第5話「廃墟探索に必要なモノ」


「というワケで! やって来ました、廃墟ーっ!」

「なんだよこのノリは……」

「気分はdotuberドゥチューバーってところやね!」


 これでもかってほどの笑顔で、立夏りっかは叫んでいた。真夏の深夜零時、場所はよくわからない山の中に佇む廃墟の前である。もしこれが動画サイトにアップされるとしたら、テロップには『ドキドキ☆真夏の廃墟ツアー!』とかタイトルがついていそうな感じ。

 ちなみにここまではクルマを使って来た。どう考えても徒歩では登ってこられないような辺鄙な場所だったからだ。


「で、どこだよここ? すげぇ山道、クルマで走らされたけど」

「ここはなぁ、関西でも屈指の心霊スポットなんやで。六甲山の中腹にある知る人ぞ知るガチの廃墟でな、クルマやないと来られへんとこやねん。あ、六甲山の某ホテルの廃墟とはちゃうからそこんとこヨロシクやで?」

「いや知らねーよ。ていうかそのためにレンタカー借りたのか? 足つくんじゃなかったのかよ」

「現金で借りたら意外とわからんもんやで、身分を偽装せんくても。足がつくんはカード決済や。交通系ICカードも足つきやすいから注意するんやで?」

「いやそう言われても注意するシチュエーションがないっての。ていうか、やたら詳しいじゃないか。今までにもなんかヤバいこと、たくさんして来たんじゃないだろうな?」

「し、してへんよ! 失礼なヤツやなぁ!」


 ……めちゃくちゃ怪しいけどまぁ、不思議ではない。立夏は少なくともガチの強盗犯なのだ。その犯人と一緒に僕も行動しているワケだから、共犯だと疑われても仕方ない。それにここまでくれば一蓮托生である。立夏が極悪人だったとしても、まさに今更の話だった。


「そういや立夏、地元は関西こっちなんだよな? 言葉も関西弁だし」

「せやで。ウチは関西生まれ関西育ち、『やで』使うヤツは大体ややこい、ってヤツやで?」

「いや知らないけど、こっちが地元の立夏が、なんであの町にいたんだ? 僕が住んでたあんな小さい町に」

「まぁいろいろあったんよ。また今度、気ィ向いたら話したるわ。そんなことより今はこの廃墟や! もう入る前から既に、おどろおどろしい雰囲気がダダ漏れって感じやろ? こういうのを待っとってん、ウチは!」


 立夏を見ると、その目は頭上に輝く満天の星々よりも輝いていた。はっきり言って完全に危ないヤツである。


「今回の廃墟ツアーはウチの『したいこと』にバッチリ入っとうからな。さ、気合い入れていこか!」

「あのさ、これ何個目なんだ? 立夏の『したいこと』って、あと何個あるんだ? 僕は、あと何回立夏に付き合えばあのマンガを返してもらえるんだよ」

「あーもー、そういうのは後でええやんか。まとめて言うから今は黙っときぃ。今回の目的は廃墟ツアーそのものやない。ここに住まう幽霊との生死を賭けたバトルがメインイベントやねんで。あ、今思ったんやけど生死を賭けるって……」

「いやもうそのくだりはいいから!」


 立夏は音が出そうなくらいにしゅんとしていた。いやいや、なんでそんな残念そうなの? 第二回エロ響く言葉選手権は何としても回避したい。あれは自分でも正直やりすぎたと思うから。


「まぁとにかく。幽霊が出るかどうかは別として、ここで肝試ししたいってことだろ? 僕も今思ったんだけど、強盗後に平然としてるヤツの肝なんてわざわざ試すまでもないと思うけどな。立夏は強いよ。幽霊よりも確実にな」

「わかってへんなぁ。そやからポチとかペスとか言われんねんで。ええ加減、自覚しぃ」


 まさかの回答である。一応、立夏を褒めたつもりなんだけど。それに僕をポチとかペスとか呼ぶのは目の前の立夏だけなのだが。

 釈然としないが、いちいちツッコんでいては夜が明けそうだ。夏の夜は短いのだ。


「ここはガチで出るねん。出るかもしれん、みたいな眉唾レベルのハナシやない。出るねん、確実にな。コーラを飲んだらゲップが出るってくらいに確実や!」

「いやまぁそれを信じるとして、その幽霊に会いたいってことか? 会って何すんだよ、ご機嫌でも伺うのかよ」

「言うたやん、生死を賭けたバトルやって。戦って幽霊をボッコボコにするねん。生きてる人間の方が強くて価値あるって、幽霊たちにわからせたるねん」

「戦うってマジなの? ここの幽霊に恨みでもあんの?」

「ここの幽霊に限ったハナシやないで。ウチは幽霊全般がキライやねん。大体やで、なんで死んだ人間なんかにウチらがビビらなあかんの? おかしない? ほんでアイツら、ほとんどが自殺したヤツらやって言うやんか。おかしいやろそんなん。自分勝手に命終わらせたヤツらに、ウチらがビビらされる理由なんかないと思わん?」

