第8話

家に帰り透に電話をしようと思ったが、今までの事を話したらどんなふうに受け取るのだろうと考えると手が止まった。


疑った事もない自分の生い立ち。

思えば優しい家族に、金銭的にも裕福な家系。

恵まれた環境の中にいた。

でもそれは当たり前の事ではないのだ。

そんな事が今さらに判った。


同じ父親の子どもなのに。

桜と私は違う場所からスタートを切った

どっちが幸せであったかは計りようがないが。


私はこれからどうすればよいのだろう?

母のところにも、あの人のところにも拠りどころがない。


窓から外を眺めると、電光掲示板にフランスの エッフェル塔が 写し出されていた。

ふと大学時代に旅行した時の事を思い出した。


男女5人で出かけたが、その中に透もいた。

私が絵画に興味があった為、エッフェル塔やベルサイユ宮殿を眺めてからは、皆がルーブルやオルセー美術館に行こうと言ってくれた。


誰かが

[春山はやっぱりこういうところが似合うね]

と言った。

[エー、全然だよー]

そんなふうに返したが、本当にそんなふうに見えていればちょっと嬉しいと思った。

これでも画家志望であったのだ。


だけど私はアンテナが低い。

この頃思う事がある。

良くアーティストの人がひらめきを上から降りてきたと表現する事が有るけれど、それを手に出来るのはアンテナが高いからだと。


凡人の私はいつになれば手に出来るのだろうか?苦労したらチャンスがあるのだろうか

その時の私はまだ若干の希望は持っていたけれど、、、


天からの空間は、おそらくそうゆうものだけではなく、目には見えないいろんなものが渦巻いているのではないかとも思う。


人を幸せにするものもあれば不幸にするもの

も。

人を憎んだりする感情が芽生えれば、もしかしたらそのアンテナが高くなり

それを増幅する強いなにかをつかんでしまうかも知れないとも思ったりした。




ルルルー。ルルルーと音がなった

[もし 、透だけど、お静、あれから大丈夫だった?

あっ、ごめん、今電話、大丈夫]

[うん]

[なんか元気がないな、、、当たり前か。

明日仕事帰りに寄ってもいい]


正直今は透を避けたい気持ちがあったが、いずれは全て分かる事だから、、、

私はグッと目を閉じた。


[判った、私も会いたいの。話しも有るし]

[じゃ7時頃。なんか買ってくから何もしなくていいよ]

[ありがとう]


翌日透はきっちり7時に訪れた。

[元気出ない時には美味い物を食べるにかぎるんだよ、確か鉄板あったよな]


透はあっという間に夕食の支度をしてくれた。

牛肉と野菜なんかがホットプレートの上に並んだ。

私はビールを透が持つグラスに注ぎながら言った。

[あなた、私になにがあったか聞かないのね、、、]

[うーん、もちろん凄く心配もしているし、、手助けをする積もりでもいる。

でもお静って人から聞かれるのはあまり好きではないだろ]

[、、、そう、だね、ごめん]


そうであった。私はいつでもこの人に甘えていた。

与えて貰う事ばかりで、、、いつしか私は嫌な人間になっていたのではないだろうか。


プレートからもぁもぁと上がる煙で目が霞んだ。


[聞いてくれる]

私はあの人と話した事柄、母から聞いた真実のすべてを告げた。

そして

[私の今までの生活はジオラマだったの、、、でもそれは仕方ない事と受け入れられたの、だけど一番嫌な事は母に拒絶されたような気がして、、、母が一番辛い事が解っていながら自分の感情を優先してしまった。

嫌な人間だわ、自分が本当に嫌いになった]

頭を両手で抱えながらはくように言った。

[そんな事はないよ 誰でもいっぱい いっぱいになるさ]


[ありがとう。

私ね、もう実家には帰らない、、、ううん帰れない。

もちろん中田のところにも]


[うん、、、いいんじゃない、、、]

透はまるで全てを以前から知っていたかのように、動じる様子はなく優しくほはえんだ。


私はすがりつきたかった、、、ちんぷなプライドなんか全て捨てて

[私と、、、まだ付き合って

もらえそう、、、

ううん、いいの

、、、今答えてくれなくても]


私は馬鹿だ、こんな時にNOなんて誰も言わない。時が答えを出すものなんだから。

出した言葉を無いものにしたかった。


透は腕を組んで暫く考えていた。


私は目を閉じていた。

そして手が心の代わりに怯えているのを感じていた。

怖かった。

こんなに怖い事ははじめてであった。

多分4、5分の沈黙であったと思うが、血の気が引くとはこうゆう事なのだと解った


その暗黙を破り透が言った


[お静さえよければ、、、僕達結婚しないか]


いがいな


以外な申し出であった。


暖かなものが沸き上がるのを感じていた。一瞬に血が巡り火照っていた。

目の端さえも。


[透]

そう呼んでから。

続けて言った。

[あなたを愛している、本当はずっとずっと前から]

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