この身に響く振動と、

 花火大会当日。


 準備のために花火を打ち上げ会場まで運んでいた。とはいえ運ぶのはトラックなので、僕は何もできない。


 今年も彩華と待ち合わせをして、大会を楽しむつもりだったが、仕事を任された。


 兄さんの運転するトラックで、運び込まれた花火の数を確認する。


「これで運ぶのは最後だが……足りてるか?」

「……うん、打ち上げ分は大丈夫かな。あとは大きいサイズの花火を……」


 並べられた小型の花火を数え終え、あとは合間合間に挟む大型の花火だけだ。


「にーしーろーやー……あれ、二尺玉は?」


 僕と兄さんで協力して作ったあの二尺玉、あれだけが見当たらなかった。


「あぁっ! あれだけ乾燥させる部屋が専用だからすっかり忘れてた!」

「僕も手伝うよ、乗せて!」


 急いで兄さんのトラックに乗り込み、家へと戻る。


 待たせている彩華に、少し遅くなると連絡を入れ、家への道を急ぐ。



◇◇◇



 準備に時間がかかるので、もう少し待っていてほしいと、牡丹から連絡がきた。


 今年は、例年より特に忙しくしており、ここ一週間ほどは、本当に顔を合わせていなかった。


 でも、牡丹が必死に頑張っていると思うと、寂しくはなかったのだ。


 待っていようとあたりを見渡す。毎年夏祭りと共にたくさんの観光客が訪れていて、今も人込みが凄い。


 毎年ずっと牡丹と一緒にいたので、一人で夏祭りを回るのは初めてだった。


 今年も恒例の屋台だけではなく、最近流行りの物がある屋台も多い。


 私の両親も、魚を使った食べ歩きのメニューを開発して、店を出している。


「お、彩華ちゃん。一人とは珍しいね、どうしたんだい?」

「牡丹は……花火の支度で忙しいみたいです」


 散策していると、同じ商店街で、仲のいい八百屋のおじさんが、声をかけてきた。


 毎年、お店で仕入れたいい素材を使って、焼きそばの屋台をやっている。


「今年から作れるようになったんだってな、楽しみだ!」

「ですね、私も楽しみです」

「あ、そうそう。これ持っていきな」


 いつもお世話になっているからと、焼きそばを二パック、タダで受け取った。


「ありがとうございます」

「あそこの丘の上なら、あんまり人はいないと思うから!」


 会場は港付近にあり、堤防に沿うように屋台が並べられている。その先に丘があり、小さな公園がある。


 場所的に観光客にはあまり知られておらず、人も少ない。そこで牡丹を待とうと思い、私は丘に向けて歩き出した。



◇◇◇



 家についた僕と柳兄さんは、急いで乾燥室へと向かう。


「やっぱりここにあったか!」

「よかった……早速運ぼう」


 完成がギリギリになったが、しっかりと乾燥していて出来自体は十分だった。


 二人がかりで木箱の中にしまい、慎重に運び出しトラックに積み込む。


 時間を見ると、あと五分もしないうちに花火が始まってしまう。この花火を打ち上げの時間はまだだが、彩華との約束もある。


「牡丹、会場前で降ろすから、早く向かえ」

「でも……」

「いいんだよ、伝えなきゃいけないことが、あるんだろ?」


 兄さんが、花火に気を付けながら、出来る限り急いでトラックを走らせる。


「……うん、ありがとう」



 会場についた僕は、兄さんのトラックから急いで降りて、待ち合わせ場所へと駆け出した。



◇◇◇



 


