side2-8 些細な恩返し

 一週間まで更地だったのが嘘みたいに、境内は煌びやかに彩られている。


 大きさは野球場がひとつ入るか入らないかくらい。広大と表現するのはやや無理があるものの、それでも地方で催される小さな祭りよりも遥かに大規模なのは確かだ。


 焼きトウモロコシにリンゴ飴に綿菓子。

 並ぶのは定番のラインナップばかりだけど、僕にはそのどれもが目新しく感じた。


 それもそのはずで、最後に夏祭りに参加したのが日葵が危篤状態に陥る2年前だからだ。

 以降、日葵は活動の大部分を制限され、多くの時間を病室で過ごすこととなった。


 ……本当に日葵に会えるのだろうか。


 眉唾物と疑っていた風習だけど、深月やつばめといった前例がある以上、もしかしたらと期待を抱いてしまう。

 

 外れても落胆しない程度に一縷の希望を抱きながら、結月と屋台を回っていく。


「おじさん、焼きそばちょーだい」

「おお、結月ちゃん。こりゃ将来は間違いなくべっぴんさんだねぇ。

 っし、いいもん見せてもらったお礼に焼きそば料金はちゃらだ!」

「えぇ、悪いよ。はい300円。熱中症に気を付けるんだよ」

「結月ちゃん……うぐ、時間止まんねぇかなぁ。2年後なんてこなけりゃいいのに」

「はは、残念! 嫌でも時間はめくりめきます! じゃ頑張って!」

「あぁ……っと悪い城崎さん。

 見苦しいとこ見せちまったからこいつで勘弁してくれ」

「いや、払いますよ?」


 豊永さん曰く、稼ぎ時と言われる言霊祭。

 僕の見間違えでなければ、多くの出店が食べものを無償提供しているような……。

 ここまで大らかな性向だと少し考えものだ。


「んん~美味しい! やっぱり祭りは、たい焼きにかき氷に焼きそばだね!」

「本当にその順番で合ってるの?」


 猫舌の僕にとっては苦行も同然。昼も激辛ラーメンだったし、そろそろ舌が麻痺してもおかしくない頃合いだ。

 本当に危険なのは舌より腸だけど、食事中なのでお下品な話は却下。


「うん、最後はやっぱり濃い味で締め括らないと。

 筋トレ終わりに、サラダチキンを食べるようなもんだよ」

「その例えは絶対違う」


 そんなこんなで屋台巡りは終了し、しかし僕らの出番までは1時間近くの時間が残されていた。小食の結月にこれ以上露店に趣こうという気概はないらしく、ふと思いついたように山の尾根を指差して言う。


「少し散歩しようよ」

「嫌だ」


 そんなことしたら足が持たない。既に限界に近いのだ。


 普段は聞き分けのいい結月だけど、珍しく僕の意見を諒としなかった。


「大丈夫、なにも摂社まで登ってお参りするわけじゃないよ。

 お目当ては山中、少し境内から外れればすごいものが見られるよ」


 すごいもの。

 はて、なんだろうか。


 結月がここまで念を押すのも珍しい。

 僕は結月の誘いに乗ることにした。


 それから結月に先導されて歩くこと3分ほど。


「おぉ……」

「ね? 来た甲斐があったでしょ?」


 かくして明かされたすごいもの。


 その正体は絶景だった。


 いつか結月を探して通った茂みには光の粒が溢れていた。

 

 一つ一つは小さな光。

 けれども、数百、あるいは数千と集まったその光はまるで海。


 数え切れないほど凝集した蛍が、光の海を作りだしていた。


「どうしてこの場所は観光名所になってないの?」


 加麻鳥島にはいくつかの観光名所がある。


 武将の石碑だったり、目を見張る碧海だったり、都市部では見られない天然の大樹だったり。


 けれど、なにをもってしても、この蛍の織り成す光の海に匹敵する感動を与えられるものはないだろう。そう断言できるほどに、目の前の光景は圧巻だった。


「わたしとお姉ちゃんしか知らないからだよ」


 そう言って、結月は茂みに足を踏み入れる。

 蛍は逃げない。結月は光の海に浮かんでいる。


「摂社を見つけたのも偶然でね。昔、お姉ちゃんと遊んで迷子になったときに見つけたんだ。それでその時に見たのがこの絶景。

 すごいでしょ? 8月の半ばにしか見られないんだよ」


 それはおそらく、結月以外の島民の知り得ない情報。


「そんな想い出の場所を僕なんかに教えていいの?」

「なんか、じゃないよ。晃次さんだからいいんだよ」


 てらいなく結月は言った。

 即答が意味するのは、お世辞ではなく本音であるということ。


「晃次さんはわたしを救ってくれた。お姉ちゃんの想いをわたしに繋いでくれた。だからこれは、些細な恩返し。……なんて、ごめんね手間暇かからないプレゼントで」

「いいや、最高の恩返しだよ」


 苦笑する結月に僕は強く言い返す。

 文句なんてあるはずがない。


「ありがとう結月。秘密の場所を教えてくれて」

「ありがとう晃次さん。わたしがわたしであることを認めてくれて」


 しばらく無言で見つめ合い、やがてどちらともなく僕らは吹き出した。


 いやに真面目な雰囲気が僕ららしくなくて。

 まるでお別れの瞬間のようで。


「……まだ終わりじゃないよ。行こう結月」

「うん」


 僕の伸ばした手に結月が捕まる。


 互いに失ったもの同士、始めは傷を舐め合う相補関係だったのかも知れない。


 けれど今は違う。


 互いに自分の足で立って歩くことができる。

 自分を肯定することができる。


 だから僕らに、もう過去という後ろ盾はいらない。


 光の海を背中に浴びながら境内に向かう。


 決別の時間まであと少しだ。

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