44連隊1
国道4号線を北上する第44普通科連隊の3個中隊は県道399号線と合流する交差点を右折。本管と各中隊本部班の車両はそこの至近にある伊達体育館の駐車場へ入った。高機動車と3t半は道路を1本挟んで隣の総合支所駐車場。入り切らない分は体育館に併設されているヨークベニマル駐車場へ移動した。
この体育館は知事の方から「もし本部として使うのなら」と事前に申し出があった。連隊は一先ずここに陣を構え、伊達市内での部隊活動を指揮する方針となる。
体育館駐車場で連隊長こと斎木1佐と副連隊長の渋谷2佐を出迎えたのは支所長と体育館長だった。連れだって施設に入る。ここのメインとなるアリーナは約1000㎡、小規模な会議室や剣道及び少林寺拳法等で使用の出来る多目的ホールも存在した。現段階では十分な広さと言えよう。
「ご協力感謝します。早速、設営に入ります」
「事務室に居りますので何かあれば」
「退避が必要な段階になるまで交通整理などはお任せ下さい」
2人は持ち場へ戻って行く。これを見送った斎木は本部班と通信小隊をアリーナに入れて連隊本部の立ち上げを始めた。並行して全隊員と車両搭載火器への弾倉、弾薬の装填を許可。情報小隊には偵察を命じる。
「衛生小隊も引き連れて北福島医療センターへ向かえ。ある程度は医療物資を融通出来ると伝えて情報を聞き出すのも忘れるな」
「了解、先行して向かいます」
LAV2両と衛生小隊の車両が移動を開始。オートバイの偵察員は阿武隈川の上を渡る伊達橋の袂で小銃を構え警戒配置に就いた。
そんな所に現れたのは、覆面PCに先導される民間救急車の車列だった。助手席に座る私服刑事が駐車場の自衛隊車両を一瞥するも停まる事無く通り過ぎて伊達橋を走り抜けていく。だが橋の袂で小銃を構える隊員を見た事で流石に気になったのか、最後尾に居た覆面車だけが停まって彼らに近付いた。降りて来た刑事が駆け寄る。
「福島県警本部刑事部の者です。可能でしたら協力願えますか」
「44連隊です。どのような事をでしょう」
さっきのは大野クリニックに残っている動かせない術後患者を運ぶための車列で、クリニック周辺も次第に生物が発見されている状況らしい。銃対が何とか撃退しているがこのままだと拙い事になりかねないので陸自の火力が欲しいそうだ。偵察員は直ちに報告を上げた所、普通科1個小隊を向かわせると返事があった。
「部隊を差し向けるそうです。お待ち下さい」
「感謝します」
数分後、高機動車1個小隊分が到着。先行した車列を追い掛け、途中にある北福島医療センターで待機していたLAVも合流する。大野クリニックを目指して突き進んだ。
1両目の民間救急車に乗り込んでいる特殊犯一係長こと
「あと200m」
「了解。各員、弾倉を込めろ」
マガジンポーチから弾倉を取り出し拳銃の遊底に叩き込む。装備するのはM92の派生形だ。原発警備の予算が存在するお陰で刑事部にもある程度の金が回り、隣県より幾分か装備が整っているのが吉と出たのかは何とも言えないが、あるなら使うだけの事だった。
スライドが前後する重い音が車内に響く。安全装置を掛けてホルスターに戻すと、全員が深呼吸した。
「メインの仕事は術後患者を乗せて送り出す事だが、生物を見つけたら何も躊躇わずに撃て。相手は人間じゃないから遠慮するな」
SITはその性質上、人質だけでなく被疑者の生命にも気を配る。生きて捉えるのが信条の存在だ。しかし今回の相手は本能のまま襲って来る連中である。余計な考えは要らない。
静かな覚悟が固まると同時にスピードが緩んだ。そして左に寄って停まる。
「出るぞ、まず周辺を防御しろ」
バックドアが開くと共に飛び出す。右手に見える道路の各所に銃対が張り付いて応戦していた。
そして1台のミニパトが患者搬送車両を引き連れて離脱していく所を目撃。運転する警官の顔は青ざめていた。一連の光景を見送った所で、手近な隊員へ走って近付く。
「刑事部です、援護に入ります」
肩を叩かれた銃対隊員は振り返ると目を見開い。明らかに信じられない物を見た目だ。石黒の格好を上から下まで見た後に発言する。
「何でSITが!」
「堂本一課長の提案で患者移送を手伝いに来ました。もう我々ぐらいしか出せる人間が居ないんです」
