高校一年 一学期
ずっと友達でいようね。という約束が守られたのは初めの一か月だけだった。四月を終えてゴールデンウィークに入る間際、瑠夏は、これから予備校に入って忙しくなるから今まで通りには遊べない、と私と美代に告げた。美代は頻度は減るけど今まで通り時を見つけては集まろうよと食い下がったが瑠夏はこれからは遊ぶのも難しい、と連れなかった。
果たして、ゴールデンウィークが明ける頃には電話を掛けても瑠夏が出なくなった。彼女の両親が、わざと本人に繋がないのではないかという疑念もあったが、真相は分からなかった。とにかく、私たちは早々に瑠夏を私たちの世界から失ってしまった。
私と美代は二人で遊ぶようになった。互いの家を行き来し、たまに揃って外出し女子高生憧れの原宿を歩いたり表参道のカフェで背伸びしたコーヒーとスイーツを賞味した。私は楽しかった。しかし美代の笑顔は、かつてほど輝いていなかった。やはり私が瑠夏の代役を務めるのには無理があった。彼女が抜けた穴を補うには私では力不足だった。
高校では違うクラスだったが、私たちは放課後、仲良く連れ立って下校した。学校での出来事、授業の理解度、担当の先生の奇妙な癖など、私たちは様々語り合った。美代は可笑しそうに笑い、そして、いつもどこか気が抜けたコーラのような侘しさを漂わせていた。私は一生懸命話題を振ったが、それは変わらなかった。どんな努力も徒労でしかない無力感を痛感した。同時に、純粋に笑えなくなった美代の心中を思った。私が感じた無力感以上の虚しさを感じているに違いなかった。
「この後、時間ある?」
「遊ぶ?」
「遊ぼ」
というのがよくある下校路でのやり取りだった。私たちは高校最寄り駅から電車に乗り、二駅過ごして地元の駅で降り、駅前駐輪場に止めた自転車に乗って自宅に帰る途上で、互いの家に遊びに寄った。手提げ鞄を手に、制服に身を包んで遊ぶ様は中学の頃と変わらずで、私と美代の時間は確かにあの日校門で別れた頃から止まっていた。瑠夏だけがその場から消えてしまっていた。
美代の家で、三人でよく興じた人生ゲームを、二人になっても時々プレイした。ハードは当時最先端のPS2になっていたがプレイするゲームは元祖プレイステーション時代のソフトだった。TAKARAが売り出した人生ゲームだ。ルーレットの出した目に従い進み、進んだ先のイベントを消化する。パラメーターが上がったり、お金を貰ったり、反対にパラメーターの数値やお金を失ったり、時に競争を優位に進めるカードを手にしたり。プログラムがゲームを進めるため規則上のミスもなく滞りのない進行となるのだが、受け身と言えば受け身のゲームだった。ふと冷静になると、何を遊んでいるのか分からなくなるような。とはいえ、ゲームとは全般そのようなもので、一介の女子高生にすぎない私たちは特に疑問を持たずにそのゲームを中学生時同様続けた。
「私、気づくとフリーターになってる」
美代は時々不満げに口を尖らせた。その頃の私たちにはフリーターになることの意味がよく分からなかったが、パラメーターが最弱でもなれる唯一の職業というゲーム内評価から、それがあまり好ましくない生き方であることは知れた。
「うまくいけばパイロットになれるんだけどね」
そういう私の職業は、言及通りパイロットだったり、あるいはプロスポーツ選手だったり、あるいはサラリーマンだったり、時にはフリーターだった。パラメーターの許す範囲での就職で、私には一貫性が無かった。思えば特になりたい職業もなかった。美代よりは要領よく生きられるようだったのは確かだが、私は特別志のない、凡庸な人間に過ぎなかった、多くの女子高生がそうであるように。
「人生ゲームってさ」ひとゲーム終えると、美代が言った。「どうしてこう、青少年期が一瞬なのかな」つまんない。
「人生は、社会に出てからが本番ってことじゃない?」就職して、結婚して、様々な体験をして。それが人生の本番なのだ。
「ふーん」と言って、美代は鼻を鳴らした。納得がいかない様子だった。
美代の気持ちは分かるような気がした。私たちが暮らす青少年期は、ルーレット僅か数回で終わる、序章にすぎないのだろうか。そんなに刹那で展開のない時代なのだろうか。こんなに私たちは日々考え、感じているのに。そんな不満。実際やっている事と言えば学校に通いお互いの家を行き来して遊ぶ、そんな凡庸の連続なのだが、それはそんなに顧みる価値のない生活なのだろうか。
「瑠夏、どうしてるかな」
ゲーム機の電源を切って、美代は言った。予備校に通うようになった瑠夏。彼女は勉強して、知力を上げて、どんな職業に就こうというのか。私たちを打ち捨てて。
「美代は、寂しくない?」
分かり切っていたことを、私は敢えて尋ねてみた。内心、どきどきしていた。何と答えるのか、興味と関心と不安とが入り混じっていた。
「んー」
と気のない返事をして、美代は私に顔を向けた。「ジュース飲もっか」笑いかける美代の頬は、あまり上がっていなかった。
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