side2-7 夏課題
冒険家に知識は必要なのか。
知識が必要なのは間違いないけど、それは専門知識であって、一般教養はそこまで必要ないように思う。
おそらく、大学に進学する必要もないだろう。
「というわけで、理系科目は答えを丸写しして終わらせよう」
理系科目の多くは努力次第でなんとでもなる、いわば入試で高得点を狙うための教科だ。数学なんて、実際問題測量士にでもならない限り使うことがない。
古文や漢文なんかも入試のためにある教科だそうだから、国は入試制度の在り方を今一度考え直すべきだと思う。
「晃丞さん、理系の出なんだよね?」
そう言う結月は、信じられないといった様子だ。
「邪道だって言いたいのはわかる。
けどね、この世には無駄な努力と意味のある努力があるんだよ。
教師のいつか役に立つから、なんて決まり文句を鵜呑みにしちゃいけない。
英語だって、国外に行かない限り使わないんだから」
「真面目なんだか、拗けてるんだか……」
苦笑いする結月は、呆れとも感心ともつかぬため息を漏らす。
「ま、晃丞さんに反論する気はさらさらないんだけどね。
よし、頑張って丸写しするぞ!」
「うんうん、その意気だ。
小細工は必要ない。解法もまるまる模範通りに写そう」
「それはやりすぎなんじゃ?」
「課題なんてほとんどが流し見だから気づかれないよ。
それに、仮に不正を疑われたらチャンスと思えばいい。
数学は将来必要ない科目なんだって、はっきり言い返してやればいい。
そうすれば、これから先の課題も同じ手法が使えるからね」
「狡猾……晃丞さんって、悪いひと?」
「の世話役を何度か買ったんだ」
忠告を無視し続ければ、いずれ相手は呆れて忠告することを諦める。
大学時代の数少ない友人が提唱した誰でも屈服術だ。
まぁ、おかげで彼はいくつか単位を落としていたけど。
「いつ使うかわからない数式に頭を悩ますより、未来に思いを馳せながら世界史に没頭する方が結月も楽しいでしょ?」
「それはそうだけど……でもさ、夏休み明けの確認テストはどうすればいいの?」
「補習でリカバリーすればいい」
「赤点が前提って……。ま、冒険家以外に選択肢はないからいいんだけどね」
その言葉を最後に、結月は汲々と課題に取り組み始めた。
驚くことに、結月の集中力は凄まじいものだった。
嘆かないし、姿勢も崩さない。
シャーペンを手放して体を伸ばしたのは、それから90分近く経ってからのこと。
「終わったぁ~……古典はコツコツ進めるとして。
明日からは世界史オンリーだよ」
「え、今の時間で理系科目全部終わらせたの?」
「うんっ」
結構量があったはずなんだけど。
しかし、見栄を張っている気配はない。事実なんだろう。
「お疲れ様。少し早いけど昼食にする?」
「ハンバーグ!」
「了解」
得意料理で助かる。
本に栞を挟んで腰を上げると、結月のノートをぺらぺらめくるつばめの姿が目に入った。つばめは結月が勉強を始めてからほどなくして家を飛び出していた。
今帰ってきたのだろうか。
彼女が扉の開け閉めをするときは、なぜだか音が生じない。
「綺麗な字……書道でも習っていたんですか?」
昨日までのたどたどしかった口調も、今となっては過去の想い出。
敬語調が当たり前になりつつある。
「ううん、なにも習ってないよ。習い事をするような施設はこの島にないからね」
つまり否応なく独学しかないってわけか。大変だなぁ。
「なのにこの点数……結月さんって、もしかして才媛の美少女ですか?」
才媛。
つまりは教養があって、才知に長けているということ。
「はは、褒めたところでなんも出ないよ?
それに、テストは授業の確認だから解けて当然じゃないかな」
てらった様子はない。心底どうでもよさそうな声色。
踵を返してつばめの元に歩み寄る。
「……学年一位」
つばめが手にした帯状の紙には、一学期の定期考査の点数と学年順位が書かれていた。
詳細を確認すると、あろうことか全教科一桁。
しかも九教科中五教科が一位。
才媛という言葉にふさわしい結果だった。
「結月」
「ん?」
「その……自分の気持ちを大切にして道を選びなよ」
「? わかったよ?」
優等生なのか。
優等生なのに夢は冒険家なのか……。
きっとこれから、結月にはたくさんの甘い誘いがかかる。
難関私大だの、国公立だの、推薦だの、あの手この手を使って教員は結月を進学させようとするだろう。
負けるなよ結月。
願掛けもかねて、彼女のハンバーグは少し大きめに作っておいた。
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