第3話
それからは手放しで父に甘えた事がなかった。、、、ような気がする。
思いをめぐらせている時、携帯からさだまさしの歌が流れた。
「もしもし 透だけど、今大丈夫?」
大森 透(おおもりとおる)であった。
後に夫になる人である。
私と透は高校時代からの知り合いである。クラスは違うが、透は同級生である。
もとはといえば、親友幸田雪(こうだゆき)の彼であった。
ところが大学に進んだ頃透は振られてしまったのだ。
仲を取り持っていた私だが、大学が同じであった事から透は接近してきた。
自分との交流がある事で、雪と再会が出来るから近寄ってきたのであろうと思っていたが、、、何に付けても協力的な態度に、いつしか心を委ねるようになった。
しかし透の熱い視線から、その時は目を反らしていた。だから恋人には成れていなかったのである。
「うん、大丈夫よ」私は答えた
「お父さん。どう?」
(この人こんな時めっちゃ優しい声をだすのだよね。)
悩みの井戸から這い上がれず、今にでも打ち明けたかったがそこは病院である。
「今日の夜8時位空いてる?聞いて欲しい事があるのだけれど」
「いいけどお父さん大丈夫なの」
「夜7時までは此処にいる積もり、この病院完全看護だからどうせ8時で帰らないといけないし」
「分かった。じゃぁ8時に」
電話を切り病室に戻った時にも父は眠っていた。
点滴の針はまだ取れていなかった。
夕刻主治医が来て話しかけた。
「明日か明後日の午後に来られるご家族は居られますか?院長がお会いしたと申しています」
「はい、私は大丈夫です。弟と母にも聞いてみます。」
父が急変したのかも知れないと思い、病室を出る事をためらったが
「今日はお帰りになれれても大丈夫です。後日、院長から詳しいご説明をします」
主治医がそう言ったので、眠った父に話しかけた。
「パパ今日は帰るね。明日ママと学を連れて来るから頑張ってね」
家に着いたのは7時少し前であった。
着いてすぐに母の実家に電話した。
「もしもし成瀬さんですか?」
「はい。あぁ静ちゃん?」
電話に出たの今年75歳になる祖母、成瀬幸子(なるせさちこ)であった。
祖父はその時5年前に他界していて1人暮しである。
「おばあちゃん今大丈夫」
「大丈夫よ」
「久しぶりだねおばあちゃん。元気にしてた?」
「ありがとう、私は元気にさせてもらってます。けど、、、静代がね、なんか分からんのだけれど、家に来てからふさぎこんでいてほとんど食事も取らないで心配しているんよ。理由も聞いても話してくれないし、このままでは体を壊すのではないかと
心配だしね、困っているんよ、あなた何か聞いていない?」
「そうなんだ。おばあちゃんにも話していないのね、パパが入院してる事も話していない?」
「えっなんとね修三さん入院しているの、まぁ何処が悪いのね」
「直腸がんで入院したのだけれど、どうもそれだけではなさそうで、明日か明後日に院長の面談があるの、どちらかに行かないといけなくてママの都合を聞きたいから電話したの」
「あら大変じゃないの、ちょっと待っててね」
(ママおばあちゃんにも何も話していなのだ。)
不安であった。母は、なにかしら大きな痛手をおっているように思えた。
暫くして再び祖母の声が言った。
「静ちゃん、、、ママは体調が悪いから行かれないそうだ。まったく困ったママだねこんな大事な時に、、、電話位出て自分で話したら良いのにね。
ただ、かばうわけではないのだけれど、今日の朝方に来て、今まで何も口にしようとしないから、、、元気もないと思うの。静ちゃんと学ちゃんで聞いてきてくれないかしら、それでもっておばあちゃんにも教えてちょうだい」
祖母は困惑していた。声がうわずって聞こえた。
あぁ母は電話にも出ないのだ。
すぐにでも母の元に向かいたかったが家を空けるのは心配であった。
私は落胆したが祖母の願いを承諾した。
電話を切ってからすぐに玄関のブザーが鳴り、インターフォンの画面に顔を近づけると、透が切れ長の目をこちらに向けていた。
「いらっしゃい。今開けるね」
ドアを開けると
「お疲れ様。だいぶ疲労がたまっているようだね」
靴を脱ぎながら透は言った。
「仕方ないわ。それよりごめんなさいね、明日仕事だよね」
まぁね。でも有給使ってないから手伝いがあれば休んでもいいよ」
「ありがとう。今のところは大丈夫」
「そう、とにかく話しだけは聞くよ」
2人は居間にあるソファーに並んで腰掛けた。
「なんか飲む」
そう言って立ち上がり、赤いワインとグラス、プロセスチーズをトレーに乗せて持って行った。そしてカチンと小さな音を立ててワイングラスを傾けた。
