどの距離ではないが、確実にこちらの様子を伺っている。


「ホントだ!!あんなに遠くだと、剣で攻撃できないよ……よし……!」


 アイシャは剣を収めると、手に魔力を込め始める。さすが勇者さま、剣技だけじゃなく魔法もお手の物なのね。


「ファイァっきゃっっ!!」


 バチンッ!!っと大きな音がして、アイシャの手が魔力に弾き飛ばされる。


「ピーッ!?ピピピッ!!???」

「ちょっと!!大丈夫!?」


 駆け寄って見ると、アイシャの両腕は赤く腫れあがっていた。魔力の暴発で火傷のようになってしまったよう。


「今、回復薬を……」

「キュイイィッ!!」


 好機とばかりに、鳥の魔物が急降下してくる。


「フロストスピアッ!!」


 迫りくる鳥の魔物を、私は氷魔法で撃ち落とした。凍った魔物がゴトンと地面に落ち、浄化していく。

……実戦は初めてだけど、意外とちゃんと当たるものね。


「ピーィーピーィィー」

「アイシャ、大丈夫?」


 うにぴーが心配そうに、アイシャの周りをクルクル飛び回っている。アイシャは自分で、回復魔法をかけているようだ。


「うん、大丈夫……。迷惑かけちゃってごめん……」

「それはいいんだけど……」


 彼女の腕を見ると、右腕の腫れは引いていた。今は左腕に回復魔法をかけているようだけど、あまり治りは良くなさそう。


「少し早いけどここまでにして、今日は休みましょう」

「えっ、でも……」

「アイシャはムチャをしすぎ。まずはその腕をちゃんと治して」

「ピーィー!」

「……はい……」


 街道から少し離れたところに、ほどよい大岩がある。そこでアイシャを休ませ、私は野営の準備を始めた。

 早めに取り掛かったつもりだったが、準備が終わる頃には夕暮れになっていた。


「アイシャ、腕のケガはどう?」

「もう大丈夫!」

「本当に?」


 なんだか無理をしてないか不安になって、彼女の腕をマジマジと見てしまう。左腕の腫れはすっかり引いていて、傷跡も残っていない。


「ちゃんと治ったみたいね。食事はとれそうかしら?」

「うん!お腹空いた!!」

「ピピーッ!!」


 休ませてる時は暗い顔をしていたが、すっかり元気を取り戻したようで良かった。うにぴーも嬉しそうに、クルクル舞っている。


 食事の最中は、今日の反省会となった。

 無闇に魔物に突っ込んで行かないこと。

 お互いに協力すること。

 魔法攻撃は任せて欲しいこと。


「私もテルテみたいに魔法が使えたらなぁ」

「……アイシャの魔法、火の魔力に稲妻が乗ってた」

「えっ!?私、稲妻の魔法なんて使えないよ?」

「うん……なんて説明したらいいか……」


 私は地面に四つの円を描いて、説明を試みた。

 この世界の魔法の基礎属性は地・水・火・風の四属性。さらに二つの属性を掛け合わせると、複合属性が発生する。

 火と風だと稲妻属性に、火と地だと岩漿属性になるといった具合に。

 ちなみに火と水・地と風の反対属性だけの組み合わせでは、魔力が打ち消されて複合属性にはならない。


「――つまり火の魔法を使おうとして、風の魔力も混じって稲妻が発生したの。更に少量の水の魔力まで混じったから、魔力が暴発して腕が巻き込まれたのね」


 説明が長くなってしまったけど、ちゃんと伝わっただろうか?アイシャの顔を見ると、キラキラした瞳でこちらを見ている。


「じゃあ私、風や水の魔法も使えるの!?」


 ま、前向き〜!


「ちゃんと魔力操作が出来ればね……魔力操作か……」


 そう言えばと、荷物を漁る。

 取り出したのは、四属性の魔石を銀糸で並列に繋いだもの。魔法使いの拝命を受けた者が、魔力操作の訓練によく用いる魔法具だ。


「ここの輪っかを握って、魔力を込めてみて。ファイアボールでいいよ」

「うん、こうかな?」


 アイシャは四つの魔石に繋がった銀糸のリングを握り、手に魔力を込め始めた。

赤い魔石が真っ赤に光り輝き、次いで緑の魔石が半分ほど輝く。そしてほんのわずかだけ、青い魔石も光っていた。


「うわぁ……キレイ……」

「魔力の込め方によって、光り方が変わるの。実際に魔法を使わなくても、魔力操作の訓練ができるのよ」

「すごい!便利!!」


 魔力に応じてキラキラと移り変わる様子が気に入ったのか、アイシャは訓練に夢中になった。うにぴーも寄ってきて、身体の色を変えて真似をして遊んでいる。


「良かったら、それあげるわ。懐かしくて作ったんだけど、もう使わないから」

「本当!?ありがとう!!ねぇ、テルテはどんなふうに魔法を覚えたの?」

「私?私は――」


 思い出そうとすると、記憶に靄がかかる。そこに確かに存在している思い出が、どうしても思い出せない。


「実は私、子供の頃は体が弱くて……。四歳の頃から十年間、ずっと眠ったままだったの……」

「えっ!?」

「それで……目が覚めたときには、魔法が使えるようになってたのよ」

「ええーーっ!?」


 それだけではない。四歳の頃に眠りについたというのに、目覚めた時には年相応の立ち居振る舞いができるようになっていたのだ。

 しかしどのように身につけたのか、記憶を辿ると必ず靄に閉ざされる。


「おかしな話よね。旅をしていたら、何か手がかりが掴めるんじゃないかと思って……」

「そうだったんだ……テルテにそんな過去が……」


 ずっと陽気だったアイシャの言葉が止まってしまった。自分以上に、彼女は深刻に受け止めてしまったのかも。


「まぁ、分からないものは仕方ないよね。ねぇ、アイシャの話も聞かせてよ」

「私?うーん……」

「ほら、村の思い出とか、旅立ちの日のこととか」


 話題を変えようと、アイシャに話を振る。


「私の十六歳の誕生日の日に」

「うんうん」

「村は魔物に襲われ、焼かれました」


 すっごく重い話が始まってしまった……。

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