2−2
「何や滝葉? 顔がにやけとるが、何かええことでもあったんか?」
玄治が尋ねてきた。心境が顔に出ていたらしい。滝葉は慌てて表情を引き締めた。
「あ、申し訳ありません……。お2人がその、以前と比べて仲がよろしいようにお見受けしましたので」
「そうか? わしは前からお前のことを友達やと思っとったけどな。なぁ功奄?」
「……確かにお前はそうだったな。私の都合も構わずにいつもいつも目の前に現れては、その目障りな風貌と耳障りな声で私を苛立たせたものだ」功奄が嫌味たっぷりに言った。
「お前はいつも1人やったからなぁ。寂しいんちゃうかと思ってほっとけんかったんや」
玄治が朗らかに笑った。功奄の嫌味には気づいていないようだ。
「私は優秀な兵士になるために日々邁進していた。他人にかかずらっているような暇はなかったのだ」功奄がにべもなく言った。
「そうか? でもお前、一時はあのべっぴんさんに随分熱を上げとったやないか?」
玄治がそう言うや否や、功奄がかっと目を見開いて椅子から立ち上がった。反動で木の椅子が倒れたが、功奄はそれを戻そうともせず、憤怒の形相で玄治を睨みつけている。
「貴様……! それは他言しない約束ではないか!?」
「お、そうやったか? もう大分前のことやし、とっくに忘れてると思っとったんやが」玄治が悪びれもせずに言った。
「忘れるはずがあるか! あれは私の人生における唯一の敗北の記憶……。生涯癒えることのない古傷なのだ! それを貴様は……あろうことか部下の面前で暴露するとは!?」
「すまんすまん。ちょっと口が滑っただけや。悪気はなかったから許したってくれ」
玄治が後頭部を掻きながら笑った。功奄は顔を真っ赤にして拳を握り締めている。滝葉は意外そうに2人の様子を見つめた。
「あの……お話から察するに、功奄さんは昔失恋されたということでしょうか?」滝葉が尋ねた。
「そうや。かくいうわしも同じ人に憧れとって、告白したんやけど見事に振られてしもうてな」玄治が苦笑した。
「貴様が相手にされないのは当然だろう。だが、この私まで敗北を来すとは……。考えられん」
功奄が椅子に座り直してかぶりを振った。つまり若い頃の功奄と玄治は、同じ女性に恋をして2人とも振られたということか。途端に好奇心がむくむくと頭をもたげてくる。
「あの……差し支えなければ、そのお話を詳しく聞かせていただけませんか? もちろん他言はしませんので」
滝葉がそろりと言ったが、功奄の鋭い眼光が飛んできて思わず直立不動の姿勢を取った。
「……貴様が詮索好きな人間とは知らなかったな、滝葉。要件は済んだのだろう? さっさと持ち場に戻るがいい」
「……は、はい」
滝葉が気圧されながら答えた。日勤の滝葉の仕事はすでに終わっているのだが、口答えができる雰囲気ではない。滝葉は身体を強張らせたまま回れ右して扉の方に向かおうとした。
「まぁええやないか功奄。せっかくの機会なんやし、滝葉にも話したったらどうや?」
玄治が言った。滝葉は足を止めた。
「……貴様、私の話を聞いていなかったのか? あの記憶は私にとっての古傷。何故むざむざ傷口を
「話すことで傷が癒えることもあるやろう? 滝葉は口が固い。他の奴らに面白おかしく言い触らすような真似はせんやろう」
玄治が
「……中途半端な情報で、下世話な想像を巡らされても迷惑だ。だから特別に話してやるが、くれぐれも他言は無用だ。万が一他の兵士に情報が漏れるようなことがあれば、地獄の特訓を課してやるからな」
「は……はい」
滝葉は恐れながら頷いた。ただでさえも訓練が厳しい功奄が自ら『地獄』と称するとは。その特訓を終えた後で生きて帰れる気がしない。
「まぁ座れや。わしらの思い出話みたいなもんやし、ゆっくり聞いていくとええ」
玄治が空いた椅子を滝葉に勧め、自分は功奄の方に身を乗り出した。その目は明らかにこの事態を面白がっている。普段一方的に罵られている
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