第2話 「清掃員・リカオン」②


迎えた決行日当日。リカオンは会場の側で、その時を待っていた。雨粒が地面にはじかれる音が少しだけ車内にも聞こえてくる。





ドカン。





雨とラジオの織りなす一定のリズムを一つの爆音が破壊した。会場からの爆発音が他の何もかもを置き去りにして、まっすぐリカオンの鼓膜へたどり着いた。








それがもう手遅れであることは、その様子はもちろんのこと、急いで車から降りたリカオンが会場に辿り着くまでにすれ違った信者達の、恐怖に溺れた表情からも読み取れた。



「なんてこったクソ。どうして爆発なんて……。」



首より上が瓦礫の下敷きになったモノ。頭から血を流して倒れているモノ。煙の奥から「助けてくれ」と叫ぶ者の声。そして、身体中が血まみれになっても尚、天に向かって祈る者。



現場は目を疑う程深刻な状況だった。

そしてリカオンは見つけた。


「セキモリ……。」


天井の一部だろうか。コンクリートの様な物に腹部を潰され、グチャグチャなはらわたが飛び出ている遺体の顔は紛れもなくあの日オフィスに来たセキモリだった。


「なんてこったセキモリ……。一体何が……って、ん?この傷は……。」


その傷は銃で撃たれた傷で間違いなかった。


そしてセキモリの右腕には何かのスイッチらしき物が。もう片方の手には誰かの革靴が握りつぶされていた。


「こんな状態のセキモリが握りしめてる革靴っつったらもうあいつのとしか……。」


その革靴の主は、リカオンの予想通りセキモリのすぐ側に横たわった小太りな遺体だった。教祖である。遺体は片足だけ靴が付いている。



「そのスイッチと教祖の革靴、そして銃で撃たれた傷。そうだったのかセキモリ。お前は自ら教祖を捕まえて爆発で道連れにしようとして、それで幹部達に銃で……。でもよセキモリ、お前どうしてこんなことを……。」


リカオンは胸の中で嘆いた。


地面に無造作に散らかる、灰色のほこりを被った真っ赤な臓器。それらを見下ろしながら、リカオンは、セキモリの計画を見破れなかった自分を恥じた。






まもなくして、街中に轟くかのようなサイレン音と共に、辺り一帯をパトカーが包囲した。無論、リカオンはとっくに車で会場を後にしていたが。




「たしかに今思えば、面接の時から少しおかしかったんだ……。そうか!あの時感じた違和感の正体はこれか!セキモリは元から自分も死ぬ予定だったから、だからあいつはこれから人を殺すってのに、初心者のくせにあんなに落ち着き払ってやがったのか。全く……、今更気づいても遅いけどよ、クソが!!」



リカオンは乱暴に番号を打ち込み彼女に電話をかける。


「おいマンドリル!さてはお前、全部知ってやがったな!」

「はいはい、まぁそう怒らないでよ。」


リカオン1人の車内に、怒鳴り声が響き渡る。


「これが怒らずにいられるかよ!こちとら計画も何もパーじゃねぇかよ!」

「まぁまぁ落ち着いてって。」

「うるせぇ!!」


リカオンの怒りが落ち着くまで待ってから電話の向こうの彼女は口を開いた。

「でも、もう君がやることは一つしかないんじゃないの?後払いの分、取り戻さないとね。」

「……。覚えてろよお前。」


通話終了と同時に、通話履歴を削除してから、その使い捨て携帯電話を思い切り窓の外へ投げ捨てた。








ピンポーン。

「どちら様ですか。両親は今いないし払えるお金もないので返って下さい。」

リカオン:「その声、君がリク君だね。少々、こっちにも訳があってね。失礼させて貰うよ。」


陸が、リカオンの侵入を許すまいと玄関へ向かった時には、リカオンは既に侵入を完了していた。


「で、出て行け!」

「なぁに、少し、部屋を調べさせて貰うだけだよ。それで一つ、少年、君に頼があるんだが。」

「う、うるさい!出て行けったら、出て行け!」


ところどころ錆びついた包丁の先は突然の侵入者へ向けられていた。その切先は少年の腕と同じ周期で震えていた。


「おいおい、君みたいな子供がそんな物騒な物を持つんじゃないよ。」


そう言いながら、一歩ずつ、ジリジリと陸と距離を詰めていく。


「そ、それ以上近づくな!じゃ、じゃないと、じゃないと、ほ、本当に刺すぞ!」

「君みたいな子に?ハッハッハ。ならやってごらんよ。ほら。」


腕を横に広げて、やや挑発的な表情でリカオンはさらに陸へと近づいていった。


陸が意を決してリカオンの胸元へ刃を突き立てるよりも少し早く、包丁はリカオンの手に移った。


「あ、あぁぁ……。」

「なに、そんなに怯える必要はないよ。私が用があるのは、君じゃなく、君のお母さんだからね。」

「だからママは今いないって、最初に言ったじゃない……、……、ですか……。」

「本当はいつも、誰か来たらそうやって言いなさいって言われているんだろう?わかってるよそれくらい。」

「本当だって!でも……、それも本当だけど……。で、でも本当なんだ!今日は本当なんだ!ママ今日は大事な集まりがあるって、幸せになれるって言ってたんだ!」


「集まり……。幸せに……。ちょっと待てよ……。」


リカオンはその突如目の前に現れた問いを自分自身に投げかけた。先程までやや上向きだったリカオンの口角が平行になる。


「……え?」


険しい顔に豹変した男を見て陸は困惑した。


「失礼、少し調べさせて貰うぞ。」



そうして出て来たのはネックレス、指輪、花柄の壺。どれも、女性が好みそうなデザインの物ばかりだった。


「まさか……。俺は大きな勘違いを……。でもそしたらなんでセキモリは……。まさか!?」


この問いもリカオンは心の中にぶつけた。


「おい少年。今すぐ、服を脱ぐんだ。」


険しくなった表情に比例して声のトーンにも重さが増す。


「は、はい……。」




リカオンの予想は的中した。胸から背中にかけて、所々にポツポツとある紫のアザ。痩せほって、皮膚の上からその形がわかる肋骨あばらぼね。つまり虐待の後である。


「宗教に支配されていたのは、過去のセキモリではなく、妻の和佳子ワカコの方だったか……。となるとセキモリは、この子をこの家庭から救うために……。セキモリ……。」


いくつもの情景が、セキモリの苦労が、だんだんとリカオンの脳内に浮かび上がってくる。



「あ、あの……。」

「どうしたんだ少年。」


震える声で陸はボソッと話しかけた。


「今朝、家を出る時にパパが『ママの部屋の物を調べてる人がきたらこれを渡してくれ』って……。」

「こ、これは……!?。」


厚さ1センチ程度に膨らんだ茶封筒。そしてそこには、「リカオン様へ。どうか陸を。(15+α)」の文字。その文字は間違いなく、契約書にサインした時のセキモリの字だった。それ以上のことは書いていなくとも、その封筒の厚みと所々かすれた文字から、しっかりとリカオンに伝わった。


「いいか、よく聞くんだ陸君。」

「は、はい。」

「おそらくこの家にはもう、誰も帰ってこない。きっと来るのは借金取りくらいだろう。」


子供というのは不思議なもので、本能なのか、こういうことが起こる前から、その予兆を感じ取っていることがある。陸もそれだった。だから陸は、無意識のうちに、両親の安否をリカオンに問わなかった。


「じゃ、じゃあそれで、僕はどうすれば……。」

「俺に着いて来い、陸。」

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