「分隊長、SITが来てます!」
「弾があって怖気付かない連中なら誰でもいい! 早く混ざれ!」
石黒は一係の部下を銃対の近くへ均等に置いて応戦を命じた。二係の人員はストレッチャーを運ぶための手伝いに回す。自らも拳銃を抜いて弾が飛んでいく先を見た。
「……デカいな」
近付こうとしては正面から9mmを食らって追い立てられるように通りを引き返していくムカデたち。あんなモノに圧し掛かられたらと思うと総毛立つ。そうならないためには両手に持っている武器で戦うしかなかった。
「撃て!」
目の前に居るムカデの存在をまだ現実として処理仕切れていない部下の迷いを打ち消すように力強く言い放つ。そして引き金を引いた。
石黒が撃った事で部下たちも踏ん切りが着いたのか同様に発砲し始める。
彼らの到着から10分もしない内に途中で別れた最後尾の覆面PCが、陸自の車両を引き連れて大野クリニック前にやって来た。前方に集中している銃対とSIT以外の、この場に居る警察官の誰もが期待の眼差しを向けている。
「もう1度確認ですが、撃っていいんですね」
「必要な行動だったと記録しておく。弾切れと生命の安全以外は何も気にするな」
「了解」
44連隊3中1小隊長の
「初弾装填、総員降車、安全装置はまだ外すな」
後ろから槓桿を引く音が連続して聞こえる。自身も初弾の装填を終えると1歩踏み出した。高機動車のバックドアを開け放って外に出る。
「班ごとに整列! 別命あるまで周辺警戒!」
桜井はまず、この場における最上級指揮官を探し始めた。目前で撃ち続けているのは恐らく銃器対策部隊であるのが想像がつく。しかしその横で拳銃を撃ちまくる、見た目は特殊部隊風の出で立ちをした存在には理解が及ばなかった。どっちに近付いていいか逡巡した所へ明らかに機動隊員だと分かる男が歩み寄って来る。
「福島県警第1機動隊、第2小隊長の雨谷と申します。来援に感謝します」
「最上級指揮官は」
「銃対の小埜澤警部です。少しお待ち下さい」
急いで走り出した雨谷は小埜澤を呼んで戻って来た。桜井の姿を見た小埜澤は急いでヘルメットとバラクラバを取ろうとしたが"そのままで"と制した事で文字通り顔も分からない状態での会話となる。
「銃器対策部隊長の小埜澤と言います。ありがとうございます」
「第44普通科連隊、3中1小隊長の桜井です。状況は」
「残弾が僅かです。もうそんなに余力はありません」
「分かりました。我々と入れ替わって後退して下さい」
「伊達署も生物の波に飲まれつつあります。何所へ後退すれば」
「伊達体育館に我々の本部がありますからそこへ行きましょう。補給も何とかして都合をつけます」
この時、桜井の脳裏には使用している弾薬の事まで頭が回っていなかった。とにかく小埜澤が放つ余裕の無さに焦ったのだ。
「了解、銃対は搬送車両の離脱後に第44普通科連隊と入れ替り伊達体育館へ後退します」
「小隊長! 退路が断たれます!」
桜井は絶叫に近い声で呼ばれて振り返った。今自分たちが通って来た道に生物集団が見える。交差点の南側から侵出して来ていた。
「3班と4班はLAVと共に攻撃、射撃は各班長の号令で実施して良し! 退路を確保しろ!」
LAVのルーフに居た隊員は90度旋回してミニミを撃ち始めた。車体が方向転換する中でもほぼ正確に集団を捉え続けている。3班と4班の隊員たちも左右に広く展開して89式を構えた。
「目標、前方の生物集団、単発、指名!」
安全装置が子気味よく回って単発へ送り込まれる。引き金に掛けた指を慌てて押し込まないよう隊員たちは次の号令を待った。
「3班、射っ!」
「4班! 射ぇ!」
既に火力を発揮しているミニミを主軸に攻撃を加えるとすれば、こちらは単発でも構わない。その考えから下されたものだった。道路上の生物集団は側面を次々に撃ち抜かれ、アスファルトに体液を巻き散らして動かなくなっていく。
交差点まで辿り着いたLAV1両と2個班は南側道路に対して集中的に攻撃を実施。9mm弾よりも圧倒的な射程と火力による射撃で迫り来る生物集団を排除し続けた。
その後ろを、患者の収容が完了した民間救急車の車列が覆面PCの先導で移動し始める。目的地は1両目が向かった北福島医療センターだ。
