第2話 隊長の慕情

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 竜王国りゅうおうこく兵役部隊。それは竜王国の王都である竜の都に駐留し、王宮や街の護衛をする精鋭部隊のことである。士官を隊の長として、その下に2つの小隊が存在していたが、今では統合され、隊長と補佐がその運営を担っている。


 その隊長である男の部屋に、一等兵である滝葉たきばは向かっていた。隊長の部屋の前まで辿り着いたところで扉をノックする。返事はなかったが、中から話し合う声が聞こえたので、そっと扉を開けて入室した。


 部屋に足を踏み入れると、部屋の真ん中で木机を囲みながら、何やら熱心に話し込んでいる2人の男の姿が目に入った。1人はずんぐりとした巨体の男で、浅黒い肌に縮れ毛という特徴的な風貌が嫌でも人目を引く。

 彼の名は玄治げんじ。この部屋の主で、竜王国兵役部隊を率いる隊長でもある。


 その向かいに座るのは長身痩躯の男で、切れ長の目に鼻筋の通った顔立ちは玄治とは対照的だ。

 彼らの名は功奄こうえん。数ヶ月前までは玄治と並んで隊長を務めていたが、部隊の再編により補佐に任官され、今では隊長のサポート役を務めている。


「どうや? 功奄。お前に指摘された通り、人員配置表を作り直してみたんやが」


 玄治がなまりのある口調で言うと、1枚の紙を功奄の方に差し出した。功奄はその紙を受け取って簡単に目を通したが、すぐに首を振って玄治に突き返した。


「駄目だ。これでは話にならん。兵力は偏っているし、互いの強みを全く生かせていない。一晩考えた結果がこの程度なのか?」


「うーん、あかんか……。何せ部下が倍になったもんで、まだ全員の情報を把握しきれとらんのや」


「泣き言を抜かすな。私はお前の部下の情報も1日で頭に叩き込んだぞ」


「本間か? さすが功奄やなぁ。わしとは出来が違うわ」


 玄治が心から賞賛した目で功奄を見つめた。功奄はにこりともせずに鼻を鳴らすと、傍らにあった別の書類に手を伸ばそうとした。


「あの……すみません!」


 2人の会話の終わるのを待っていた滝葉は、そこでようやく声をかけた。2人が一斉に顔を上げて滝葉の方を見やる。


「おお、滝葉やないか! いつからおったんや?全然気づかんかったわ」玄治が尋ねた。


「すみません。ノックはしたのですが、お返事がなかったので勝手に入らせていただきました。本日の訓練終了をご報告しようと思いまして」


「おお、もうそんな時間か! いやぁ、ここのところ時間が経つのが早いなぁ。事務仕事しとったら1日なんかあっちゅう間やわ」


「それは貴様の要領が悪いせいだろう。まったく……本来であれば訓練の様子も見に行かねばならんのに、書類にかかりきりでは本末転倒ではないか」功奄が呆れ顔で言った。


「まぁ、わしはお前みたいに頭が切れるわけちゃうからなぁ……。自分がなんで隊長なんて要職に就けたんか今でも疑問やわ」


「部下の前でそのような発言をするとは……。隊長の風上にも置けん男だな、貴様は」


 功奄が心底呆れたようにため息をついた。玄治の方が立場は上であるはずなのに、彼はいつもこうして功奄の叱咤激励しったげきれいを受けている。端から見ればどちらが隊長かわからないだろう。


 だが、それでも玄治はれっきとした隊長であり、功奄も補佐という自分の立場を受け入れている。2人がこの関係に至るまでには長い道のりがあり、そこには苦い戦いの記憶もあった。だが今、こうして2人が新部隊の要として協力している光景を目の当たりにすると、あの苦杯にも意味はあったのだと滝葉には思えるのだった。

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