幕間② 特別になるために
「あの子は2年前に姉を亡くしてるんだ」
夕方、例によってお裾分けにきた豊永さんと雑談をしていると、思いがけない情報が手に入った。
「姉っつっても双子でね、いつでもどこでもふたりは一緒。
髪型から服装までまったく同じで、外見だけじゃ区別がつかなかったなぁ」
らしくないしんみりした様子の豊永さんを見るに、他人とは割り切れない間柄だったのだと推測できる。
元気の塊である結月の双子だ。さぞ島民に愛されていたのだろう。
「……事故ですか?」
「ああ、よくある交通事故だ。現場が本土だから直に見た奴はいねぇが、相当にひどいもんだったらしい。そのショックからか、その日以降、結月ちゃんの人柄はがらりと変わっちまったよ」
少女の手掛かりを求めて町役場に出向いたとき、そんな内容の記事を見た気がする。
ひとりは病死、ひとりは交通事故。
おそらく後者は結月の姉だ。
「変わったって……でも、今も結月は明るいですよ?」
関わりをもって間もないけど、結月が根暗だと感じた瞬間は一度だってない。
翳りが見えたのは一瞬、ひたすらに謝り続けていたあの数秒間だけ。
僕の言葉が見当違いだと指摘するように、豊永さんはゆるゆるとかぶりを振る。
「あれは空元気だ。無理して笑ってるんだよ」
「空元気……」
『城崎、ここ数日のお前の笑顔は見るに堪えないもんだ』
本土を発つ前日、加野さんが開口一番指摘してきた言葉が脳裏をちらつく。
メンタルケアが必要な患者に共通しているのは不自然な笑顔を振り撒くこと。
本人が無自覚でも周りはその笑顔が偽物だとすぐわかるって、加野さんが熱弁してたっけ?
「本当はさ、あの子のボランティア活動も辞めさせたいんだ。
奉仕活動に興味があるってんなら構わないんだが、あの子は罪滅ぼし、あるいは自罰目的でボランティアしてる」
「そんな……」
小遣い稼ぎが目的でないことは薄々察していたけど、まさか自傷行為だったなんて。
「……そのことを知っていながら、どうして彼女に役割を与えるんですか?」
言葉に怒気が籠もってしまった。
豊永さんは悪くないのに、攻め立てるような形になってしまった。
しかし豊永さんが意に介した気配はなく、自身を嘲笑するかのような乾いた笑みを浮かべて弱々しく呟く。
「わかってるさ。このままじゃ駄目だって」
けど、と豊永さんは視線を逸らす。
「こうでもしねぇと、あの子はより過激な自罰行為をしかねない。聞いただけで実際どうかはわかんねぇんだけどさ、
……だからだろうな、責任感じてんだろ」
「道路に飛び出したって……意味もなくそんなことするわけないじゃないですか」
「実際、どうなんだろうな。真相を知るのは結月ちゃんだけだ。結月ちゃんが口を割らない限り、俺たちには憶測しかできない」
「けど、だからって……」
真相がわからないから、自傷行為を認めるしかないって言うのか?
身を滅ぼしかねない、過激な自傷行為を。
「……摂社に付き添ったってこたぁ、城崎さん、見たんだろ?」
そう問うてくるということは、結月の奇行は島内で既知の事実なのだろう。
「あの子も城崎さんと同じなんだろうよ。
一脈相通ずるものがあるからこそ、自分の惨状を見てほしかったんだろうな」
鶏肉の照り焼きが載った皿を差し出し、豊永さんは自宅に戻っていく。
言われてみれば、結月が自身の懊悩を曝け出す必要などない。
僕は所詮、旅客のひとり。
ならどうして彼女は僕を選んだ?
豊永さんの仮説が正しいかも知れない。
そもそも特別な理由なんて存在しないのかも。
『いいや、君はこんな人間なんかじゃないよ。
何故なら今この瞬間をもって、わたしのなかで特別な誰かに昇格したからです!』
……なら、今から特別になればいいだけの話だ。
過度な干渉を極力避ける、言わば事なかれ主義が僕のモットーだけど、本職が医者である以上、疾患を抱える患者をむざむざと見過ごすわけにはいかない。
幸運にも、僕は今現在メンタルケアの最中だ。
身を挺した経験ほど実になるものはない。
精神疾患は畑違いの分野だ。
けれど、今まで自分に施されてきたことを誰かに施すくらいならできる。
僕の中でまたひとつ、為すべき目的が生まれた。
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