2.あなづり
†
水の落ちる音——
清らかで、澄んだ物からは程遠い、鈍く、粘った水音——
血が汚物に落ちる音——
それは、私から出たもの。
口か鼻か、或は耳の後ろに開けられた傷から滴ったのか、最早区別はない。
一切の暗闇。
昼夜の別も無い。
ただ、逆さ吊りにされた私の顔を液体が撫で、腐臭の中に落ち行くのみ。
吊るされた脚の先、蓋の向こうでは、目明かし衆や役人が、私の転びの合図を待っている。
我が
無限の太初の穴の内。
嘗てここには全てが在った。
教会を建てた。
オルガンの響きを奏でた。
ミサと
大名さえもが加わった。
世界に開いていた。
南蛮の言葉を訳し、或は出版をした。
ラテン語と聖書とを学び、
幾多の艱難を超え、南蛮人とも繋がった。
今、ここにも全てが在る。
教会はわが胸中に輝く。
オルガンは頭で奏じられる。
ミサと
大名は転んだ。
国は鉄鎖に閉じられた。
神学校も神学院も閉鎖された。
南蛮の言葉も書物も禁書となった。
ラテン語と聖書、
幾多の艱難が法王との繋がりも断った。
嘗て楽園を失いしアダムが挑んだ荒野が如き状況。
あまた切支丹が誇りも高く殉教した。
その献身の一つ一つがデウスの園の礎となる。
ヘロデやカイヤハが如き者どもが多い程、光の園はより輝く。
なべて世は事もなく流れている。
この穴も同じ。
この汚物に充たされた穴こそが、洗礼を受け、宣教に身を捧げた私への正しき報いなのだ。
嘗て洗礼した者や赦しの秘跡を与えた者は皆去った。
或は殺され、或は転んだ。
中には騙されたと怒りを表す者もいた。
いずれ皆去った。
全て基督と同じではないか!
力を与えると、栄光を齎すとの約束。
この穴吊りに耐える力を!
この腐臭の暗闇を転じて栄光に!
我は求め、尋ね、叩いた。
故に、与えられ、応えられ、開かれる!
この試練こそが報いなのだ——
私は今、ゴルゴダの基督と共に在る。
また一筋、私の顔を液が這う。
それは泪だと、
それもまた汚物の中へと呑込まれていった。
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