中学一年 六月

 私と美代と瑠夏。相性は良かったのかもしれない。今まで誰もが外様のゲストとして挟まって来た私と美代の間に、瑠夏はごく自然に馴染み、まるで幼稚園の頃から一緒だったかのように気さくで気の置けないやり取りをする仲となった。

 瑠夏は賢かった。頭が良かった。授業で出題された計算問題は誰よりも早く解いたし、漢字の憶えも圧倒的に早かった。成績に現れない部分も優秀だった。教師受けも抜群だった。私と美代が見た輝きはやはり本物だったのだ。

 それだけに、瑠夏が私たちのグループに入ったのは何か不自然だった。彼女の総合力からして瑠夏はもっとイケてるグループに入るべきだった。勿論京子のグループは除くが。とにかく、私と美代では不釣り合いだった。

 私はそのことに劣等感を感じないではなかった。瑠夏は感じが良かったので劣等感を覚えずに済むような鷹揚さを都度都度見せたがそれでも私は引け目のようなものを感じてしまった。冴えない私たちでごめんなさい、というような。私は美代がどう感じているか、瑠夏に隠れてこっそりと尋ねてみた。

「劣等感? いや、私はあんまり。ってか、こんな子がグループに入ってくれるなんて、超ラッキーだよね」

 美代はそんな調子だった。有頂天だった。言っては何だが、美代も美人なわけではない。何か特別な才能が有って、人を魅了せずにはいられない凄い子、というわけでもない。凡庸な子、と評したほうが実態に即している。美代も、普通であれば劣等感を抱いていただろう。しかし、それ以上に、美代は王子様との接近が嬉しかったのだ。それこそ、少女漫画の読者のように。そこに群がる自分がどう見えるかなど気にならなかったのだろう。

 私はその傾倒が不満だった。もやもやとした気持ちを抱えていた。美代が醜いアヒルの子なのに調子に乗って恥知らずだ、と思わなかったわけではないがそれ以上に、瑠夏が、完璧超人の瑠夏が美代の傍にいることが嫌だった。不安だった、と言うほうが適切かもしれない。長く一緒に親友として歩んできた美代が、私から瑠夏に鞍替えしてしまうのではないか、という不安が常にあった。

 美代が瑠夏を親友と呼んでいると知った時は恐怖だった。自分が見捨てられるのではないかと気が気でなかった。同時に、美代に近づく瑠夏、その情景が齎す心のもやもや、それは、どうやら世間一般の友人関係では生じ得ないものだと気づいた。そして間もなく私はもやもやの正体を感得した。私は美代に友情を超えた思い、所謂恋心を抱いていて、それがため瑠夏の接近を嫌がったのだった。これを独占欲と呼ぶことを、私が理解するにはまだ幾らかの時を要した。

 六月。梅雨に入り、雨の日が続いていた。空気と首元がじめじめとして気が滅入る中、気分転換と親睦を祝して、との名目で、美代の家でお泊まり会が催された。私と瑠夏の二人が招待された。私たちは三人で人生ゲームに興じ、覇を競って楽しく遊んだ。私は天真爛漫に思うところなく楽しめた、わけでもなかった。台頭する瑠夏にライバル意識を抱き、密かに自分のほうが優れていると美代にアピールしようと画策していた。

 が、瑠夏はどこまでも優秀で、ゲームの世界でも強かった。私ではまるで歯が立たなかった。美代の目にはそんな強い強い瑠夏が、後で聞いたところによるととてもきらきらと美しく頼もしく映っていたらしい。途中で私も負けを受け入れた。思うところもないではなかった瑠夏との関係が、穏やかな関係に至ったのは、この日私が完膚なきまで打ちのめされ降参、屈服させられたからだと思う。

 瑠夏の何連勝に終わった人生ゲームに飽きて、私たちはカードゲームのウノを始めた。美代は入念に山札を切り、各人に七枚カードを配布した。しばらく手持ちのカードを整理する時間を経て、じゃんけんで誰からスタートするかが決められ、勝った美代がカードを切った。勝負はあっさり決着して、またカードを切り直して新しいゲームが行われた。

 初めこそ混戦模様だったが、回数を重ねるとやはり瑠夏の勝ちが多くなった。たった七枚のカードにも戦術があって、頭脳を駆使すれば勝率を上げられる。それを理解しているのは瑠夏だけだった。私と美代は漫然とプレイして負けを重ねた。

 瑠夏は、ルールの穴を突いた。ウノは残りカードが一枚になったら「ウノ」と宣言して、それから上がらなければならないのだが、同じ数字を重ねて二枚以上出す場合はウノを宣言せずにいきなり上がってOKという、逐一ルールに記載されない部分を抜け穴とした。出し抜けに上がってしまう。結果、私と美代は相手に二枚や四枚カードを引かせる罰カードを所持していても切るタイミングを見誤り、残り数枚となった瑠夏に一気に上がられてしまうケースが多発した。

「狡いよ!」と美代は怒った。笑いながらぷりぷりした。

「ルールを破ってはいないけど」瑠夏は穏やかに笑った。笑いながら、少し挑戦的に口端を上げた。

「ちょっと狡いかも」と、私は美代側に回った。

 結局、ウノと宣言せずに複数枚カードで上がることは禁止された。多数決によりそれが騙し討ちと認定されたからだ。

「ちゃんとウノって宣言して、一枚で上がること」と美代は言った。「それが本来のルールで、瑠夏のはずるだよ」

「そう言われたら、仕方ないかな」瑠夏は笑って受け入れた。

「ねえ」と美代が言った。「私たち、親友じゃん? 三人とも親友じゃん?」

「ええ」瑠夏は躊躇いなく肯定した。

「……うん」私は少しだけ躊躇って頷いた。

「親友なら、お互い秘密は無しね。ちゃんと打ち明けること。いい? これからは、些細な秘密も打ち明ける。黙ってるのは無しだからね。勿論、上がる時にはちゃんとウノって言ってね、黙って上がるのは無しだからね」

「分かりました」瑠夏がしょうがないなと言うように応じた。

「うん」と私も言った。

 その時、遠雷が聞こえた。ゴロゴロゴロと、まるで天上で爆薬が爆散したみたいな音だった。続いて雨脚が強くなり、雨戸を打って大きな音を立て始めた。私は少しの恐怖を覚えた。雷が苦手だった。美代はしばらく雨戸に視線を向け、それから顔を正面に戻し、「続き、やろ」と言った。

 私たちはウノを続けた。遠雷は近づきもせず遠ざかりもせずしばらく鳴り続けた。

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