「えーっと……、平たく言うと幽霊にむかついてるって話?」

「そや、その通りや。正確に言うと幽霊やなくて、頑張って生きようとせぇへんかったヤツらにムカついてんねん。生きたかったのに死んでしもた人らをバカにしとうやろ? そやから潰す。それが今回の目的や!」


 立夏はそう高らかに宣言した。いやもうどこからツッコんだらいいのかわからない。でも目を見るとわかる。立夏は間違いなく本気だ。まさに狂信者のそれ。


「あのさ立夏。この廃墟の幽霊は自殺したヤツなのか? もし事故とか事件とかで命を失った幽霊だったらどうすんだよ? 人違い……いや幽霊違いもいいとこだぞ」

「いや知らんけど、もしここの幽霊が自殺した幽霊とちゃうかったら、そん時は幽霊が言うてくるやろ。『ウチはちゃいます! ウチは被害者の方です! そやから殴るんはやめて下さいお願いします!』ってな」


 いやそんなワケがない。そんな幽霊、いてほしくない。僕の思いを余所に、立夏は続ける。


「自殺者の幽霊とちゃうかっても、ウチらに襲い掛かってくるかもしれん。まぁそん時はそん時や、ウチらに攻撃したことを死ぬほど後悔してもらおか。もう死んでるけどな!」

「いや笑えねーよ! それにもし仮に自殺者の幽霊だったとしてだぞ、コイツらこんな人里離れた廃墟でひっそり暮らしてるじゃねーか。生きてる人間に、積極的な迷惑をかけてない。僕らみたいに遊びで肝試ししにきた、幽霊から見たら敵の人間だけをビビらせて撃退しようとしてるってのは理解できるだろ?」

「できへんな。幽霊が人間をビビらせようとしてくる時点で敵やん。大敵やん。大体な、幽霊って存在がおかしいねん。なんでデカいツラして人間をビビらせてくるん? 普通な、幽霊になったら生前お世話になった人に感謝の気持ちを伝えに来るハズやねん。やのに幽霊は基本的に人間に害をなすやろ。そのへんが許されへんワケよウチは。なんで善意より悪意の方が強いねん! ってな」


 立夏は腕を組んで首を横に振った。僕はうっかりそれに納得しそうになる。確かにそうだ。なぜ幽霊の伝承は人間に害をなすパターンが多いのか。根っからの性善説を唱えるワケじゃあないが、それでも僕は、人の善意を信じたい。ならきっと怖い話よりも良い話の方が多くていいハズだ、と思ってしまう。


「さっきも言うたけど、ウチが特にキライなんは自殺した幽霊やねん。なんで生前、頑張って生きようとせんかったん? なんで努力できひんかったん? そら色々ワケはあったんやろな、そこは理解できんでもない。でもウチは今『本当に死ぬ気になれば何でもできる』いうんを試してる最中や。そやからウチがそんなヤツらに負けるワケには行かへんねん」

「何でそこまでするんだよ?」

「決まってるやん。ウチの『死ぬ気の本気』が、たかが幽霊に負けてええワケないからやん。そやからぶっ潰す。負けるワケにはいかへん。そこでこの秘策の出番や……!」


 ニチャアと唇を歪ませる立夏。そしておもむろな手つきで、懐からスマホを取り出した。いやいや何する気?


「ほないこか。情報によるとこの廃墟の奥にソイツがおるらしいわ。通称、長い髪の女がな。そういや幽霊ってなんで髪長いんやろな? 髪切れよ、夏やねんから」

「いやいやソイツに何する気だよ? ほんとに居たら、スマホでどうこう出来る相手じゃないだろ?」


 ちっちっち。立夏は芝居がかった仕草で指を左右に振ると、僕にスマホの画面を掲げてみせた。真っ暗な画面の中央に「▶︎」の印が浮かんでいる。動画か、これ?