 五分ほど歩き、丘の上の公園へとたどり着く。


 やはり人はあまりおらず静かで、風と共に自然の音が聞こえてくる。


「あ、空いてる……」


 海に向かって置かれた、辺りを一望できるベンチ。大体、地元の人でにぎわっているが、今年は誰もいないようだ。


 ベンチに腰掛け、荷物を降ろす。目の前には夜の風景と、そこで輝く屋台の灯りが広がっていた。


「あれ、白花さん?」


 後ろからそう声をかけられた。聞いただけでわかる、振り返りたくない声だった。


「え、ほんとじゃん」


 とはいえ、振り返らないわけにもいかなかったので、心を落ち着けて振り返る。


「奇遇ですね、南さん、佐藤さん。皆さんも……」


 声をかけてきた集団は、学校で私の事を虐めてくる集団だった。


 いつも五人組で固まっており、リーダー格の南さんを中心としている。


「うちらさ、ここで見ようと思ってたんだけど……どいてくれない?」


 いつもの様な、冷たい視線。周りの人達も、にやにやとこちらを弄ぶように嗤う。


「わかりました、では……」


 急いで焼きそばを袋に入れなおし、その場を立ち去ろうとする。


「ちょっと待った~、置いてけよソレ」


 お付きの男子が前に立ちはだかる。どうやら、私の持っている焼きそばがお目当てなようだ。


「……わかりました」


 貰ったものだが、無理に争う必要もないと思い、袋を差し出す。


「……やっぱいいわ、つまんな」

「きゃあっ!」


 花火の始まる爆音と共に、宙を舞った袋が落ちる。突き飛ばされしりもちをついた私に、南さんが近づいて顔を寄せてくる。


「あんたさ……本当につまらないわね」

「そう……ですか」


 私のその返答に舌打ちをした彼女は、ぐっと私の胸ぐらを掴む。


「いっつもいっつも、そういう諦めたような対応が嫌なの」

「……」


「何があっても、何頼まれても、わかりました、やりますって。あたしそういうの大っ嫌いなんだけど」


 昔からそうだった。虐められること、嫌われること、全て私に原因があると思っていた。


 だから、言われたことはその通りにやれば問題は起きないと思っていたのだ。従順に、社会の歯車として生きていけばいい。



 そう、思っている。


「だから……なんですか……私だって、どうすればいいか分かんないんですよ!」

「嫌なものは嫌だって言う。ただそれだけ」


 花火の歓声を裂くように透き通ったその言葉。つまりは、諦めるなという事だった。


「でも、私は……」

「でもじゃない、それもただの逃げ、諦めだよ」


 ……わかっている。自分でも、そんなことはわかっていたのだ。かわいそうだと被害者面をして、泣いているだけなのだ。同情してほしかっただけなのだ。


「……嫌。貴方達の思い通りになるなんて」

「へぇ、言うじゃない。これなら楽しめそう・・・・・ね」


 そういうと、南さんはバッと私の胸ぐら掴んでいた手を突き放した。


「痛っ……」

「ちゃんと鳴いてくれそう、やっちゃっていいわ」


 お付きの男子二人が私に迫ってくる。抵抗できない様に腕などを捕まれ、そのまま地面に突っ伏す。


「ここ、丘だものね? 落ちたら痛いでしょうね~」


 目の前のベンチの先は、切り立った崖になっている。高さはだいたい20mくらいだろうか。そんなところから落とされたら、ただでは確実に済まない。


「い、嫌……嫌っ!」

「抵抗しても無駄だって」


 がっしりと体を掴まれて、崖の方へと運ばれる。どれだけ身をよじっても二人がかりでは抜け出せない。


「あぁ……最高。ずっとその泣き顔がみたかったのよ」

「っ……!」


 こちらを見て恍惚な表情を浮かべる南さん。単純に私を泣かせるためだけに、その感傷に浸るために、彼女はああ言ったのだ。


「でも足りないわね、死なない程度に首、やっちゃって?」

「がっ……」


 その指示と共に私の首が絞められる。痛い、苦しい、命の危機を感じどんどん体がこわばる。


「もう……や、めて……!」


 首を絞めてくる男子に全力の蹴り。


「ぐっ……やりやがったな!」


 拘束からは解放されたが、状況は変わっていない。一歩後ろは断崖絶壁のままだ。


「どうにもならないのに抵抗するの? 今までの白花さんらしくないわ」

「この……外道……」


 このままでは詰み、結局助かることはないだろう、せめて一瞬の隙さえ出来れば……


「たーまやー!!!!」


 大声で聞こえた、昔から追いかけ続けていた声。全員がその声の方を向いて、私は隙間を縫って駆けだす。焼きそばの入った袋を拾い、彼の元へと向かう。


「あぁ、クソッ!」

「追いかけますか?」

「……もういいわ」



 恐怖とはまた別の胸の高鳴り。いつでも私を助けてくれる、差し伸べられたその手を私はしっかりと握った。

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