第3話「エロ響く言葉選手権」


「強盗を成功させる、が終わったからー、次はアレやな。ふふふ。いよいよ本気でレベルたかなってくるなぁ!」


 列車の車窓に流れる夜景を眺めて、立夏りっかは小躍りでもしそうな声色で笑った。

 僕と立夏はあの町を辛くも脱出し、西へ向かって私鉄の特急列車に乗っている。陽も落ちて、夜の特急列車には不思議なおもむきがある。

 ペーパー免許を持っている僕だけど、立夏いわくレンタカーは足がつきやすいとのこと。同じ理由で、立夏のヘルメットとロングコートも処分した。僕たち(というか主犯は立夏だが)は一応、逃亡者だ。ここは立夏に従っておくべきだろう。

 

 さっきのセリフは僕に言っていないのだろうけど、心の中でツッコまざるを得ない案件だ。強盗は、かなり高レベルの「したいこと」だ。実際するヤツは狂人に他ならない。

 しかしこれより次のレベルが高いってどういうこと? 強盗って、犯罪の中でも強すぎるカードだぜ? ヤバくね?



「やっぱり夜になっても暑いなぁ。異常気象やん、異常気象。なぁあんた、うちわでウチをあおいでや」

「あのな、列車の窓が開いてんだろ? 強い風が吹いてるじゃないか。うちわ程度の風なら相殺されて意味なくなるって」

「ちゃうねんちゃうねん、うちわ扇ぐとあんたがしんどなるやろ? それを見て精神的に涼みたいねん」

「無茶苦茶だな! ドSじゃねーか!」

「あれ言わんかったっけ? ウチはドSやで、ドS。あんた見た感じドMやし、ちょうどええやんか。磁石の極Sごくエス極Mごくエムみたいで、相性ぴったしやな?」

「磁石はS極エスきょくN極エヌきょくだよ!」


 立夏は何が面白いのかケラケラと笑っている。こいつ本当に何者なんだ。あんな事件の後なのに平然としていて、肝が据わりすぎている。

 あの強盗事件が、警察の耳に入ってないことはないだろう。ことなかれ主義の店主だって、さすがに通報くらいはしてるハズだ。それにあの女子高生。思い出しただけでムラム……いや違うイライラする。あの子が警察に通報しているのは必至だ。それも結構エグめに盛ってる可能性さえある。主犯が僕とかな。


 しかしだ。厳密に言えばあれは強盗ではないのではなかろうか。あのマンガは僕が注文したものだし、お金だって注文時に支払い済みだ。立夏と僕がこうして仲間みたいになっているのだから、僕の代わりに立夏が注文の品を持って行った、ってことにできないワケじゃなさそうだ。

 いや、でも立夏は店主にナイフを突きつけていた。やっぱり犯罪だな、間違いなく。僕らは警察に追われてると思っていた方がよさそうだ。


「なぁ、あんたさっきから難しい顔してなに考えてんの? ただでさえ見てくれ悪いのに、モザイク掛けなあかんレベルになってるやん。これからモザナシって呼んだろか? ほらアレよアレ、『MENと血色ちいろのチン隠し』みたいな映画に出てくるやん。あッあッ、とか言う完全にイッてもうてるヤツ」

「カオナシだろ! 全然上手くねぇよ!」

「……ウチとしたことが。サオナシのが上手かったな?」

「その発言はマジヤバいって! あのスタジオに怒られるぞ!」

「スタジオズブリ?」


 立夏はいつの間にか小振りのナイフを掲げていた。強盗に使ってたヤツだ。冷たく光るそれをゆっくりと、おもむろな動作で「ズブリ」とか言いつつ僕の胸に突き立ててくる!


「う、うおぃえっ!」

「Oh, yeah? いや刺されて喜びすぎやろ。あ、悦ぶの間違いやった?」

エツのほうじゃねーよ! 変態だけどそのジャンルの変態じゃねぇんだよ! ってあれ痛くない……?」

「へへー、驚いたやろ? これマジックナイフやねん。しゅこんしゅこん、って刃ァ引っ込むヤツ。よう出来てるやろ? 見た目だけはめっちゃリアルなん選んでん。ま、現実にはリンゴひとつ切られへんのやけどね」


 しゅこんしゅこん。立夏は笑いながらそのナイフをもてあそんでいる。へぇー、あれ本物じゃなかったんだ。てことはやっぱ強盗にはならない? いやなるわ。僕はかぶりを振って冷静になる。


