第6話

ビル街を抜けて旧家造りの商店街を歩いた。

その風情がそろそろ終わるところにコンビニが見えた。

[あの横を曲がったところ]

透が顎を少し前に突き出して言った。


(うん、なんとなく覚えている、白いマンション。

あの人達ずっといたんだ、、、パパはもういないのに。

生活費はどうしているのであろうか。

安くてもマンションだし。)

いらぬ心配をしている自分がおかしかった。


3階に着くと透は310号室のインターホンを押した。


[はぁーい。]


トーンが高く甘い声の持ち主がドアを開いた。

桜だろう。

黒いストレートの髪を束ね髪にしていた。

色白でクリクリした目があの時と同じであった。


[こんにちは、どうぞ どうぞ上がって下さい]


私達は失礼しますと一礼してから、入り口から進んでいった。

頭が心臓と化したようにずきずきと痛んだ。


[いらっしゃい。先日は娘がお世話になりましてありがとうございます。

桜の母です。

中田 ももよといいます]


エプロン姿の人が、キッチンからこちらを向いて挨拶をした。


あの頃感じた印象とは随分と違っていた。

ふっくらとしたせいかやんわりした印象であった。


透が名前を告げて、私を彼女です。

と紹介した。

[座って下さいな。もうすぐお寿司が来ますし、私の手料理で申し訳ないですが、召し上がって下さい]

私達がテーブルに席を取ると

あの人はビールと麦茶を持って来た。


[お二人ともビールが飲める年でしょう]

ビールの栓を抜きながら透に話し掛けた。


[いや 、そんなにお気使いしていただけたら恐縮です。僕は当たり前の事をしただけですから]

[いいえ 本当に助かりました]

次に私にコップが差し出された


[すみません、私まで図々しく]

[いいえ、来て下さって嬉しいですよ。桜は1人っ子ですから、あなたが来てくれて嬉しいと思いますよ]


私は緊張を解したくて、注がれたものを遠慮なく口にした。

[あら、たくましいわね。今のひとはこうでなくてはね。私も若い頃は強かったんですよ]


あの女はニコニコして手料理を運んで来た。

[どんどん召し上がってね。]

と言って。


透は本題に入る?

という目をして私を見た。

私はうん。という返事を目配せに変えて送った。


[すみませんおばさん、この人春山 静香といいます]


[えっ、、、春山、、、静香、、さん]

私は

[はい。

[お久しぶりです、、、]

あの女は

ビール瓶を持つ手を止めて私をまじまじと眺めて

[立派な女性になったのね。、、あの時はたしか

11歳とうかがっていたわ、、、]

[はい。11でした。奇遇ですね。こんな形で再会するなんて。でも、私はお会いしたかったので良かったです。]

[本当にびっくりしました、、、]

あの人の手は感情を乗せて震えていた。


[すみません、こんな日に着いてきてしまって]

[いいのよ、、、お二人は交際されているのね。

良い人とご縁があって、、、良かったですね]


あの人は本当に良かったと思っているようであった。

[はい、いろいろと助けてもらっています]

[とにかく今日は楽しんで行って下さい、桜も楽しみにしてましたから]

すみませんと頭を下げて、話しは後にしようと思った。

今日は透とこの人達の日なのだ。


私とあの女の会話を横で聞いていた桜は、一度きりの記憶をたぐりよせているのか、私の顔をじっと見ていた。

しかしその事には触れず、ビール瓶を手に取ると

[母の料理以外にいけますよ、食べましょうよ]

と言った。


2時間位はあっという間に過ぎて行った。


[あの、、、お母様と2人でお話したいのですが、、、]

私は桜を見て切り出した。すると透が言った

[桜ちゃん、確か1階にフロアがあったよね、

あそこのソファーで話そうか]


2人が部屋を出た時、あの人は言った。


[修三さん、亡くなったんですね。]

[はい、、、父の事、お世話様でした。]

[、、、いつかはこんな日がくると思っていました]

[すみません、急にこんな形で来てしまって。、、、唐突ですが伺いたい事があるのです?]

私は酔いも手伝ってか、率直に話していた。


[ええ、、、あの人、もういないのですから、なんでも聞いて下さい、、、ただ、桜はまだ高校生なので、分かって貰えますよね]

[もちろんです]


私はパパとどんなふうに知り合いになったのかを聞いた、どう見ても母がこの人より劣っているようには思えなかったから。


あの人はゆっくりと、そしてたまに眉を寄せて話出した。

私は更に増した頭痛を意識で抑え込み、聞きもらさないように耳をそばだてた。


集約すると、こう言う内容であった。

あの人とパパが知りあったのは、19歳の時、ババが31の頃。働いていたバーに初めて来店した。

店に来た時はかなり酔っていたらしい。

行きすがりの客に過ぎなかったが、意気投合して店が終わってからも付き合う事になった。

足元もおよばない父を自宅に連れ帰った。

その日に交わりを持ったが、それからは1度も来店する事がなく、10ヶ月後位してから再会をして、1ヶ月に1度ほど会うようになった。

そこまで話してから


[お母さんは元気なの]

と聞いた。

[だと思います。私は今実家を出てしまいましたから、この頃会えていませんけど]

そう言うとあの人の目が急に厳しくなった。


[え、あなた追い出されたの、修三さんが亡くなったとたんに、ひどい人ね、、、そんな人なの]


あの人は今までとは別人のように声を荒立てていた。そして首を左右に動かした。

私は少しの恐怖を感じた。


[ち、違います。私も23です。

いつまでも実家暮らしでもありませんから]


[あなたが良ければ、家に来ていいのよ。

桜とは姉妹なのだから、きっと上手くやれるわ]


(姉妹、、え、どういう事。)


[姉妹って、、、、、、どういう事ですか]

そうゆう私にあの女はたたみ込むように

[あなたは私の子よ❗️

もう隠しておけないわ。私が19歳の時に産んだ子供なのよあなたは、、、あの人が連れて行った、、、修三さんが、、、

そりゃ、私だって子供みたいだったから、生まれたあなたの世話も満足に出来なかったけど、 彼が春山の子として大切に育てるって言って。


もちろん、始めは断ったわ。

でも、、、ふと周りを見たのよ。

6畳1間の暗い部屋。

この子の為にはどちらが良いのだろうって、、、


あなたいじめられてた なんてないわよね。

弟がいると聞いたわ]


抑えていたはずの頭痛が頭全体をしめ、耳から目から鼻から花火のように暑いものが 飛び散る気がした。

[何を言っているのおばさん❗️

私は養女なんかではないわ、戸籍を見た事があるわ、春山の次女になっていました、間違えないですから変な事言わないで下さい!]


[どんなふうにしたのかは知らないけれど、あなたを身ごもって、私は病院にもいけないような状態だったし、探していた修三さんと会えたのはあなたを出産する3日前だった。

母子手帳も貰わないままあなたが生まれて、、でも、私は嬉しかったのよ。]



私は椅子を蹴るように立って、玄関のドアを開いた。

無我夢中で階段を1階まで掛け降りた。


それを見た透の声が後ろから追って来た。

[お静、どうした!]

入り口を勢い良く出た私の体は、彼に強く抱きしめられた。

力が体から抜け出て、ほとんど体重は透の物になっていた。

子どものように泣いた。ワー、ワーと

そうだ私は11歳のあの時もきっと泣きたかったのだ。


マンションに帰り、ベッドに横になる頃やっと我に帰った。


透は何も聞かなかった。

ただ朝までベッドの側にいてくれていた。

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