風に揺蕩う硝煙と……
「たーまやー!!!!」
違和感のないように、花火を楽しんでるのを装い、隙を作る。
「牡丹!」
「こっち!」
僕はこちらに走ってくる彩華の手を、しっかりと握りしめた。
そのまま、元来た道を……屋台の立ち並ぶ方へと駆け抜ける。
皆が足を止めて空を見上げる中、その背後を通り去る。
足音や呼吸音はすべて花火の音でかき消されて、きっと誰も僕達には気が付かないだろう。
それでも、まだ足を止めるべきではないと、そんな予感と焦燥感に駆られる。
全速力ではないにしろ、苦しくなる呼吸は、火薬の匂いを纏いながら必死に――
僕の心に問いかける。
しばらく走った先、明かりの少ない道を、速度を落としながら進む。
関係者以外立ち入り禁止、そう書かれた看板の横を通り、港へと進んで行く。
この先で、花火打ち上げの為、兄さんや師匠が今もせっせと動いている。
人のいない堤防の方へと歩み、やっと二人きりになることが出来た。
その場に腰を下ろし、ぜぇぜぇと上がる息を整える。
「ご、ごめん……走り過ぎた……」
「ううん、平気」
少し落ち着いてくると、未だに繋がれたままの手に気がついた。
「……あ、手……」
「だめ、離さないで……」
ぱっと離そうとした手がぎゅっと握られる。彩華は俯いたままで、身体が微かに震えていた。
◇◇◇
思い出したのはあの日の翌日の事。
彩華が大火傷を負い、救急搬送された翌日。彩華と僕の両親は、医者に呼ばれて病室にいなかった。
僕は二人きりの空間で、眠っている彩華の手をずっと掴んでいた。
火傷痕が痛んでいたらしく、さんざん泣いたのちに疲れて寝てしまった。と、後に聞いたが、当時の僕はそれこそ死んでしまうのではないかと思っていた。
包帯の巻かれた腕を見て、自分の行動を悔やんでいた。
「ぼ……たん……?」
その声の方を向くと、彩華がこちらを見ていた。
「いろはっ!」
「痛っ……」
目を覚ましてくれた事に、思わず強く握ってしまって、僕はぱっと手を離した。
「あ……ぼたん、だめ……離さないで……」
その消えてしまいそうな微かな声と、ズキズキと痛むはずの包帯が巻かれた右腕を、ゆっくりとこちらに伸ばそうとする彩華。
「……ごめん、次からは離さないから」
僕は、その手をゆっくりと握った。
◇◇◇
離さないと約束したはずの手は、気持ちは、いつの間にか離れていた。
「ごめん、あの時離さないって約束したのに」
「はぁ……やっと思い出した?」
あぁ、きっと待たせていたんだろう。彩華の安堵にも似たそのため息が、その事を伝えてくる。
その言葉に応えるように、僕は手を握り返す。俯いていた彩華の顔が上がり目が合う。
「信用してくれるかはわからないけど、今度こそ離さないから。」
「……もういいよ、牡丹は私に罪悪感を感じているだけ。本当は私が悪かったのに……」
ぐすっ、と彩華の目から大粒の涙が零れ落ちる。
「罪悪感……そうだね、罪悪感をずっと感じてた、あの時手を放してまった事を……」
「だからもう……」
罪悪感、片時も忘れたことはないこの感情のそばに、それよりも大きい感情が、大きい想いがあった。
「ちがう、好きなんだよ」
「っ……!」
罪の意識は彩華から逃げる方へと進んで行ったが、それでもなお今僕が隣にいること、それは
「ずっと好きだった、君をこんな目に合わせたのも、責任の一端は僕にある」
「そんな……」
「でも、それでも好きなんだ」
真っ直ぐと見つめ返す彩華の瞳は、先ほどの悲しみの色とは違う色を示していた。
「……私も好き、ずっと好きだった。でも、あなたの罪悪感に浸っていたのも事実」
「……うん」
「それでも許してくれる……?」
そう言って君は瞳を閉じた。
今打ち上げられた大玉の菊の花が、長く淡い片思いに終わりを告げる。
瞬く光の爆発と、
世界揺るがす爆音と、
この身に響く振動と、
風に揺蕩う硝煙と……
甘い甘い、恋の味がした。
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