世界揺るがす爆音と、

 家について、お母さんにただいまと一声。


 急いで二階の自分の部屋まで駆け上がる。


 部屋の電気をつけて、鏡の前に立つ。


 自身の体に焼き付いたその火傷痕を見ると、私はいつもあの日を思い出す。


 幼かった私は、花火がどのように作られているのか、好奇心で気になってしまったのだ。


 牡丹に無理を言って、一緒に忍び込んだ先で私は転んでしまい、この火傷を負った。



 そして、火傷の影響は大きかった。


 周りの子どもから気味悪がられたり、小学校高学年になってからは虐められるようになった。


 そのいじめは今でも続いていて、委員会に入ったのも元はと言えばそれが原因だ。


 高校まで来ると周りの目は割と改善されてきたが、いじめだけは激化していった。


 そんな中、私の支えになっていたのは牡丹だった。


 牡丹は、私が火傷を負ったことに対する罪の意識を背負っていた。


 元は私の意思で、自業自得なのにもかかわらず。牡丹はとても優しかった……あの約束・・・・は忘れているようだが。


 委員会に入った時も、私と一緒に同じ委員会に入ってくれた。



 仮に、その優しさが罪悪感から来るものだとしても。たとえ約束・・を忘れていたとしても。



 私は、その居心地の良さに浸ってしまうのだ。



 この気持ち片思いはきっと、この痕よりも酷く焼き付いている。



◇◇◇



「牡丹、お前の腕前……期待している」

「はい、師匠」


 花火大会が迫って来たある日の土曜日、師匠……店の大将である祖父に呼ばれた。


 今年の花火、その大トリとなる一番大きい花火を任されたのだ。


「柳、頼めるか?」

「もちろんです。弟の面倒はしっかり見ますよ、師匠」


 二尺玉の花火を作るのは初めてだったので、祖父の指示で兄である柳兄さんの手を借りることになった。



「牡丹。どの花火を作りたい?」

「やっぱり菊かな、菊川の目玉だもん」


 菊川家の名の通り、大目玉として人気を誇るのは菊の花火だ。


「そっか、そうだよな。でも牡丹はいいのかい?」



「それも作りたいけど……やっぱり、お客さんの期待は裏切れないよ」


 兄さんはそうか、と一言呟くと花火を作るために使う星を取りに行った。


 星とは、花火を打ち上げた時の綺麗に光る部分を出す、火薬の玉の事だ。


 作るのにはかなりの時間がかかるため、かなり前の段階から準備している。


「おまたせ!  早速だけど、どれにするかい?」

「うーん、オレンジ色の菊にしようかなぁ」


 真っ暗な空に打ちあがる、暗闇をもかき消すようなオレンジ色の花火。


「ホント好きだなぁ、そんなことだろうと思って多めに持ってきているよ」


 兄さんが持ってきた星を手に取り、玉込めを行っていく。


 星を敷き詰め、出来る限り隙間が出来ないよう、外から叩いて隙間をなくしていく。


 しっかりと敷き詰めないときれいな花は咲かないので、都度確認しながら慎重にやっていく。


 技量のいる作業は兄さんに手伝ってもらい、また指導してもらいながら玉込めを行っていく。



◇◇◇



「うんうん、上出来じゃないか。やっぱり牡丹には才能があるね」

「兄さんのおかげだよ」


 数時間かけて玉込めを終え、次は玉貼りの作業を行う。


 クラフト紙と呼ばれる紙を何重にも貼り付け、玉の強度を上げる。


 強度を上げて、抵抗力をつけることで火薬の爆発の力をさらに引き立てる。


 そうすると開いたときに、反動でより大きな花火となるのだ。


 均等に張り付け、乾燥させ、また貼り付け乾燥させ……という作業なので、大変かつ時間がかかる。


 しかし、きれいな花火を作るうえでは欠かさない、最も重要といってもいい部分だ。


 全体の様子を見ながら、丁寧に丁寧に張り合わせていく。


「こんなもんか、これで一回乾燥させるよ」


 兄からのお墨付きをもらい、乾燥させるための部屋に球を運び込む。


 二尺玉、大きさは直径60cm、重量は70kgにもなるとされ、その重量から運ぶのも一苦労である。


 なんとか二人がかりで運びこみ、今日の作業を終えた。朝からやっていたがもう既におやつの時間である。


 作業部屋に戻ってくると、大きく開いている作業部屋のシャッターの影から、彩華の姿が見えた。


「あれ、いつからそこに?」

「えっと、お昼ぐらいから?」


 エアコン等はかかっておらず、夏の炎天下で二、三時間ずっと見ていたらしい。


「集中しすぎて気が付かなかった、ごめん」

「ううん、いいのいいの! 邪魔になっちゃ悪いし!」


 とはいえ暑かっただろうと、母屋で涼んでいかない? と提案した。


「せっかくだし上がって行ってよ、先行ってるよ」

「じゃあ、お邪魔しようかな」


 二つ返事で承諾を得たので、飲み物を用意すべく先に母屋へと向かった。



◇◇◇



 牡丹が急いで向かってしまったため、作業部屋に柳さんと二人残された。


「あはは、忙しないなぁ。いつも牡丹が迷惑かけてないかい?」

「はい、むしろこっちが助けてもらってばかりです」


 母屋へと歩いて向かいながら、柳さんと話をする。


「その、さっきはありがとうございました。黙っていてもらって……」

「そんな、あれくらいなら全然構わないよ」


 実は、物陰で見ていた途中で、柳さんと目が合っていた。柳さんは人差し指を立てて、静かにとこっちにアピールしてくれていた。


「相変わらずだね」

「はい……花火を作っているときの、あの表情が好きなので……」


 花火が作れるようになったと報告を受けてから、こっそりとその様子を見に来ていた。


 その時の真剣に花火を作るその姿がかっこよく、それ以来見に来てしまうようになった。


 そこを柳さんに見られ、勝手に来たことを謝ったところ、「内緒にしておいてあげるからまたおいで」と言われたのだ。


「作ってた花火、大きかったですね」

「うん、あれは今年の最後に打ち上げる大目玉だからね」

「それは楽しみです。」


 その時、準備を終えた牡丹が扉から顔を出してこちらを呼ぶ。柳さんは、はいはいとすぐに向かったが、私は立ち止まり深呼吸をする。



 君の顔を見て高鳴るこの鼓動の音が、バレない様に、落ち着く様に。

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