side3-4 新品同様のメイド服

『だるまさんが転んだ』で潰せた時間は20分程度で、その後は缶蹴り、かくれんぼ、ビーチバレーを順繰りに行い、全身が悲鳴を上げ始めたところで『からすの歌』が響き渡り始めた。5時30分を告げる鐘の音だ。


「もうそんな時間かー。楽しい時間はあっという間だね」


 寂しげに微笑みながら紗英は呟く。


「まだ終わりじゃないよ。この後はカレーパーティーが控えてる」


 ということは、家とは真逆の方向にある市場に出向かなくてはならないということ。


 老骨に鞭打って歩くしかない。


 結月の捜索に若輩者の遊戯。

 職業柄デスクワークが中心の僕に、ここ2日のスケジュールは過酷すぎた。


 無駄なプライドのままに疲労はおくびにも出さないでいるけど、そんな余裕綽々の体が新たな災いを運んだようで。


「シーフードカレーにしましょう! 

 わたし、いい店知ってますよ! ささ、早くいきましょうお父さんっ!」


 どこで知ったんだそんなこと?


 家で退屈していたつばめもまた、体を動かせて満足しているようだった。


 やたらハイなのは紗英に中てられてのことだろう。


 子供の体力は無尽蔵だ。おじさんにはついていけない。


「あと5分だけ休ませて……」


 ぐいぐい腕を引っ張られるも、頑なに腰を動かさないで抵抗する。


「はは、へばってやんのっ」


 けらけらと紗英がせせら笑う。


 君が笑顔なら頑張った甲斐があったってもんだよ。


 しかし、この調子で体を酷使しては言霊祭まで身が持たない。


 直近一週間の天気予報に雨マークはひとつもない。

 明日はインドアで、心身の回復に努めたいところだけどどうだろう。


「明日はなにしようか」


 すべては紗英の肩にかかっている。


「うーん、そうだなぁ」


 思案顔で茜色の空を見据える紗英。


 同じ17歳といえども、子供っぽさが色濃く残る結月と違い、紗英の顔はかなり大人びている。真一文字に口を結んだ顔は、成人女性と大差ない。

 思案にふける端正な顔だちは、犀利な人柄を連想させた。


「メイドさんごっこ! なんてどうだろ?」


 発想で台無しだった。


「メイドさんごっこって……」


 子供が考案者とは思えない。

 風変わりな趣味をもった成人男性の思惑を感じる。


「今日のハードワークが原因で城崎さんは明日、動けなくなる。となれば、原因となったわたしたちが城崎さんの手足となって奉仕するのは当然の報い。そうだよね、つばめちゃん?」

「え、わたしもですか?」


 こくこくと紗英は頷く。


「あ、もちろん服はわたしが用意するから。その辺は安心してもらって大丈夫だよ」

「いや逆効果でしょ。見るからに嫌がってるじゃん」


 頬をほんのり赤く染めたつばめは、見るからに恥ずかしそうに身体をくねっている。


「いいの城崎さん? 年端のいかない少女の奉仕は貴重だよ?」


 この子、僕をロリコン認定してないか?


「だからって、メイド服である必要はないでしょ。

 って言うより、紗英はどうしてそんなもの持ってるのさ」

「生前、お父さんとお母さんが唸るほど服を買ってくれたからね。

 ……まぁ一着も着られなかったけどさ」


 服を買ってもらった。

 けれど、着ることはなかった。


 果たしてこの矛盾が意味することはなんだろうか。


 紗英は結月と違って感情の起伏がわかりやすい。露骨に悲しい顔をしている。


「おかげで全部新品同様。ぴっかぴかのてっかてかだよ」


 そして結月と違い、後を引かない。


 眉を曇らせたかと思えば、次の瞬間には華やかな笑みを浮かべている。

 繕ったものではない、心からの笑顔を。


 割り切っているからこそ、為せる技なのだろう。実際、紗英の死という事実はどう足掻いても覆らない。未来と違い、過去は決まったものだから。


 仮に紗英の過去を知ったとして、僕になにができるだろう。


 同情。激励。

 

 できることと言えばそれくらいだ。


 心の傷を癒やしたところで、彼女が再び生命を宿すことはない。


 だとすれば、彼女の過去には触れないことが得策だ。治しようがないから。


「そこまで言うのなら、見せてもらおうかな」

「おっ、ようやく紗英ちゃんがグラマラスってことに気づいたのかな?」

「忘れたの? 二回目に会ったとき、紗英は水着姿だったんだ。

 シャープでスリムな肉付きをしてることは知ってるよ」


 言葉を紡ぎ終えた直後、二方面から冷たい視線が刺さった。


「節操なしのセクハラ発言。見損なったよお父さん」

「これで貧乳って……世界は広いなぁ」

「えぇ……」


 非難は非難でもまるで方向性の違うふたつの非難。


 どうしようもなかった。

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