3−2
流乃はぽかんとしてその少年を見つめた。小さい女の子が母親に連れられて立ち寄ることはたまにあるが、少年の客、それも1人というのは珍しい。街では見たことがないから、他の地方から遊びに来たのだろうか。辺りを見回したが、親らしい人の姿は見当たらない。
「あ、えーと……うちのアクセサリーに興味あるの?」
流乃がおずおずと尋ねた。少年の客を相手にした経験はないから、どう話を進めればよいかわからない。おまけに目の前の少年はどことなく近寄りがたい雰囲気を放っていて、
少年は黙ったまま、じっくりと店頭に並んだアクセサリーを眺めていた。いくつかの商品を手に取り、目を細めて
流乃は興味深そうに少年を眺めた。少年は見たところ自分より2つ3つ年上くらいだが、街にいる同年代の男の子とはまるで雰囲気が違う。彼らがくだらないことで1日中騒いだり笑ったりしているのに対し、目の前の少年は無口で、表情も影を帯びている。
「これ……お前が作ったのか?」
少年がおもむろに尋ねてきた。声変わりはまだのはずなのに、とても低い声だ。流乃は少年が急に大人びて見えた。
「え? あ、ううん、違うわ。それはみんな父さんが作ったものなの。父さんって商売は下手なんだけど、アクセサリーを作る才能はピカイチなのよ」
流乃が答えた。母と出会う前は、氷磨は客に言い値をつけられてはそのままの値段で売っていたらしく、店はいつも赤字だったそうだ。母と出会ってからは父はアクセサリー作りに専念できるようになり、店の経営も落ち着いたとか。
「ふうん……。お前の親父は腕がいいんだな」
少年が感心した顔で言った。父を褒められ、流乃は自分のことのように嬉しくなる。
「わかる!? あたしも父さんの作るアクセサリー大好きなの。水晶ってそのままでも綺麗なんだけど、父さんが加工するともっと綺麗になるの! 何て言うか……ガラス玉が真珠になるみたいな感じ? あたしにも何か作ってっていつも言ってるんだけど、父さんけちんぼだから全然作ってくれないの。子どもにはまだ早いんですって」
流乃がむくれて頬を膨らませた。その実、毎年母の誕生日になると、氷磨がとっておきのアクセサリーをプレゼントしていることを流乃は知っていた。手作りのイヤリングやらネックレスやらを贈られ、表情を綻ばせる母の姿を見るたび、流乃は自分も早く大人になって男性からアクセサリーを贈られたいと思ったものだ。
「でも、あなたすごいわね。商品見ただけで腕がいいとかわかるの?」
「あぁ。俺も彫金をやっているからな」
「チョウキン?」
「道具を使って金属に模様を掘ることだ。俺達はその技術を使ってアクセサリーを作る。だから製品を見れば、その作り手の腕はおおよそは把握できる」
少年は事もなげに言ったが、流乃は驚きに目を見張った。自分とそう歳の変わらなさそうなこの少年が、すでに職人としての道を歩み出していることが信じられなかったのだ。
「じゃあ、あなたも父さんみたいにアクセサリーを作るの?」
「あぁ。俺のお袋が彫金師をやっていてな。仕事終わりや休日によく教わっている。まだ売り物になるほどの出来ではないがな」
「ふーん……あなた本当にすごいわね。父さんの作業見てても思うんだけど、アクセサリー作るのって根気がいるんでしょ? 何時間も部屋に籠もって、おんなじような作業を何回も繰り返して。ちょっとでも失敗したら最初からやり直して……そういうの嫌にならない?」
「……別に。俺は元々1人で作業をするのが好きなんだ。つまらない連中と群れているよりもよっぽど時間を有効に使える」
「そう? あなたくらいの歳だったら、友達と遊びたいって思うもんじゃないの?」
「他の連中はそうかもしれんが、俺は違う。お袋は、俺が同世代の連中と群れないのを心配しているようだがな」
少年が淡々と言った。流乃は少年の話に聞き入りながら、本当に変わった子だと思った。自分だって本当は店番なんかしないで友達と遊びたいのに、この子は進んで1人でいる。よほどその『チョウキン』とやらが面白いのか、それとも単に人嫌いなだけか。
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