中学一年 五月

 私と美代は幼馴染で、幼稚園からの仲良しだった。小学校に通い始めてから私と美代の間に様々の人が挟まったが、しかしいつだって一番仲が良かったのは私と美代で、挟まれる人は毎度ゲストでしかなかった。私たちの結びつきは非常に強かった。

 一度、ゲストの位置にいた高木さんが私たちの仲に嫉妬して、美代に誰が一番の友達か言わせたことがあった。その時、美代は迷わず私の名を挙げ、他の人を次点に置いた。私は誇らしく思うと同時に、その評価を半ば当然として受け取った。思えば、この頃から既に私は美代に片思いしていたのかもしれない。それが思慕だったのか恋情だったのかは忘れてしまったが。高木さんはその後間もなく私たちのグループから離れた。

 瑠夏は親の仕事上の都合による引っ越しにより、中学から新しく私たちの通う学校に入った新参者だった。幼稚園、小学校共に同じ面子のエスカレーターだった中で彼女の存在が単に新鮮だっただけに留まらず、彼女の華のある容姿と、ステータス乃ちお金持ちの子であるという事実が、周囲の耳目を彼女に集めた。同じクラスになった私と美代も、まるで有名人について噂するように彼女が放つ輝きについて囁き合った。

 華々しいデビューを飾った瑠夏に一早く接近したのは、スクールカーストで最上位に君臨するイケイケ女子の小清水京子だった。同級のよしみを頼りに瑠夏に接近した京子は、彼女を自らのグループに参入させようと口説いた。瑠夏の放つ光が大いに気に入ったのだろう。しかし瑠夏はあまり気乗りしない様子で淡々と応待した。それはイケイケ女子の京子が要求する、恭順の姿勢とは相容れなかった。京子としては頭を下げて欲しかったのだ、しかし瑠夏は媚びなかった。

 熱烈だった京子のアプローチはやがて止み、それから、奇妙なことに、瑠夏の所持品が度々姿をくらませるようになった。消しゴムやシャーペン、髪を縛るゴムなどが消えた。

 或る日教室で、事を見兼ねた担任による裁判が行われた。

「今日、聖坂さんの持ち物がなくなりました。今週に入ってから三度目です。あまりに酷いので、先生も考えました。というわけで、今日は犯人が自首するまで帰りの会を続けることにします。問題が解決するまで、帰れませんよ」

 クラスにいる勘の良い者は、あるいはほぼ全員が、誰が犯人なのか薄々分かっていた。熱烈アプローチを無下にされた京子が嫌がらせしているに違いなかった。しかし、証拠もなく京子の名を挙げれば自分が報復を受けるに違いなく、恐れから皆黙っていた。勿論、興味が全くないから早く帰りたいという男子もいた。

「はい、先生」

 その犯人と思しき京子が出し抜けに挙手したので、皆、おや?と思った。京子の企みは悪質だった。

「私、外山さんが怪しいと思います。なんか掃除の時机運んでるの見ました」

 外山、とは美代の名字だった。驚いたのは美代だった。美代は何もしていない。「机は運んだけど、掃除の話でしょ? 私何もやってない」と言った。

 しかし京子は猶も美代犯人説を主張した。さらには追い討ちをかけるように京子のグループに所属する子たちが偽証を始めた。外山さんが怪しいと思います。外山さんだと思います。犯人は外山さんです。

「けど、なんで外山さんが聖坂さんの物を隠すんですか? 動機がないんじゃないですか? 接点もないし。犯人は聖坂さんに密かに腹を立てている人、そうじゃないんですか?」

 この言い方からして担任は、犯人は京子だと踏んでいるようだった。理由は、接近しようとして無下にされた、その怨恨でしょ、と言っているに等しかった。

 京子はにやにや笑っていた。どうせ立証できやしないと高を括っていた。思い返すと、美代は一度、京子たちが学校で禁止されている華美な装飾品を持ち込んでわいわいやっていたところを担任に通報していた。その意趣返しと考えると京子がなぜ美代に牙を剥いたか知れた。あるいは、安直に掃除時に机運びをしていた者に罪を擦り付けてしまえと思ったのかもしれないが。

