第5話

慌ただしく葬儀を済ませて1ヶ月が過ぎようとした時であった。


私は母に呼ばれて居間にいた。

[静香さんいろいろとありがとう。あなたには本当に感謝しているわ、あの人もきっと喜こんでくれていると思う。

それから、、、

あのね。

私が今から話す事を、、、]

母はじっと下を見ながら、目をパチパチとさせて、困り顔で続けた。

[静香さんも、もう社会人になったのだから、1人暮らしをしてみない。

費用は出してあげる。マンションでも借りたらいいわ。]


唐突な母の申し出に少し青ざめた。

いくらか収まりかけたとは言え、まだ弔問客も訪れる最中なのに、、、どうして。

父が亡くなってから、母は私に対してよそよそしい。学にだけに話しかけているような気がする

ずっと感じていた事であった。


自分の眉あたりがピクピクとけいれんをしている事に気がつき下を向いた。

そのうえ母の視線が痛い気がして、暫く向き合えなかったのである。

それでも小さな声で呟くように言った。

[ママは、、、私が居なくなっても寂しくないの]

気まずい沈黙に耐えられなくなり母を見ると、綺麗な横顔が苦しみに歪んでみえた。


まだ私にも学にも隠している、何かなのか分からないが、、、母は苦しんでいる。


[分かったわ]

そう答えると、音をたてて階段を登った。


それから2ヶ月がたった頃に引っ越した。

自宅から2駅先で駅近くのマンションであった。

母は引っ越しの1日前にそのマンションに来て、掃除を手伝ってくれた。

そろそろ終わりかけた頃である。

母が雑巾を持つ手を止めて言った。


[静香は私があなたの事を嫌いになったと思っていない、、]

[そんな事ないよ、私の為でしょう。

1人暮しも経験しなくちゃ、一人前な大人には成れないみたいな]


母はふっ と息を漏らし、寂しげに微笑み言った。

[あなたはいい人ね。いい人に育てたわ、、、

なのに、私は、、、自分の事ばかり、、、ごめんね静香]

(自分の事ばかり?、、、いったいどう言う事)


窓を鳴らした梅雨の風が、どんよりとした空気を、体にも、心にも届けた。



その日から3日たった夕刻であった。

仕事は有給休暇が取れていた事もあり、部屋をかたずけた後は生気を亡くしていた。

ただ

5階の窓から見る夕焼け空が綺麗な事に、

時を忘れていられたのは嬉しかった。


こんな空を見て詩人の金子みすずなら何と呟くのであろうか。

そんな事を思わせる夕空であった。


そろそろ空気までが薄闇くなった頃であった。

ドアチャイムが鳴り、インターフオンを覗くと透が右手を上げて写っていた。

すぐさまドアを開けた。

[だいぶ落ち着いた?]

玄関スペースに立ち、透は言った。

[うん、まだ完璧ではないけど、なんとか生活出来そう]

[それは良かった。引っ越しの日から来れてなかったから悪いなって思っていたんだ]

[大丈夫ありがとう。まっ 入って]


透は右手に大きなスーパーの袋を、重そうに持ちながら リビングに続く通路を歩いて来た。

[これ、引っ越し祝いしようと思って。

ここに置いていい]

そう言うと、8畳のリビングにある木肌が目立つテーブルに袋を乗せた。

[わっ嬉しい。 正直めいっていたのよね]

[だろ 、だろ ]

透は嬉しそうであった。

私も嬉しかった。


[まぁ座ってよ]

私は椅子を見た。

[なにか飲む]

[買って来ましたよ、あなたが大好きなワイン。

あなたの誕生の年の奴ね]

[うわっ !さすが透様 素敵❗️]

[おまけにチーズに煮物、お新香 その他もろもろ]

透はテーブルにその物達を並べてから

[ああ それからもっといい土産、いや、土産話も持って来た]

と言った。

私はサイドボートから皿を出しながら聞いた。

[いい話だよね、お土産なんだから]

[うん、多分]

[えっ 聞かせて 、聞きたい]

[分かった 一杯だけ飲まして]

[あ、ごめんごめん]


いったいどんな事であろうか?

はやる思いでワインを開け、2つのワイングラスに注いだ。透が

[まずは、新居に乾杯]

と言いながらグラスを合わせて来た。

[乾杯、ありがとう]

グラスの縁を唇に付けた時、再びチャイムが鳴った。

[誰かしら]

インターフォンの画面を覗くと、学がニコニコして写っていた。

[おねぇ 来てやったぜ]

学は部屋に入り、透を見るなり

[あら、先約ありでしたか。お邪魔しちゃったかな]

と言った。

透は

[そんな事ないよ、引っ越し祝い一緒に飲もうよ]

[悪いっすね、本当いいの]

[当たり前だよ、弟君]


そんな事で私達は3人で盛り上がった。

ビールの空缶が幾つも並び、ワイン瓶がきれいになくなった頃学が小声で透に話かけた。

[ところで透さん、姉さんと結婚した?]

