第2話 高校1年の夏の思い出
トライアスロンの第2種目、バイクもようやく半分終わった。これは体感ではなく、割と厳密に半分である。なぜなら、今回出場しているトライアスロン大会におけるバイクレースは、同じコースをなんと6回も周回することになっており、俺は3周目を終えて4周目に向かうところであった。
稲毛海岸の海岸沿いをロードバイクでひたすら走り続ける。8月末の太陽が次第に高度を上げ、アスファルトからも熱気がむんむんと伝わってくる。雲一つ無い快晴だ。熱い。
そういえば、なんで俺はトライアスロンの大会なんかに参加しているんだっけ。
俺はロードバイクをこぎながら、ぼんやりと先月の出来事を思い返していた。
◇
1学期末、海王高校の学年集会で俺の退学が告げられた日の夜に電話をかけてきた彰浩は、自分も海王をやめて俺と同じ地元の高校に転校すると言い出した。
「どういうことだ!? 彰浩こそ海王辞める理由なんてないだろ?」
「いや、俺は勇作よりもちゃんとした辞める理由があるぞ」
ほう、そう言われると気になる。
「なんだ、その理由って?」
気になったので反射的に聞いては見たものの、どうしよう、これで「俺はお前のことが……」とか愛の告白が始まったら…‥
俺は中学時代のとある一件により女子というものを恋愛的な観点では信用できなくなってしまい、結果的に恋愛というものに興味が持てなくなってしまったのも事実だ。かといって同性愛に目覚めたわけではない。多分……
俺がそんなことを考えて、理由を聞いてしまったことに対する後悔の念が頭をよぎるも、どうもてんで見当違いでったようで、彰浩はあっさりと答えた。
「海王のサッカー部、弱すぎるんだよ。俺にとっちゃそれだけで辞めるには十分だ」
なんだ、そういうことか。
「……確かに、地区大会ですらリーグ予選で敗退してたな」
安心した。別に俺のことが好きで追いかけてくるわけではなかったんだな。安心したってのも変な話だが。
彰浩は、海王高校の入学試験を突破してくるだけの頭脳を持ち合わせているのみならず、サッカーにおいては同年代においてトップクラスの実力の持ち主だ……と聞いている。俺はサッカーあまり詳しくないのでよくわかっていないが、彰浩のサッカーにかける情熱だけは理解しており、スタート地点の地区大会で予選リーグ落ちしてしまうような高校では彼の期待する青春は手に入らないということだろう。大学の進学実績で見れば誰もがうらやむ高校ではあるが、その分どうしても入試では中学時代を勉強に捧げたようなタイプの人間が多く、サッカーのように人数をそろえる必要がある団体競技部活において、中学時代を部活に全振りしたような人達を相手に戦い抜くのは厳しいということだろう。
ちなみに、俺はテニス部に所属していた。
母親は俺が物心つく前から世間一般でいうところの"英才教育"を施されていた俺は、テニスにおいてもトップクラスの環境を用意してもらった。小学生時代の夏休みは、それこそテレビに出てくるようなテニス選手を指導をしているようなコーチをつけてもらうために、わざわざ往復5時間近くかかる神奈川のテニススクールまで合宿に参加したこともある。合宿とはいっても、往復5時間はさすがに嫌だと言ったら、「じゃあスクールの近くにホテルをとってあげるから、そこから通いなさい」と言われて夏休みの半分をホテルで過ごすことになり、俺だけ合宿みたいな気分になってしまっただけなのだが。
とまぁ、そんな感じだったので、中学校ではテニス部に所属し、海王では特に別の部活を選択する強い理由もなかったのでテニス部に入部したのだった。
ちなみに、彰浩にはサッカー部に一緒に入ろうと熱烈に勧誘されたが、それはもちろん、その強い理由にはならなかった。
そうやってほぼ惰性で入部した海王高校のテニス部は、やはり、そんなにレベルは高くなかった。別に、俺が強いとかどうとかではなく、サッカー部がそんなに強くないのと同じような理由だろう。とはいえ、高校対抗の団体戦は参加できる人数が決まっており、サッカー部などほかの部活同様レギュラー争いなどもある。海王高校に入学してくるような生徒たちは、実力はどうあれ、自分たちは日本のトップクラスの高校の生徒だというプライドがある。基本的には負けず嫌いな人達が集まっているので、部活におけるレギュラー争いなども、実力はどうあれ、激しいものとなる。特に大事でもないけど2回言いました。