 こくこくと頷く立夏に促され、僕はその「▶︎」をタップした。


 ──ゆっくりと画面が明るくなり、制作会社のオープニングロゴ映像が流れてくる。なんだこれ。僕はわりと映画好きでよく見るのだが、こんなオープニングロゴは見たことがない。マイナー制作会社なのだろうか?

 ロゴには「mod factories」と書かれているが知らない会社だ。それがフェードアウトして、いよいよ映像が浮かび上がってきた。


 それは可愛い女の子のソロショットだった。笑顔が特徴的で、小麦色の肌によく似合う真っ白なワンピースを着ている。その女の子のセリフが、テロップとなって表示された。


『──この夏を良い思い出にしたいんです』

『──緊張はしてます。だって、どんなことが起こるのか想像もできないから』

『──どんなことがあっても、私は……、このはじめての夏を、心から楽しみたいんです』


 なんだこれ? 映画ではないのか?

 そこで映像が真っ白にフェードアウトした。

 そして浮かび上がった、その動画のタイトルを見て僕は驚愕した。きっと、幽霊を見た時よりも酷い顔で。




【はじめてのおつぱい 〜十年に一人の美少女「地知賀ちちがゆれる」真夏の巨乳の大冒険〜】




「──これAVじゃねーか!!」

「せやで? 対幽霊戦のめっちゃええ武器と思わん?」

「思わねーよ何が武器だよ! こんな心霊スポットでAVなんか不敬にも程がある!」

「アホやなあんた、戦いやで? 手段なんか選んどう場合とちゃうやろ。そやからこの武器を選んでん。大丈夫、山ん中の通信圏外も考慮して、スマホ内にDLダウンロードしてあるで?」

「そこ心配してねーよ! なんでAVなんだよ、おかしいだろ?」

「なんもおかしないわ。それにコレは考えに考え抜いた結果やで。きっと幽霊にめちゃくちゃ効くハズや。考えてもみぃや、幽霊って死んでる存在やろ? その対極にあるのはせいや! ほんで究極の生とは次の命を生む生殖行為! AVがまさにそれや!」


 立夏のスマホに、地知賀ゆれるちゃんのオープニングインタビューが流れ続ける中、立夏は鼻息荒くして説明を続けてくれる。いやマジで頼んでない。


「幽霊なんか所詮、じめっとした暗ーいとこで、ナメクジみたいにおるだけの存在やん? そんなアイツらを倒そう思たらこれしかない。究極の生と愛、それを模したAVを見せつけるねん。それも大音量で。フッフフフ、幽霊どもが裸足で逃げ出す姿が目に浮かぶなぁ?」

「……マジで言ってんの?」

「当たり前やん! 何回も言うけどな、自分勝手に命終わらせたヤツに負けるワケにはいかへんねん。生きてる人間の方が尊くて強い! それを知らしめるねん!」


 ふんふん鼻息を立てながら、立夏は廃墟にエントリーする。本来、風の音と虫の鳴き声しかしないハズの廃墟に、AVの卑猥な音声がこだまする。

 シュールだ。シュールだとしか説明しようのない光景。目を疑うとはまさにこのことだろう。

 この廃墟に対する恐怖心など、とうに掻き消えてしまった。確かに強力すぎる武器だ。肝試しにAV持参はチートがすぎる。


「……なぁ立夏。ちなみになんでそのAVなの?」

「むちむちでロリ顔で巨乳。そんな幽霊おらんやろ? 幽霊は貧乳って相場が決まってんねん。なら巨乳は一番の天敵やん?」

「確かに巨乳の幽霊なんて聞いたことないけど……」

「それにまぁ、地知賀ゆれるはウチの趣味でもあるし。巨乳、やっぱ憧れるし」

「まぁ立夏もぺったぺただもんな」

「蔑むなや! 貧乳を好きや言う男もおるねんで!」


 AVの光が廃墟を照らし、僕たちは奥へと向けて進んでいく。もうわかると思うけど、その日、幽霊なんて指先ほども現れなかった。

 当たり前である。幽霊なんかより、AV片手に廃墟探索をしている立夏の方が絶対にヤバい。僕が幽霊だったら、姿なんて絶対見せないに決まってる。


「おらぁヘタレの幽霊ども! 出てこいや! このウチが一発で成仏させたるからなぁ!」


 嬉々とした表情の立夏を見て、改めて僕は思う。

 生きてる人間の方が恐ろしい。そして間違いなく、立夏は敵に回してはならないと。




【続】







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