蹂躙6

首相官邸 危機管理センター

 取りあえず集められるだけの人間を集めた緊急の会合が開かれている。小金井こがねい内閣総理大臣を筆頭に檜原ひのはら官房長官、北垣きたがき国家公安委員長、徳久とくひさ防衛大臣、加藤かとう国土交通大臣、山下やました総務大臣らが臨席。

 向井田警察庁長官と彼が引き連れて来た警備局1課、3課の人間もここに居る。一旦は福島を行きを命じられて準備に入ろうとしていた所を向井田に呼び出され、説明も僅かに内閣府へ赴く事になった。

 初めて入る内閣府庁舎の中をゆっくり見る暇もなく向井田と北垣の面談が始まり、内線で呼び出された内閣危機管理監を交えたやり取りが終わるとそのまま首相官邸へ。またもやこんな場所に入るなんて思わなかった2人は、キョロキョロしながら向井田の後に続いて危機管理センターまでやって来たのだった。

 北垣と向井田による説明が終わり、タブレットの映像も回し見が終了。誰が舵取りをするのか微妙な空気が流れ始めた時、檜原が立ち上がった。

「総理、ご承知の通りですが今回のような事案を想定した法案は存在しません。現行法の拡大解釈も限度があります。特措法の立ち上げを行いつつ、必要な処置を行うのが得策かと存じます。因みに防衛大臣の方で何か情報は」

「統幕へ現地部隊が知事より災害派遣要請を受けたとの報告が上がって来ております。向井田長官の件が真実であれば、相応に武装しているかと」

「本来であれば褒められた行為ではありませんが今は好都合です。後出しを承知で利用し、我々が事前に相談を受けて許可を出していた事にしましょう。であれば警察も含めて現場の人間を不問に出来ます」

「不問にするのは取りあえずいいとして国土交通省ウチが現地の会合で蚊帳の外にされているのは何とも気に入りませんな」

 加藤がふてぶてしく口を挟んだ。福島県庁での集まりには地方整備局関連の人間が呼ばれていないとの報告が入っているらしい。だがこれには相馬知事なりの考えによるものだった。

 当初の想定として事態が現実のものになった時、まずやるべきは住民の避難、保護、そして円滑な撃退行動、そのために必要な根回しが急務だった。公共交通の福島交通や阿武隈急行等は陸運業であるため国土交通省が管轄する地方支部局こと地方運輸局に1枚噛んではいるものの、営業自体はどちらも株式会社なので直接的に絡んでいる訳ではない。トップを抑えてしまえば口止めは可能だとの判断から、この2社は県庁に呼ばれていた。

 しかし地方整備局は国土交通省が持つ支部局の中でもほぼ直下に位置する。ここの人間を呼ぶ事で話しが予期せぬ展開へ転がるのを恐れ、県としての態勢を決める会議に中央から口を挟まれて何も決まらなくなる事態を回避するという目論見があった。

 結局事態は起きてしまったものの、避難に力を入れた会議はある程度でもスムーズに進んでいた。それが地方整備局を蹴り出したお陰かどうかは定かではないが。

「上に話しが漏れて全てに待ったを掛けられるより賢明だと思ったんでしょう。確かにこのケースで事前に備えるのをこちらが決めていたら法制局の調整だけでも時間を食います。何も決まっていないから何も出来ないとならないようにした結果かと」

「地方自治体における防災の原則も考えものだ」

「加藤大臣。国交省として動かせる資機材、物資、人員の手配を直ちに行ってくれ。TEC-FORCE、災害対策ヘリ、衛星通信車、照明車、これらは君の手駒だ。現地で何が必要になるか、現段階で役に立ちそうな物はあるかについて、地方整備局を通して問い合わせ、行動しなさい。あくまで現地の要望に従う事を念頭に置き、君の持つ権限を有効に活用して欲しい」

 小金井総理が釘を刺すような発言をした。正しく鳩が豆鉄砲を食ったような顔になった加藤は一瞬戸惑うも、他の者の顔を見て静かに頷く。

「官房長官、直ちに特措法の制定に入りたい。関係閣僚の招集を頼む。それと報道へ1回目の記者会見を行う準備を」

「承知しました」

「徳久防衛大臣。現地部隊の行動を支援して欲しい。一先ず災害派遣扱いで、統合部隊の編成も許可する」

「はい。因みにですが、現状において使用する火器等に制限は設けますか?」

「今が使うべきと思う状況になれば一報を入れるだけでいい。こちらが報告を聞いたという事実だけ下達し、それが部隊を指揮する立場にある者が耳に出来る環境が作れれば理想的だ。その旨、統幕へ伝えるように。続いて総務大臣。場合によっては武力攻撃災害に準ずる被害も考えられる。その辺をどう解釈するかも特措法に盛り込むつもりだが、本件における消防吏員の行動規定について草案を纏めて貰えるか」

