2−5
「まぁ、奴の話はもうええやろう。それより、お前はその後どうなったんや?」玄治が尋ねた。
「私も処分を受けることを覚悟したのだが、征宮様は私には口頭で注意したのみで、それ以上の
考えてみれば、私が彼女と面と向かって話をしたのはその時が初めてだった。あの人と2人きりになり、私は改めてその美しさに感じ入ったのだが……そこで
玄治がひゅうと口笛を鳴らした。功奄はじろりと彼を睨むと、いかにも気が進まなさそうに続けた。
「私の恋情を聞き……彼女は驚いた様子だった。しばし私の顔を見つめた後……目を伏せ、それから微笑みを浮かべて言った。『気持ちは有り難いが、私には心に決めた人がいる』……とな。私は多少落胆したが……それでも安堵の方が大きかったように思う。これでもう心を
「またまた、そんなこと言うて。あの時は随分荒れとったやないか。夜警明けに食堂で飲んだくれて、『私の何がいけなかったのだ!?』って
「黙れ! まったく貴様は……何故人が秘匿している事実を
「どうせなら包み隠さず話さんと。綺麗な面ばっかり切り取ろうたってそうは
玄治がにやりと笑い、功奄がこれ見よがしにため息をついた。滝葉も思わず笑みを漏らした。この2人はやはり息が合っている。
「……とにかく、これがあの人に
功奄はそう言って話を終えた。長い話をして疲れたのか、ふうっと小さく息をつく。
「どうや? 滝葉。なかなか面白い話やったろう?」玄治が得意げに尋ねてきた。
「ええ……。功奄さんにそんな過去があったなんて全然知りませんでした。てっきり仕事一筋の方かと思っていたので……」
「わしもずっとそう思っとったわ。ただわしは、この話を知ってからちょっとこいつを見直したんや。こいつは昇進しか頭にない冷血漢とは違う。大事な人を守るために、恥も外聞も構わずに戦える熱い心を持った奴なんやってな。そんな一面を知っとるのはわしだけや。だからわしは決めたんや。どんだけ邪険にされてもこいつに関わって、もっと人間臭い面を引き出したろうってな」
「……大きなお世話だ。隊長補佐ともあろう者が、部下に自分の弱みを見せるなど……」
「ええやないか。その方がよっぽど親しみが湧くわ。なぁ滝葉、お前もそう思うやろう?」
「はい」
滝葉は表情を緩めて頷いた。功奄がばつの悪そうにふんと鼻を鳴らす。
「……でも、そんなに綺麗な人なら、俺も一度見てみたかったですね」
滝葉がぽつりと呟いた。滝葉の知る美しい女性と言えば、竜王国の姫である
「ん? 滝葉、その人にはお前も会ったことあるぞ」玄治があっさりと言った。
「え、そうなんですか? でも、そんな綺麗な女性の知り合いがいたかな……?」
「……まぁ、お前が気づかないのも無理はない。今のあの人には昔の面影はないからな」功奄が憂わしげにため息をついた。
「はぁ……それで、誰なんですか?」
「
「は?」
「椎羅さん……お前もよく知っているあの人だ」
滝葉は開いた口が塞がらなかった。
「……まぁ、人には色んな過去があるっちゅうことやな」
玄治がまとめるように言い、肩を揺らしてがっはっはと笑った。功奄は話は終わりだと言わんばかりに口を噤み、何事もなかったかのように書類に視線を落としている。
滝葉はその場に立ち尽くしたまま、言葉もなく玄治と功奄を代わる代わる見つめるしかなかった。
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