実のところ、俺が退学を言い渡される事件のきっかけとなったのは、今にして振り返ってみれば、このテニス部に入部したことだったんだろうな。文化部にでも入っておけばよかったのかな。まあ、未練はないし、もはやどうでもいいけど。
彰浩との電話は、その後は雑談となった。海王にも良いやつはいたなとか、編入試験の勉強はまあしなくても大丈夫だろう、などなど。そして、夏休み何して過ごすかという話になった。
「勇作の退学記念に夏休みに思い出作りしようぜ」
「退学記念ってなんだよ。でもまあ、思い出作りか。花火でもやるか?」
「男だけで花火なんてやってもなぁ」
「じゃあ、由紀でも誘ったらどうだ? 勇作が西高来るって知ったら喜ぶんじゃないか?」
「喜ぶかどうかは知らないけど、せっかくの転校イベントだから2学期初日のサプライズとしてとっておこう」
「サプライズか、なかなか粋な演出を考えるな」
彰浩はサプライズと聞いてけらけらと笑い始めた。本当は、中学校以来の幼馴染に連絡を取るのが少し億劫に感じただけだが、粋な演出、と言ってもらえたのでそういうことにしておこう。
由紀は、いわゆる幼馴染だ。親同士が仲がいいこともあり、また、テニススクールで一緒になることもあったので、仲はいい方だったと思っている。とはいっても、付き合ったりするような仲ではなかった。
「さて、じゃあ、どうしようか。夏休みなんかイベントあったっけ?」
俺が聞くと、彰浩はうーむとうなり黙り込んだかと思うと、ハッと気づいたように提案した。
「稲毛海岸のトライアスロンの大会に出ようぜ!」
「はい?」
……花火とか夏祭りあたりを期待していた俺はつい面食らってしまった。いや、海もいいかなーとは思ってたよ? でも、トライアスロンでガチ泳ぎするのはちょっと想像の斜め上だった。
「え、トライアスロンだよ。知らねーの?」
「いや、知ってるわ。なんで夏の思い出がトライアスロンなんだよ?」
「いいじゃねえか、なんでも。稲毛海岸で夏の終わりに毎年やってるんだよ。たまには地元のイベントにも出たいし、体動かしてスッキリしようぜ!」
そういえば彰浩は脳筋だったな。とはいえ、海王高校で面倒くさい出来事も起きてもやもやが全くないわけでもなかったので、体動かしてスッキリしようという発想は悪くない。
「そうだな、スッキリするか。」
◇
トライアスロンの第2種目、バイクはのこり6.6キロメートルほどになった。体感ではない。6周回で計40キロメートルのコースで5周目が終わり、俺は6周目に向けて走り出したところだった。
「がんばれー!!」
小学校高学年ぐらいと思われる女の子が、その子のお母さんと思われる女性に手をつながれながら、道行くバイクの選手たちに声をかけていた。
6周目にもなるとさすがに何度も見慣れた風景に飽きが生じてくる。それでも、海岸沿いのコースの沿道には、地元市民と思われる人たちが参加者たちに声援を送ってくれるので、よし頑張ろうという気持ちになる。
皆さん、どういうモチベーションで応援してくれているんだろう。そりゃ、応援してくれる分には頑張ろうって気持ちになるので嬉しいけれど。応援してくれる人たちに対して何かしらの見返りを渡せるわけではない。いや、その応援に応えて立派なアスリートとしての活躍を全力で見せることがお返しになるのだろうか。
すまないな、俺はマイペースがモットーなんだ……
そんなことを考えながら、とはいえ少しだけペースを上げてもいいかな、と前方を向くと、沿道にいた思いがけず見知った顔と目が合った。
「えっ? 勇作!?」
「あれ、由紀?」
幼馴染だった。健康的に日焼けした美しい肌に、中学時代と同じ茶髪のショートボブの元気な少女。地元の高校に進学したとは聞いていたから地元にとどまっているであろうことはわかるけど、こんな大会にまで応援に来るなんて、地元愛すごいな。
「――頑張って!!」
突然の再開にびっくりしつつも、ロードバイクのスピードを緩めるわけにもいかずに通り過ぎ、俺は背中で元気な少女の声援を受け止めながらトランジションを目指して行った。
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