「3中第1小隊から衛生小隊、術後患者を載せた搬送車両の第2陣が今から向かう。車両と患者の保護を頼んだ」
「了解、到着に備え待機します」
これで目的の大部分は達成した。病院関係者も一緒に乗り込んでいるから、この周辺で確認している民間人は居なくなった。あまり余計な情報を仕入れると逃げ時を失う。
「東に集団を確認! こっちへ来る!」
県道150号線を東進する集団が迫りつつあった。これは鈴森が実行した火の阻止線で前進を阻まれた集団だ。伊達署への衝突ルートは回避したが阻止線の北側へ回り込み、銃対に幾分か数を減らされるも勢いは衰えていない。
「1班2班、手榴弾!」
桜井の命令で1班と2班の班長が振り返った。
「適正な距離になり次第で手榴弾を使え! 3班と4班も同様だ!」
「小隊長、冷静に」
「次は警察を逃がさなきゃならん! あの数を見ろ!」
自重を促そうとした小隊陸曹は150号線から近付いて来る生物の数を見て息を飲んだ。小銃と機関銃だけでは火力が足りないのは明白。自分たちが持っている火器の中で有効そうなのは手榴弾しかない。
当然、無反動砲とLAMも高機動車には積んである。しかしあの類の火器は下手すると信管作動前に集団を突き抜ける恐れがあった。見る限り生物群はそれこそ火砕流か洪水のように続いている。後ろの方が吹き飛んでも前に居るのは前進を止めないだろう。であれば、先頭を行く集団の出鼻を挫かなければ自分たちが逃げられる可能性はゼロに近付くだけだ。
「もう1両のLAVは車体後部を向けて前進しつつ撃て! 1班と2班は後退しながら直ちに射撃開始!」
「1班2班前へ! 接近する集団へ攻撃!」
LAVの運転手は一瞬混乱しそうになるも、射手が方向転換を促した事で対処出来た。反対方向へ頭を向けたままゆっくり前進する。その両翼に展開した1班と2班はゆっくり下がりながら89式で応戦した。
「機動隊の皆さんは急いで体育館へ向かって下さい!」
「了解」
「小隊長! 裏から来てます!」
大野クリニックの後ろで警戒に当たっていた1機第2小隊の分隊が路地裏を進んで来た小集団に襲われた。突然の事でパニックに陥る隊員たち。周辺を警戒していた機捜隊員も混ざるがいまいち打撃力に欠ける。
「二係は援護に行け! こっちは気にするな!」
患者の搬送も終え手空きになっていた特殊犯二係の人員へ石黒が指示を飛ばした。盾もないから身軽な分、勢いよく走り出して分隊の元へ駆け付けた。
「撃て! 撃て!」
迫り来る数体に拳銃を乱射して排除。弱った個体には分隊が取り付いて安全靴と大盾の角で繰り出す一撃を加えた。後は動かなくなるまで頭部を執拗に何度も踏み付け、頭部と胴部の関節に盾を捻じ込んで力の限り押し込んでいく。
「どけ! 突っ込むぞ!」
拡声器で宣言した機捜の覆面PCがまだ生きている生物数体を轢き殺した。バンパーが吹き飛んだが幸いにも走行機能は失っていない。
「手榴弾!」
頃合いの距離と判断した小隊陸曹は手榴弾の号令をかけた。ミニミが射撃を継続する中、1班と2班の隊員たちがポーチから手榴弾を取り出して身構える。
「退避、退避!」
小埜澤は瞬間的に退避を下命。聞く話では効果範囲が20m前後になると聞く。実際の爆発なんて見た事はないが、可能な限り距離を取っておくに越した事はない。
MP5を撃っていた隊員たちは大急ぎでその場から離れた。何が起きたのかよく分かっていないSITの捜査員たちを強引に引きずる。さっきまで隣に居たのが死なれては目覚めが悪い。それだけでなくとも、同じ県警の仲間だ。
「用意! 今!」
無数の手榴弾が投擲されて生物集団の目前に落ちて行く。鼻先で炸裂した手榴弾によって集団の勢いは少しだけ削がれた。何個かは道路沿いの建造物や街路樹の近くに落ちて要らぬ被害を与えてしまう。
「気にしなくていい! 射撃しつつ後退!」
「3班と4班は同一地点を固守! 警察の離脱まで生物を通らせるな!」
陸自による攻撃の手が激しくなる。3班と4班も手榴弾を使用して南から接近する集団を叩いた。後方を搬送車両と同様に銃対及び小型警備車、機捜が先行。前方の安全を確保してくれるらしい。
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