「あの」私は京子の報復が怖かった。が、親友の窮地に、立ち上がった。「美代は人の物を隠したりしません。聖坂さんと、話しているわけでもないし。あ、別に悪意の向く余地があるって意味じゃなくて、とにかく、美代は犯人じゃないと思います」しどろもどろながらなんとか述べた。

 美代は大きく頷いて、京子に非難の目を向けた。担任も納得の首肯をして京子に視線を向けた。私も京子を見た。京子は。

「証拠は?」と言い放った。「外山さんが犯人じゃないって、誰も証明できないじゃーん」

 美代は気色ばんだ。「私じゃないし! むしろ小清水さんが犯人なんじゃないの!」

「私じゃありませーん」京子はせせら笑った。

「本当は小清水さんでしょ! 袖にされたこと、恨んでるんでしょ! だから毎度毎度こんな馬鹿な真似してるんでしょ!」

「別に」京子は立ち上がった。「袖にされてないし! そんなこと気にしないし! ってか私やってないし! 自分がピンチだからって、こっちに罪被せないでくれますかぁ?」最後は憎らしさと余裕を取り戻していた。

「私やってない!」

「むきになってるのが怪しいよねぇ、皆?」

 外山さんじゃないの? と京子のグループの者が何人か唱えた。次第に潮目が変わり、クラスメイトが段々美代に疑念を抱き始めた。私と担任が異論を唱えたが状況は悪化していった。

 やがて、真実は二の次で、とりあえず今回は外山さんが頭を下げればいい、みたいな空気が支配的になった。美代は唇を噛み締めていた。涙目で、肩を震わせていた。京子はにやにや笑っていた。

「あの」そこで初めて瑠夏が口を開いた。「これって結局、証拠は出て来ないから、誰が犯人かなんて立証できないまま終わるんじゃないですか」

 担任は黙って、発言を続けるよう目で促した。

「何となくですけど、数の力で外山さんを犯人にしちゃえみたいにみんなが思ってるみたいで、私不快です。これって実質リンチになってて、そういう行き過ぎた正義ってもはや悪党と変わらないと思います。このやり方じゃ駄目なんじゃないですか」

「なら、どうしたらいいと思いますか。あなたが被害者になってるんですよ」担任が冷静に諭した。

「分からないです」瑠夏は正直だった。意志の強い目だった。「でも、こうやって誰かを吊るし上げるのが正しいとは思えないです。あと、何となく分かります。外山さんが犯人じゃないって」

「犯人かもしれないじゃん」すかさず京子が疑問を差し挟んだ。

 しかし瑠夏は受け付けなかった。「沈黙は金、雄弁は銀」それは京子への揶揄だった。しかし直接的な指弾ではないので京子は反駁できなかった。

「聖坂さんは、どうしたいですか?」担任が尋ねた。

「ひとまずの解決として」瑠夏は美代に振り返った。「私、外山さんと仲良くします。それで何かおかしいなと思ったらまた先生に言います。他の人が怪しいと思ったら、それも先生に言います。それでいいですか」

 担任はその提案を受け入れた。そうしてその日は皆帰路に着いた。

 帰り道、美代は瑠夏を絶賛した。庇ってくれた時、まるで少女漫画やメルヘンで王子様がお姫様を助けるために駆けつけてくれたかのような、そんな思いだったと述べた。後に、一目惚れのようなもので、この時から恋は始まっていたのだろうとも言っていた。それだけ劇的な瞬間だったのだ、美代の中で。

 こうして美代と瑠夏と、そして私を含めた交友が始まり、私たちは仲を深めていった。瑠夏への物隠しはしばらく続いたがある時犯人に悔恨の瞬間若しくは飽きが訪れて急に止み以降は何も起きなかった。

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