中学三年 バレンタインデー
中学三年の頃、ちょっとした事件が起こった。バレンタインデーに、美代が告白されたのだった。
相手は学業優秀で知られる男子で、誠実そうだった。バレンタインデーは本来女子が男子に思いを告白する日だが、互いに中学三年でホワイトデーには卒業して散り散りになっているため、男子はバレンタインデーに告白することに決めたのだと言う。
美代は放課後までに正式な返事をするよう求められた。美代の回答は決まっていた。付き合う気はない。それが美代の答えだった。
休み時間、美代の意向を聞いた瑠夏は、つまらなそうに言った。
「悪い人じゃなさそうなんだから、付き合ってみればいいのに」
その一言が、想い人から言われるその一言が、どんなに美代の心を傷付けるかを想像すると、私はやるせなさを感じた。美代は答えなかった。
「もしかして、他に好きな人がいるとか?」
瑠夏は核心に期せずして踏み込んだ。私は美代に振り返った。美代は何か言いたげに唇を噛んで放してしていたが、何も言わなかった。黙っていた。
「その反応は、さてはほんとに好きな人がいるな?」瑠夏は身を乗り出した。「ねえ、誰? 私の知ってる人?」
「どうでもいいじゃん」美代は言って、また不機嫌そうに唇を噛み始めた。私ははらはらしていた。
「いいじゃん、教えてよ。私たち親友でしょ? 秘密は無しだって、言ったじゃん?」
瑠夏は楽しそうだった。私はその様に苛ついた。今どれほど美代の気持ちを踏み躙っているのか、説教して聞かせたかった。しかし、それには美代の思いの披瀝が必要で、私にはその権利がなかった。
「言えない人なの?」
瑠夏が何気なく言った、その次の瞬間、美代は机を叩いて立ち上がった。
「男子に恋するなんてクソ。そんなの、京子見てたら分かるっしょ!」
美代は机の間を蛇がくねるようにするするとすり抜けて、あっという間に教室を出て行ってしまった。机を叩く音にクラスの数人が振り返っていたが、彼らはやがて興味を失い自分たちの話に戻っていった。
私と瑠夏が残された。
「……私、調子に乗った?」
瑠夏が小首を傾げながら、何かまずいことをしたような顔で言った。
私は返答に迷った。私は瑠夏を説教したかった。俗物的興味を持ち出したことを叱りたかった。しかし美代は瑠夏に対する好意を一言も匂わさなかった、なら、何も言えないではないか。
「そうかもね」とだけ言った。瑠夏は、まずかったかなあ、と、肩を落として少し顔を俯けた。
結末は分かり切っていたが、美代はその男子を振った。
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