side1-2 好き嫌いも個性のひとつ
豊永さんの言葉通り、島のひとたちは温厚だった。
気さくに話しかけてくれて、野菜なり魚なりを分けてくれて、触れて欲しくない部分には一切触れないでくれて。
推測の域でしかないけど、僕が傷心状態にあることは、島内に知れ渡っているのだろう。事実、今日接した島民の方々は、例外なく僕の名前を知っていた。
正確にはひとりの少女を除いて、かな。
なにはともあれ、打ち解けてくれるのは嬉しいことだ。
なんせ都会にいた頃は、病棟でもプライベートでも腫れ物扱いされていたから。
僕のことを気遣っての行動だと思うけど、そんな特別扱いから生まれる疎外感は、反って見えない傷を増長する要因で。
……虚勢を張るのはもうやめよう。
僕はまだ、妻を失った悲しみを拭えないでいる。
ぬかるみに足を取られて、歩けないでいる。
けれど大丈夫。この島のひとたちが、きっと僕の心を癒やしてくれる。
今日一日の交流を通し、僕はそう確信していた。
「ごはんまだー?」
台所で調理していると、居間から少女の間延びした声が聞こえてきた。
「もうすぐだよ。もう少しだけ待ってて」
「はーい」
この子の正体は、変わらず謎に包まれたままだ。
島の役所でなにか物騒な事件が起きていないか調べたところ、該当する事例がふたつ、見つかった。
しかし当事者はどちらも高校生だったから、彼女と直接の関係はないだろう。
座敷童子説が、今のところ最有だ。
理系に重きを置いていた手前、本当はそんな非科学的存在を承認したくないけど、なにぶん証左も噂もないので、そう思わざるを得ない。
法則は普遍性を持つのに対し、学説はちょくちょく変化する。
彼女の認識もまた、経過に伴って改めていけばいい。
「お待たせ。今晩は鰹のステーキだよ」
「かつおー?」
「そう、鰹。漁師さんから貰ったお魚さんだよ」
「さかなきらい」
「……」
好き嫌いはいけない、という価値観を強いることが僕は嫌いだ。
好きは好き、嫌いは嫌いでいいと思う。
蓼食う虫も好き好き、なんてことわざがあるように、ひとの性質は十人十色だ。
普通が正しい、なんて誤った価値観を植え付けてはいけない。
それは協調性を養うと同時に、個性を殺す行為だ。
みんな違って、みんないい。それでいいのではないだろうか。
そんな価値観が僕のなかにあって注意できないものの、さて、どうしたものか。
少女に好きなものを尋ねようとすると、玄関の扉がコンコンと叩かれた。
「はい」
扉を開くと、家に芳しい香りが流れ込む。
目の前には今朝と変わらない、タンクトップ姿の豊永さんがいた。
片手に白い丸皿を持っている。
「約束通り、嫁の料理持ってきたぜ。今夜は猪のステーキだ」
「猪のステーキ……」
なんて狩猟民族的な……。
「一枚までならおかわり無料だ。
それ以上は、俺の酒の相手っていう肉体労働で対価を払ってもらう」
「酒まで飲めて一石二鳥の案件なのでは?」
「ははは、さすが城崎さん! カラクリを見抜くのが早ぇや!」
「はは……」
僕の引き攣った笑顔に、豊永さんはすかさず上機嫌な笑い声を被せてくる。
強い酒の匂いが鼻を刺す。豊永さんの頬がほんのり赤いのは夕陽の影響ではなく、酔いが回っているからだろう。まだ7時前なのに。
「寂しくなったらうちに来な。みんな大歓迎だろうよ」
向かいの家からは、わいわいがやがやどんちゃん騒ぎする声が聞こえてくる。
まさか毎日ってことは……ありそうだ。豊永さんの性分を見るに。
「ありがとうございます。気が向いたら」
「おう。じゃな」
踵を返す豊永さんの足取りはおぼつかない。
肩を貸そうかと思ったけど、その必要はなさそうだ。
「すいません。主人が絡んでしまって」
「いえいえ。夕飯、ありがとうございます。後日なにかお礼しますね」
「そんなお気になさらず。島での生活を楽しんでくださいね」
人相のいい奥さんだ。
会釈して扉を閉める。
「それなにー」
匂いに釣られたのか、振り返ると少女が興味津々とばかりに目を輝かせていた。
「猪のステーキだって。お肉だよ」
「にくすきー」
「偏食はよくないんだけどなぁ」
昼食のハンバーグに続き、またしても肉。
2食続けて高タンパク質のメインディッシュで、半年前の僕なら目を三角にして拒絶を示したであろうメニューだけど、少女は妊婦でなければ生活習慣病も患ってないし、まだまだ健康を意識するような年齢ではない。
というより、霊的存在だから健康を損ねること自体ないのか。
「……まっ、いいか。一口だけ僕にわけてくれる?」
仮に感想を求められたとき、見当違いなことを言うわけにはいかない。
「や!」
ふんと鼻を鳴らし、少女はそっぽを向く。
「もう少し協調性をもとうよ……」
同居人との相性は……今後上げ傾向であることを願いたい。
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