「……それで立夏、そろそろ説明してくれ。もう充分に落ち着いただろ。あの町を脱して、僕らは特急列車で西に向かってる。どこに向かってんだ? 次の『したいこと』って何だよ?」

「そやな、そろそろ説明しよか。あんた結局ふたつ返事で付いてきてくれてるもんな。今更やけど、あの町出てよかったん? 仕事とかあったんちゃうん?」

「別にいいさ、どうせバイトだし、クビ寸前だったしな。僕の代わりはいくらだっているよ。それよりよく金持ってたな。僕の列車代も出してくれて、そこは感謝してるけど」

「ウチな、お金だけはわりと持ってんねん。そこは心配せんでええよ。あ、これは強盗で得たお金ちゃうで?」


 クスクスと笑う立夏。まぁ、それは本当なのだろう。金に困ってるなら、あの本屋で「僕のマンガを奪う」なんてフザけた選択はしなかったハズだ。


「……いや、そんなん言いたいんとちゃうわ。その前にあんたにお礼、言わなあかんよな。それは人として当たり前のことやと、そう思うから」


 クスリとまた笑った立夏。でも何となく気恥ずかしそうにも見えるその態度に、僕は素直に驚いた。傍若無人で、人のことを全く考えないヤバめの女の子。僕は立夏をそう認識していたけれど、それを改める必要がありそうだ。


「ありがとう、ほんまに。ウチのこと手伝うって決心してくれて、何も聞かず一緒に列車乗ってくれて。ほんまに感謝してるで……ポチ」

「ポチ!?」

「そういやあんたの名前聞いてなかったし、たぶんポチかなーっておもて」

「確かに言ってなかったけどポチはないだろ! 僕人間だよ? ちゃんと言葉喋ってるだろ?」

「でもあんたウチの下僕やん? 下僕言うたら犬やん? ほんで犬言うたらポチやん? それにポチってほら、なんか響きがエロない? ぴったりやん、あんたに」

「ポチとエロがどう結びつくんだよ、おかしいだろ!」


 フッフフフ。わかってないなぁ、とでも言いたげなドヤ笑いをする立夏。こいつ、エロに関しては謎の自信を出してくる。何故だ?


「夏のTシャツの胸に浮くポッチもエロいし、ポチに『ン』混ぜたらもっとヤバいやん。ポ、チ、ン。アナグラムしたらアウトやん! ていうか『アナグラム』って響きがもうエロいわ!」

「ポチはエロくねーしヤバいのはお前の頭ん中だよ! 全国のポチと犬好きの人に真剣に謝れ! 犬は下僕じゃねーよ!」

「そやけどアナグラムは間違いなくエロい響きやろ? あんたもやったハズやで、エロくないのにエロ響く言葉収集を! ってワケで勝負や!」

「いや何の勝負だよ!? それに『エロ響く』って何だよそれ!?」


 特急列車に揺られる中で、謎の戦いが始まった。レギュレーションは「エロくないのにエロ響く言葉」を挙げていくと言うことだろう。

 謎だ。そしてこの戦いに意味があるとは到底思えない。思えない……が、しかし! 挑まれたら逃げるワケには行かない。それがオトコというものだ!


「やられた、とおもたら負けな? 勝った方にはご褒美の進呈や!」

「望むところだぜ。中学生の頃、辞書でそういう単語にピンクのマーカー入れまくった僕の実力、見せてやるよ」

「はっ、おもろそうやん? 相手に不足なしやな、ほなウチから行くで! クイニーアマン!」


 ほぅ、なるほど。なかなか鋭い強ジャブじゃあないか。だが所詮は菓子。そんな脆い刃で僕を貫けるとでも? 笑止千万だぜ立夏! 僕のターン!


「はめ殺し」

「パイオニア」

「手抜き作業」

「チンアナゴ」

「写生大会」

「エッチング」

「陳謝」

「マンチカン」

「チンチン電車」

「リップサービス」

「万歩計」

πr2パイアール二乗

「ちんすこう」

「ビーチクイーン!」


 ぐっ……、今のは効いた! ビーチクイーン! ぎなた読みだ! ビーチクイーンの「イーン!」が特にヤバい! 勢いだけの攻撃だが押されるッ! シンプルなヤツほど強い! くそっ、すぐにリターンしなければ! 立夏にダメージを悟られてはならないッ!


