1−4

 部屋に戻ると、椅子に腰掛けていた準華がすぐさま立ち上がった。本当に心配していたのか、夕食を食べたばかりなのに顔色が悪い。


「美珠……あぁよかった。私……あなたに何かあったんじないかと思って……」準華が大きく息をつきながら言った。


「すみません、ご迷惑をおかけして……。少し話し込んでしまっただけで、特に何かあったわけじゃありませんから」


 美珠が頭を下げた。準華に心労をかけてしまったことは心苦しかったが、彼女がそれほど自分を心配してくれたことが嬉しくもあった。


「すぐに入浴の支度をしますね。寝間着は桃色のものでよろしいですか?」


「あなたに任せるわ。今日は疲れてしまったから、早くお風呂に入りたい」


 準華がそう言って伸びをした。せっかく綺麗に結わえた髪型もこれで見納めだ。滝葉は結局この準華の姿を見たのだろうか。


「ところで……美珠。私がいない間、誰とどんな話をしていたの?」


 準華がおもむろに尋ねてきた。寝間着やら下着やらを籠に詰め込んでいた美珠が手を止め、準華の方を振り返る。


「別に詮索するつもりはないのよ。ただ……何だかいいことがあったように見えたから、差し支えなければ教えてほしいの。ほら……あなたって、周りの人のことはよく話してくれるけれど、自分のことはあまり話さないでしょう?」


「まぁ……そうですね。あたしの話なんて、別に面白くないと思いますし」


「そんなことはないわ。美珠、私はもっとあなたのことを知りたいのよ。私はあなたの姫だけれど、あなたのことをただの侍女だとは思いたくない。友達や姉妹のように……あなたのことを何でも教えてほしいのよ」


 美珠はびっくりして準華を見返した。準華が自分のことをそんな風に思ってくれているなんて、今まで考えたこともなかったのだ。


 美珠はまじまじと準華を見つめていたが、やがてにっこりと笑って言った。


「わかりました。でもその代わり、先に準華様のお話を聞かせてください」


「私の?」


「はい。昼間はあたしの好きな人の話をしましたよね? だから今度は、準華様の好きな人のお話を聞かせてほしいんです」


 準華は最初呆けた顔をしていたが、みるみるその頬を赤らめていった。少女のように恥じらいを見せる姿がまた愛らしい。


「そんな……私に好きな人などいないわ。殿方と関わる機会なんて今までなかったのだから……」


「じゃあ、これからどんな男性と出会いたいかでもいいです。あたしのことを姉妹か友達だって言ってくださるなら、そういう話もしていただかないと」


 美珠が悪戯っぽく笑った。今度は準華が一本取られた形になり、気恥ずかしそうに顔を俯ける。


「……仕方がないわね」


 やがて準華がぽつりと言った。顔を上げ、美珠に向かって諦めたような笑みを向ける。


「あなたにだけ、特別に話すことにするわ。でも、お父様には内緒よ?」


「もちろんです!」


 美珠は大きく頷いた。準華は大きく息をつくと、はにかみを見せながら話し始めた。


「私が出会いたい人は……」





 暗闇に包まれた王宮の一室に、黄金色の明かりが灯っている。

 柔らかな光の下で言葉を交わす2人の姿は、まるで親友のように睦まじく見えた。

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