「分かりました。厚労省と連携して救命士に関しても協議したいと思います」

 向井田が見ている目の前で事がゆっくりとでも動き出した。現地で渦中にある者たちにとっては鈍重の極みでしかないが、総理の判断で自衛隊による火器を用いた大規模な作戦の展開が許可されたのだ。


福島県警本部サイバー犯罪対策課

 本件においては関わりがないと思われていたサイバー犯罪対策課に仕事が回って来ていた。依頼したのは堂本刑事一課長である。

 新興住宅地で生物が銃対によって排除された時の映像が動画投稿サイトにアップロードされた件で、この投稿した人間が何所かの掲示板やSNSで書き込みをしていないかを探るべく、係員たちはネットの海に潜っていた。

「SNS系サイトは軒並みここの出来事できな臭い状態ですね。デマが飛び交ってて感情剥き出しの連中が殆どです。混乱に乗じてるだけでしょう」

「掲示板の方は冷静な感じです。普段から居る人間が相応の人種ばかりですからね。寧ろ楽しんでる気すらします」


SNS系

「これは国家ぐるみの情報操作による日本人虐殺を隠蔽するものです。現地では既に毒ガスが使用されたとの情報もあります」

「正体不明の軍隊が福島を攻撃しているそうです! みんな逃げて!」

「ついに侵略が始まった! 核ミサイルが降って来るぞ!」

「事態が起きて何日も経つらしいのに何の報道もない。それが逆に本当である事を証明している。クソみたいな国だ」

「自衛隊は国内の混乱に出動が出来ません。そう言った法令が存在しないからです。だから国民が駆り出されます。知人が言ってましたから間違いありません」

「シビリアンコントロールに対する明確な侵害です。何があろうと自衛隊の出動に反対します」


掲示板

「福島の件ってマ?」

「祖父ちゃん郡山に住んでんだけど電話したら元気だった」

「みんなニュース見ろ。30分後に政府公式発表あるから番組内容変わるって」

「ワイ福島市住み、警察のサイレンがあちこちで鳴ってて怖くなって来た件」

「軍板で速報。福島駐屯地から部隊が出たらしい」

「発表始まったら誰かスレ立てろ。歴史的な瞬間かも知れないぞ」


 対策課長は双方を見てその温度差に只ならぬ違和感を覚えた。同じ世界に生きていてこんなにも反応が違うのは不思議な事だった。

 かたや不安を煽る言葉を書き連ねては共感を集め、かたやこの状況に対して冷静でありつつも何所か楽しんでいる様子を見せる違いは何所から生まれて来るのだろうか。

「油断はするな。双方共に記録を残しておけ。で、本命の方は見つかりそうか」

「投稿された動画は撮影した映像をほぼそのままアップロードしていました。このパターンだとアシが付かないように所謂"捨て垢"で投稿している可能性が高いので、特定は難しいですね。法務省を抱き込んで情報開示を要求すれば個人を特定出来なくもないですが、そこまでする必要がありますか?」

「罪は問えないな。その辺は個人の良心に関する分野になって来る。ただこれを野放しにしておくと何が危険かも分からなくなった暇人連中が動画を撮りに遠路はるばるやって来るぞ。そう考えると最初の投稿者が警察から厳重注意か拘束されたって情報はある程度の抑止力になると思う」

「ムカデが可哀そうとか言い出す連中も出て来たら面倒ですね……」

 億劫な事態へ発展してしまうのは避けたい。それがここに居る面子のささやかな願いだった。


 同時刻、伊達署には続々と凶報が舞い込んでいた。市内中心部に向かった警務・庶務・生活安全課の人間からなる避難誘導チームも150号線を突き進んで来た生物群と接触。コンビニや就労支援施設で誘導に当たっていた係員が餌食になった。所持していた拳銃で応戦するも長くは続かず、押し切られて次々と波に消えてしまう。