「水上置換!」

「チンチラ!」

「千歯扱き!」

「ハイエロファント!」

「万華鏡!」

「マンゴスチン!」

「ぐっ……闖入者!」

「フエラムネ!」

「うぐっ……にゅ、乳液!」

「ドビュッシー!」


 クロード・ドビュッシー! 歴史上の天才作曲家! しかも音関連だけに響きに上品さと奥深さがあるッ! 

 エロい訳がない! エロい訳がないんだドビュッシーは! 美しい音を生み出した偉人なのに、それをエロく感じてしまうのは僕の心が暗いからだ。闇を背負っているからだ。つまり僕はどうしようもなくゲスだということだ!


 しかも僕の渾身の「乳液」からのカウンター・ドビュッシー。勢いを倍加されて顎を打ち抜かれた。脳が揺れる、腰が砕ける、そして身体が沈降する。最早ここまで、か……。

 ぐらりと座席から崩れ落ちそうになった瞬間、立夏の勝ち誇ったような顔が見えた。

 ──クソが! あの余裕ヅラに一矢報いたい!


 僕は倒れながらにを解き放った。ダウンよりも早ければそれは有効打。相打ち狙いのジョルトブロウを喰らえ!


「……たずねる」

「はぁ? なんやそれ? 全然エロないやんか! ほんでダウンやな、ウチの勝ちや! これからあんたのことはポチって、」

「ククク、甘いぜ立夏ァ。僕の攻撃は有効打だ。気付いてないのか? 君ともあろう者が。『たずねる』を漢字で書いてみるといい」

「はぁ? 言偏ごんべんに方角のホウやろ? それでたずねる、や。それのどこがエロいねん」

「そっちじゃあねぇよ、フハハ……!」

「尋ねる? いやこれも別にエロないやろ。上にカタカタの『ヨ』みたいなん書いて……ハッ! ま、まさか!」

「ようやく気付いたか? そうだよ、尋ねるには『エロ』が隠されてんだよ! 拡大して見てみろ、真ん中部分を! エロって小さく書いてあるだろう?」

「ぐっ……、盲点や、盲点やったわそれは……!」

「立夏、これからお前は街で『尋』を見るたび脳内に『エロ』がチラつく! 他の言葉はな、みんな言うたびにそういう雰囲気を密かに感じてるからまぁいいんだ。マンホールとか代表例だよな。だがしかし! 『尋』はあまりにも普通ッ! それを見てエロい気持ちになるのはこれを知ってるヤバいヤツだけなんだよ!」

「うぐ……!」

「間違って『えろねる』なんて読むんじゃあないぜ? フゥーハハハ!」

「ま、負けや。ウチの負けや……くそぉ!」


 立夏の叫びをもって、勝敗は決した。勝ちは勝ちだが、熱が冷めて冷静になってみると何か大切なモノを失った気がする。ちょっと熱くなりすぎたぜ……。


「はぁー、負けた負けた。でもま、不思議と気分悪ないわ。全力出せる勝負ってのは、勝っても負けても気持ちええもんやなぁ」

「そんな高尚なもんじゃないけどな……」

「勝負に貴賎なしやで。しゃーない、負けは負けや。第一回エロ響く言葉選手権はあんたの勝利で幕やな!」

「いやキレイに締めようとしてるけど、きったねぇ戦いだからねコレ」

「ようし、約束のご褒美や! これからあんたをこう呼んだるわ……ペス!」

「ペス!?」

「ポチは嫌なんやろ? ほな次の候補はペスやん。それに今気づいたんやけどな、ペスも一文字加えるだけで、かなりヤバくなる名前やなぁ? やっぱあんたにピッタリやん!」

「いやマジでペスもやめて!」

「ほなペス、キリがええからウチの次のしたいこと発表するわ。次はなぁ、コレや!」

「無視かよ! 聞けよ僕の話!」


 僕の叫びを無視して、立夏は「でけでけでけ……」と口でドラムロールを奏で始める。


「ででん! ウチの地元、関西が誇る最恐心霊スポットでガチ肝試しや!」


 ……絶対その場のノリで決めてるよな、コイツ。僕はとにかくペス呼ばわりだけは何としても避けようと、固く心に決めていた。



【続】





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