[えっ 結婚? 、、、 あっああ 、それがさぁ弟君、聞いてよ。君ん家のお姫様はお堅くて、僕ら付き合い始めて5年になると云うのにね、これすらないのよ]

透はキッスの真似をして学に見せていた

[えっえ!5年で無し。それって付き合ってますー。俺なら無理 。今時そんなのないから]

[だよなー ほんと付き合ってるのかな僕ら]

[やー透さん、素敵❗️好きな女に手も触れず、今時純愛を貫くなんて、、、、何なら俺と付き合います。]

学ぶが透にすり寄って、うっふんとか言っていた。

私は

[もー2人、飲み過ぎだから]

言いながら、思っていた。

(透が好き❗️)

でも、父への疑惑があったせいか、男の人と交わるのが怖かった。

深く関わるといつか傷つく、、、恐わかった。


ただ学がいうように このままでは透に申し訳ない気持ちもあった。


シンクで茶碗を洗っていると

2人は何時の間にか頭を並べて寝てしまっていた。

タオルケットや毛布を掛けながら、いつまでもこの人達の側にいたいと思った。


明くる朝2人は帰って行った。

私が玄関フロワーに立つと透が言った

[君に良く似た高校生にあったよ。

もし明日の夜会えたらその時話すよ]

[本当に、じゃ、仕事が終わったら家に来て]

[うん、又連絡する]



次の日透から連絡をもらったのはランチタイムであった。

明日からは職場だから、出来たら今日必ず会いたいと告げた。


(私に似ているっていう高校生。

あの子、桜も17歳、、、)



食事の手が止まり、再び11歳のあの日が思い浮かんだ。

(似てない、あの子は私には似ていなかった❗️

あの子が憎い訳ではない。

でも私には似て欲しくない❗️嫌なのだ。)

持っていたスプーンを強くテーブルに置いた。


透は夕刻6時30分頃訪れた。

[実は4日前の事なんだけど、、、]

私が食事の支度がおわり、テーブルの前に座ると

透が話し出した。

内容は以前から同僚に誘われていた

ある高校の管弦楽、卒業コンサートに行った時の話しであった。


席は前列から5列で演奏者の顔がハッキリと見えて1人1人に目をやっていると、バイオリンを弾いている女子に目が止まってしまったのだと言う。

その子が余りに私に似ていたからだそうだ。

透はその子の帰りを着けて、川越の駅まで行ったとの事。

私は否定したかった事が真実かも知れないと思うと、持っていたグラスを落としそうになった。


[大丈夫か?]

[ごめんね。大丈夫続けて]


その子を尚も着け続けると

旧家がある方へと進んで行ったが、商店街に入る前の小道に差し掛かったところで、急にしゃがみ込んだそうだ。

透は思わず駆け寄り

[大丈夫ですか]と声を掛けたが

[大丈夫です]

と答えたのだそうだが、顔面は蒼白であったから、タクシーを拾い家まで送ったとの事であった。

そう話してから透は付け加えた。

[コンビニ裏の白いマンションだった。

楽器が重そうだったから部屋の前まで送ったのだけど、310号室だった]

と。


それを聞いて、運命が何かによって突き動かされている気がしていた。

空気が抜けているような私に

[行って見たい。君が望めばその子に会う事も出来るよ。

是非にと言われて電話番号交換したんだ。]


透は言った。

私は一瞬お腹のへんから熱が上がってくるのを感じていた。

(そこまでしなくても)


あぁ私は嫉妬している。

あの子は17歳。きっと、もう私にはなくなった、はじけるようなパワーを持っているに違いない。


[君の為に交換したんだよ]

透に言われて

赤面した。

(心が読まれた。)

そう思った。

私はそわそわしながらも

[ありがとう。明後日土曜日だしその子のマンションまで行ってみたい]

と懇願した

[分かった。じゃ1時に川越の駅集合でいいか]

といつにもなく真剣な目を向けた。


次の日の夕方透がやって来た。

[明日の約束11時に変更してもいいかな]

[うんいいよ。でもなんで]

[昨夜桜っう子から電話があったんだよ。

母親が先日のお礼とやらで家に招待してくれたんだ。昼めし食べて行って欲しいってさ]

[あらじゃ私、行ったら悪くない]

[彼女とデートの日なので、一緒でもいいですか?って聞いたら、是非いらして下さい。だって❗️]

[本当! 透様ありがとう。流石ですね私の彼は]

[そう、俺はお静の彼氏。なんだよな]


言ってから口を尖らせて、キッスを迫ったからテーブルごしに私も顔を近づけて、軽くキッスした。

[もっとちゃんとしたのがいいな]


熱い体が私をギュット音が鳴るように抱き寄せた。

長い包容と濃厚に唇を合わせた。

頭も体も燃えるように暑かった。

垣間見た彼の汗が輝いて、私の首筋がそれを吸い込んでいくように思えた。


ああ とうとう来た。

いいの 静香、、、いいよね静香。

体の硬直を感じた時。


スッと重みが消えた。

目を開けると透の背が見えた。

少しうわずりながら彼は言った。


[今のお静、悩みの分だけ重そうだからな、ベッドまで運べなさそう。

早く解決しようぜ]


私はそっと彼の腰に手を回した。

その背中の匂いに未来を感じて

うっとりと目を閉じた。


次の日

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る