 また生物の一部は線路に沿って移動し、伊達署の至近にあった大泉駅へも押し寄せ、そのまま伊達署周辺にも散らばって現れ出す。第5分隊も生物を肉眼で確認した事で正門を閉め署内に退避。平山による防御計画の実行に備えた。

 南方面から西進して来た集団によって次の駅である保原駅も波に飲まれ、駅員たちは咄嗟にドアを閉じたが線路側に回った集団が駅舎内に侵入。僅かな抵抗も空しく悲痛な最期を迎えた。ロータリーのタクシーも車体に群がられる中で逃げ惑ったが民家に突っ込んだり他の商業施設の駐車場に停まっている車へ激突。漏れたガソリンにショートした電装系の火花が引火して火災が発生し爆発した。その衝撃で数匹が巻き添えになるも、流れを止めるには脆弱過ぎるものだった。

 遠回りを繰り返していた交通機動隊のPCがようやく周辺へ展開を終えるも、既に意味があるとは思えない交通規制となっていた。市内から逃げて行く車両は多いが向かって来る車両は当然少ない。

 機捜各車も遠回りにあぐねいた結果、自主的な避難誘導に向かう車両が相次いだ。何台かは件の大野クリニックへ到着して警戒に加わっている。


 小野は伊達市上空に留まっている"あづま"のキャパシティーに限界を感じ、もう1機のヘリを飛ばすように命令。これによって阿武隈川沿いにある新田公園敷地内のヘリポートから"ばんだい"が飛び立った。

 阿武隈急行に沿って飛行し、伊達市上空に差し掛かった当たりで"ばんだい"は行き先の変更を告げられる。伊達署の管轄になっている掛田駐在所から緊急連絡が入ったそうだ。県道122号線が真っ黒い何かに覆われているとお寺から駐在所に通報があり、周辺の様子を見て欲しいとの内容である。

 要請を受け取った"ばんだい"のパイロットは針路を変更。増速して一旦、駐在所の直上を目指した。

 数分で駐在所上空に到着し、機首を北に向ける。幾分か高度を落としてGPSナビを見ながら飛び続けた。県道45号が途中から122号に切り替わり、眼下にあった小さな町が消えて田畑が広がり出す。その先に見えて来たのは、もう1つの生物集団だった。


県警対策本部

「芳村くん。確か2回目の集団失踪の現場は新興住宅地後方にある山だったね」

「はい、本部長。恐らくそっちの実行犯たちでしょう」

「最初から別の集団による犯行だった訳か。それが判明したからと言ってどうとなる訳でもないが……」

 一先ず掛田駐在所へ周辺住民の避難誘導を命じる。しかし1~2人しか居ない駐在所の人員で間に合うのか。思ってはいても、誰も口にはしようとしなかった。

「本部長」

 席を外していた警備部長が戻って来た。小野の隣まで来て小声で耳打ちする。

「…………そうか、来てくれるか」

「正式に派遣要請も出たとの事です。事前の根回し通り、相応の装備で来るそうです。諸事情で全部隊ではないそうですが、今の我々にとってこれ以上の吉報はありません」

「油断するな。向こうはこちらよりもデリケートな身の上だ。何所に展開するか要望を上げてくれ。その辺の調整を任せてもいいか」

「お任せ下さい」

「うん。私はちょっと今、余裕がなくなりそうだ。申し訳ない」

 小野は微笑を浮かべているが、定年間際になって初めての大規模な警備実施の指揮を執る事に疲れが見え始めていた。それだけでなく、さっき出現した3つ目の集団をどうするかも考えなくてはならない。


 警備部長が小野の傍を離れて自分の席に戻った頃、既に伊達市へ向けて移動しているOD色と迷彩色の長い長い車列があった。「第6師団 災害派遣 第44普通科連隊(福島)」と3段に分けて印字されている白い横断幕を車体に掲げ、国道4号線を北上し続けていた。

 先頭は情報小隊のLAVとオートバイ。その後ろから82CCVが続き、あとは無数の高機動車と3t半が追従する。福島駐屯地を出発した第44普通科連隊の3個中隊だ。

 LAVの銃座にはミニミ、CCVは50口径とミニミ両方を備えているものの、どちらも本体から伸びている筈のベルトリンクは見えない。オートバイの隊員も背中に小銃を掛けているが弾倉は取り外してあった。弾倉や弾薬はこれから向かう目的地に到着し、状況の確認を終えてから取り付ける事になっている。


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TEC-FORCEなんての初めて知りましたね

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