「乾杯」
赤いワインが、ほのかに引いたルージュの隙間から喉の方に落ちて行った。
パパが好きなワイン、、、
(ゴメンネ、パパが飲めないのに)
サイドボードの上にある父の写真に目を向けた。
「おじさん、凄く悪いの?」
透が心配そうに言った。
「うん、、、肩、かりたいなぁ」
透はコクりと頷いて近づいて来た。
それから私の肩に手を回して、じっと抱きかかえてくれた。
私は照れ隠しに「ゴロにゃんこ、、、」と言ってみた。
「今日はネコね、この前は犬だったよな」
「うん、この中だとなんにでもなれそうだわ」
「虎にはなるなよ」
「今の私なら成るかも」
「荒れてるなー、何でも聞きますご相談受付中」
「ただ?」
「事に寄ると高額請求」
「高額あるある、500円貯金。4,5枚は貯まっているかしら」
「宜しい今日は大サービス話したまえ」
私は父の病状や母の家出
その原因が分からない事などを話した。話しが終わると透が言った。
「そうか、確かにお父さんがこんな深刻な状況下でお母さんの家出はおかしいよな。
お静のお母さんらしくないな、、、でもそのお父さんの親戚という2人の事を今まで、本当に知らなかったのかな」
「分からない。でも父は長年1か月に1回は出張と言って外泊していたからね。ママがその言葉を信じていれば知らなかった事になるのだけれど」
「うーん、僕からみたらおばさん人を疑う事などしないように見えるから、、、
お父さん。病気で気弱になってるだろうしね、内緒事が出来なくなって打ち明けたのかな」
「たぶんそうだと思うけれど、、、」
私は弟学の為にもしっかりしなければと思っていた。だからこそ真実を知らなければいけないのだと。
明日は父に必ず聞こう。それがどんなに辛い事であっても。
このままでは前に進めないのだから。
透の左腕にもぐるように顔を埋めた。
この胸が、今は何よりもいとおしいと無言でつぶやいた。
その時、玄関ドアが開いた。
「ただいま」
と言い学が帰ってきた。
私達は勢いよく離れ、学を見た。
「あっ透さん来ていたんだ」
「お邪魔してます。お父様大変だったね」
「はぁ、思ったよりね。姉さんが一番大変だから宜しくです」
「了解。出来る事は何でもするからさ」
「心強いっす」
「じゃ、僕は帰るけど。いつでも連絡してよ」
透は私に念を押すように見つめて言った。
いつでも連絡してよ。
透のこんな言葉は何度も聞いてきたのに、その時は特別な言葉に聞こえた。
翌日病院に連絡を入れると、夕刻前に学と向かった。
病室の父は、点滴の針、酸素吸入器、その他いくつもの管が付けられていた。
面談の時間になり院長室をノックした。
「はい、どうぞ」
渋くていい響きの声が答えた。
その声は馴染みの声である、父親の友人の声。
私達は促されて黒いソファーに座った。
院長は反対側に座り言った。
「久しぶりに2人に会えたのだけれどなぁ、こんな事を伝えなくてはならないのは、私も辛いよ」
「おじさま父はそんなに悪いのですか?」
「うーん、始めは直腸がんだったのだけれど、今は全身に影がある。まずいのはそのうえに原発性くも膜下出血を発症している。
早くに手術していたらまだまだ元気でいられたのだが、、、残念だよ」
「父が病気であったなんて、私達何もしらなくて、、、学は知っていた?」
学の顔を見ると、首を左右にふった。
院長が私達を見ながら
「お父さんが私のところに来たのは5年前だった。すぐにがんを取ってしまえば、きっと今も元気でいられたのだよ。だがどうしても手術はしないと。何度も説得したのだけれどね。おまけに家族には内緒にしてほしいだろ、、、私も困ったが本人の意思が固くてね。本当に自分が情けないよ、、、」
「いいえ、私達も一緒にいながら、、、情けないです」
それから院長は本当に言いにくいがと前置き、昨夜父の意識が遠退いてしまった。
余命1か月と思っていたが、くも膜下出血が加わった事で昏睡状態になった。
いつなんどき何があるか分からないと言った。
そして最善を尽くすがこのままであった場合の事も考えておかないといけない。
延命治療を望むかどうかと問いかけた。
私は学と顔を見合わせ
「母とも相談しないといけないもので」
と答えた。
その後院長室を出て父の病室に向かった。
父に声を掛けた時わずかに指先が動いた。
私は泣きたくなった。
(生きて、生きていて。少しでも長く。ママを連れて来るから、パパ生きていて!)
心の中で叫んでいた。
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