高校一年 二月(2)
公園での瑠夏と男子生徒の接吻を見届け、私と美代は駅へ戻った。地図を参照しながら、時に道を間違えながら。迷って時間を費消したため瑠夏と駅で鉢合わせする心配はなかった。
十数分後に駅に滑り込んで来た電車に私たちは乗り込んだ。学生の下校のピークを外れたせいか、座席は空いていた。私と美代は人の疎らな座席の、端っこに詰めて座った。
外は雪が本格的に降り出して寒々しい真冬の景色だった。車両内部は電灯が煌々と照り、また、座席下の暖房が出力最大で温風を吹き出して温かかった。芯まで冷えていた身体が徐々に温もって行くのを感じた。
電車は順調に数駅走ったが、やがて車内アナウンスがあった。雪のため速度を落として運行するらしかった。運行速度は実はそれほど変わらないのかもしれなかったが、急に時間が間延びしたような、ある種の気怠さを私は味わっていた。
美代は何も言わなかった。私も何も言わなかった。ただ電車が走るばかりだった。
時折、たたん、たたん、と、リズミカルな振動が座席越しに伝わった。最大出力の暖房はいよいよ温かかった。まるで何かに包まれたかのように身体は温もった。血管が膨張しているようだった。お風呂に入っているような感覚。あるいは、赤ちゃんになって、母の腕の中で揺さぶられている思いだった。
私たちは静寂に身を任せていた。
たたん、と振動した次の瞬間、溜まっていた涙が私の目から一滴零れた。振動に合わせ、もうひと滴、もうひと滴、零れた。嗚咽はしなかった。ただ、涙が出た。
落涙に気づいた美代が、私の背中をさすってくれた。私はしばらくされるがままさすられていた。涙は落ち続けた。
「本当に悲しいのは、美代なのにね」
私は言った。美代は黙って背をさすり続けた。
たたん、たたん、という振動が続き、時々アナウンスがあって駅に止まるためのブレーキ音が聞こえた。きききき、と鳴って、排気音と共にドアが開いた。乗客は誰も降りず、一人二人が駅で乗った。車内は空いたままだった。
電車が再び動き出し、振動のリズムを刻み始めた。私は言った。
「秘密にしてきたことがあるの」
「何?」と美代は言った。
「私」しばらく振動を味わってから、言った。「ずっと、美代のことが好きだったの。中学の頃から。あるいはもっと幼い時から。ずっと」
「そっか」と美代は言った。
「うん」と私は頷いた。
「ずっと?」と美代は訊いた。
数回振動を刻んでから、私は「うん」と答えた。
電車はリズムを刻んだ。暖房の風の音がした。向かいの席の人が咳を一度した。
次はどこそこ駅に止まります。とアナウンスがあった。
「そっか」と美代は言った。電車が減速し始めた。ブレーキ音がし始めたところで、美代は言った。「ごめんね」
「うん。ごめんね」と私は言った。
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