第5話 兄弟子の素顔

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 火の地方。それは火山の麓にある賑やかな街で、赤土色の地面と建物が広がる通りには露店が連なり、店頭には職人手製の作品が並べられている。職人達は鉱石を元に金工芸品を作り、それを販売して生計を立てているのだ。


 大通りから外れた一角にも、同じような職人の店があった。『彫金師の家』という小さな看板があるだけの目立たない店だが、店内には多くの客が詰めかけ、ガラスケースに陳列された種々のアクセサリーを恍惚として見つめている。

 

 そんな客の合間を縫うようにしながら1人の若い女性が店内を歩き、客からの問いかけに一つ一つ丁寧に答えている。もう1人の店員は10歳くらいの赤毛の少年で、店台で代金の受け取りや商品の引き渡しをしている。商売に慣れていないせいか、顔に浮かべた笑みはぎこちなく、金銭や商品を取り扱う手もおぼつかない。それでも客が苛立ちを見せないのは、作品の出来があまりに素晴らしいのと、女性店員の人当たりの良さが少年の手際の悪さを帳消しにしているからだろう。


 やがて全ての客が捌けたところで、女性が店の外に出て行った。看板をひっくり返し、『本日休業』という面を表にしてから店内に戻ってくる。空っぽになったガラスケースを見て、女性はにっこりと微笑んだ。


「ふぅ……今日も忙しかったわね。善君、お疲れさま。もう休んでもいいわよ」


 女性が少年に向かって言った。だが、善と呼ばれた少年は聞こえていないのか、難しい顔で掌に乗せた小銭を数えている。


「どうしたの?ぜん君」


 女性が店台に近づきながら尋ねた。善と呼ばれた少年がしかめ面を女性の方に向ける。


「売上金額が合わないんです。帳簿上は3千フォンになるはずなのに。ここには2千8百フォンしかない……。代金を受け取る時、勘違いしてしまったのでしょうか……」


「あら、そう……。でもよかったわ。こちらが多く頂いていたわけではなくて」


 女性が何でもないように微笑んだ。善が当惑した顔で女性を見返す。


「いいんですか?その分売上が下がってしまったんですよ?」


「いいのよ。私は多くの人に作品を手に取ってほしいだけなんだから」


「でも……僕達の生活がかかっているわけですし……」


「食べる分に困らなければいいのよ。誰かが私の作品で喜んでくれたのなら、それで十分よ」


「はぁ……そうですか。希咲きざき師匠らしいお考えですね」


 善が呆れ顔で息をついた。希咲と呼ばれた女性が眉を下げて笑う。


 そこへ階段を踏み締める音がして、善と希咲は振り返った。2階から1人の少年が降りてきたところだった。善よりも2、3歳年上くらいだろうか。黒づくめの服を着て、同じく黒い髪の間から覗く眼光は人を射抜くようだ。頬がこけた顔には影が差していて、どこか近寄りがたい雰囲気を漂わせている。


「……客は全員帰ったのか」


 黒づくめの少年が店内を見回しながら言った。すでに声変わりしているのか。大人の男性のような低い声だ。


「ええ、ついさっき閉店したところよ。お客さんが多いのは有り難いけれど、2人でお店を回すのはやっぱり大変ね。あなたもお店を手伝ってくれると助かるんだけど……ねぇわたる?」


 希咲がちらりと少年の方を見たが、亙と呼ばれた少年は素っ気なくかぶりを振った。


「……俺は客商売に興味はない。第一、俺が店に出たところで、逆に客が寄り付かなくなるのは目に見えている」


 亙が言った。自分の目つきが悪く、近寄りがたい雰囲気があることを自覚しているのだろう。


「もう……亙ったら。いい加減お店に出ることも覚えないとダメよ。将来的には、あなたと善君の2人でお店をやってもらうかもしれないんだから。いつまでも彫金だけしているわけにはいかないのよ?」希咲が窘めるように言った。


「……そうなったら俺は店を畳むまでだ。客に媚びることに労力を費やし、作品の質を落とすくらいなら、最初から彫金師を名乗ろうとは思わない」


 亙が冷たく言い放った。希咲が困ったように肩を竦める。善はそんな2人のやり取りを眺めながら、やはりこの人は苦手だ、と亙に対する印象を再確認した。

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