第3話 マイペースに生きていこう
ロードバイクで40キロメートルを走破し、トランジションに向かったところで、彰浩を見かける。彰浩はランに向けて走り出したところだった。
「彰浩じゃん、お疲れー。残りのランも頑張ろうぜ!」
「……俺、めちゃくちゃ、飛ばしたのに」
かなり息を切らしている様子だ。なんでそんなに余裕そうなんだ、という目で見てくる。トランジションスペースの途中でとどまるわけにもいかないので、特に会話を続けることもなく、笑顔だけ返してすれ違い、自分のスペースへと向かう。
ちなみに、トライアスロンのトランジションスペースはかなり広い。大会の規模にもよるが、1000人単位の参加者がそれぞれの着替えや飲食物、シューズ、自転車等を収容できることと、なおかつ通路のスペースも確保しなくてはならない。この大会では海浜公園の数百台単位の駐車スペースがトランジションスペースとして利用されていて、俺と彰浩の自転車置き場は50メートルほど離れた位置にあった。
「あ、しまった」
つい声がでる。早朝、コンビニで目についたたこ焼きを衝動買いしてしまった俺は、たこ焼き以外の栄養補給を失念してしまっていたのだった。仕方ない、水だけ飲んで走りにいくか。2リットル入りペットボトルに入ったミネラルウォーターをラッパ飲みでごくごくと半分ほど飲み、残り半分を頭からかぶって全身を濡らし、トランジションを抜けて最後の競技、10キロメートルランへと向かっていく。
ランニングコースは、ひたすら海岸沿いを走って、折り返すというシンプルなコースになっていた。太陽が時間の経過とともに高度を上げ、雲一つない快晴の中、選手達は日差しからの逃げ場もなく強烈な日差しに体力を奪われながらも必死に走っている。
タン、タン、タン、と単調なリズムがひたすら繰り返される。何かを考えることさえ面倒くさくなるような暑さの中、ひたすら無心で走っていく。
2キロメートルほど走ったところだろうか、彰浩の後姿が見えてきた。後ろから見てもかなり息を切らしている様子が伝わってくる。しばらく走り続けていくと、完全に彰浩に追いついてしまった。
「また会ったな!」
ちょうど並んだところで声をかけると、彰浩は驚きつつも、やや悔しさの混じったような顔になる。
「げ、追いつかれちまったか」
「特に競うつもりはないけど、先に行かせてもらうぞ」
「クソッ、この体力お化けめ!」
「なんだ人のことをお化け呼ばわりして。栄養補給が大事なんだよ。彰浩もたこ焼き食べたほうが良かったんじゃないか?」
「たこ焼きなんか食ったら普通、走れなくなるだろ! まあ、お前に普通を求めても仕方ないか。」
失礼な奴だな。俺に普通がないみたいな言い方してからに。俺は、俺にとっての普通で行動しているだけだ。
「いいのか、お前はたこ焼きに負けるんだぞ?」
「うるせぇ、というか、俺は割と余裕ないからもう先行ってくれ。お前は余裕ありそうでムカつく……」
「悪いな、俺はマイペースがモットーだからな」
「でた、マイペース。マイペースでその速さというのが、さらにムカつく……」
話しているうちに彰浩に疲れが見えてきたので、そろそろ会話はそこそこに切り上げて先に行かせてもらうことにしよう。
「じゃあ、お先に失礼」
「おう、頑張ろうぜ!」
そういうと、俺は彰浩を引き離して先へと進んでいく。
ああ、なんか青春している気がする。これは確かにいい夏の思い出になりそうだ。
思い返せば、中学に上がってから今まではいろいろな出来事があった。中学時代に起きた問題に関しては、今でもあまり思い出したいものではないので思い出さないことにする。ただ、俺の性格はそれらの問題から自分を守るために形成されて出来たようなものなのかもしれない。周りのことをいちいち気にしていたらきりがない。
高校入学直後に退学になってしまった件については、自分でもさすがに驚くぐらいショックを感じていなかった。
なるようになるし、ならないようにしかならない。こうやって自分のペースで走っていれば、海風が気持ちよく体を撫でていってくれる。そうだ、自分のペースで走っていけばいいんだ。
などと、あれやこれやと物思いにふけりながら走り続けていく。
気が付けば大会のゴールゲートが見えてきた。
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