三途の川の清掃員

竹原しろうと

第1話 「清掃員・リカオン」





「なんてこったクソ。どうして爆発なんて……。」




首より上が瓦礫の下敷きになったモノ。頭から血を流して倒れているモノ。煙の奥から「どうなってるんだ!」と叫ぶ者の声。そして、身体中が血まみれになっても尚、天に向かって祈る者。




現場は目を疑う程深刻な状況だった。

そしてリカオンは見つけた。




天井の一部だろうか。コンクリートの様な物に腹部を潰され、グチャグチャなはらわたが飛び出ている遺体の顔は紛れもなくあの男だった。













第1話「清掃人・リカオン」








「調子はどう?リカオン。」

「はいはいわかってるよ。仕事だろ。」



──────

コードネーム「リカオン」

トウキョウ市13番街「リカオン清掃事務所」。そこにリカオンはいる。清掃事務所とは名ばかりで、彼の本当の業務内容は「オアシス」から回ってきた様々な案件に対処することである。そんな彼は今日もまた淡々と仕事に勤しむのであった。

──────




「彼、もう少しでそっちに着くはずだからね。よろしく頼んだわよ。」

「えっと、今回は逃走の手助けをすればいいんだな?」

「そうよ。まぁ詳しい話は彼から聞いて。」

「その彼ってのはどんなやつだ?」

「さぁね〜。初心者らしいけど。」

「へぇ〜。そいつは珍しい。常連の連中に比べればまともに話ができそうだ。」

「それじゃ、くれぐれもミスはないようにね。」

「はいよ。」






電話から間も無くして男はリカオンのオフィスへとやってきた。




まずリカオンは依頼人の観察から始める。これだけで、だいたい依頼人がどんな人間なのかは見当がつく。



ガチャリ。

ドアノブをひねる音と共に依頼人の男は、リカオンのオフィスへやってきた。




「あぁ、こんにちは。どうぞ、そこのソファーでお座りになってお待ち下さい。」

「はい。どうも。」


最低限の返事の後、男は自然な足取りでソファーへと向かい、ゆっくりとそこへ腰を下ろした。


そしてソファーに腰をかけるなり、出された茶をググッと飲み干した。



「初心者にしては落ち着いた所作だったが、人から出された飲み物をを躊躇なく飲む辺り、やはり正真正銘の初心者で間違いなさそうだ。」


とリカオンは心の中でつぶやいた。





「えっーと、それでは早速、交渉の方、始めさせていただきますね。」

「はい。」


男は特に警戒する様子もなくリラックスしている様だ。



「妙に落ち着いてるな。こういうタイプの初心者は久しぶりだ。」


とリカオンは内心少し安心していた。



「えっと、セキモリ様ですね。」

「はい。セキモリです。」



このセキモリという男。普段は裏社会に関わっていないということもあってか、電話の直後にリカオンが組織のデータベースから得ることのできた情報は


本名「関守浩三セキモリコウゾウ

・19XX年9月X日産まれの40歳

・現在はトウキョウ市に同い年の妻(和佳子ワカコ)と9歳の息子(リク)と暮らしている。

・前科なし


というものだけだった。





「今回は逃走の手助けというご用件と伺っていますが、詳しく教えていただけますでしょうか?」

「はい。」




セキモリの話はこうだった。

まずセキモリは、殺し屋を雇わず、自らの手で「ターゲット」を殺めるらしい。これには流石にリカオンも内心仰天していた。たいてい、初心者は皆、殺し屋を雇うからだ。



そしてその「ターゲット」というのは、「銀河の彼方」といういかにも怪しい宗教団体の教祖だと言う。というのも、この男も少し前までそこの信者だったらしいのだ。



──────

宗教団体「銀河の彼方」

トウキョウ市を中心に10年ほど前から活動するその団体の信者数は300人程度とかなり小規模。しかし、驚くべきは、信者一人当たりの団体への寄付金の額である。他の有名な新興宗教らとは桁が1つも2つも違うそうだ。

その背景には、やはり、「人数が少ない分だけ団体と信者の距離が近いため、沼にハマりやすい」ということが挙げられる。

団体発足4年目から現在まで、信者の数がほとんど変わっていないことから、これが計画的であることは火を見るよりも明らかである。

──────





セキモリが「銀河の彼方」に入会したのは5年前。当時35歳。待望の息子が誕生するも、自分の所得が少ないせいで家計が苦しく、その救済を求めていたセキモリのところに「銀河の彼方」の連中が彗星の如く現れた。



そこからはトントン拍子。どんどんと宗教にのめり込み、多額の借金を抱え、当時よりもさらに苦しい生活を強いられていった。




転機が訪れたのは現在からほんの数ヶ月前。きっかけは、家計の限界を悟った妻が、こっそり隠れて、「銀河の彼方」から買わされていた、「幸運の壺」を質屋に出したことからだった。




セキモリが驚いたのは、自分の妻が「銀河の彼方」を裏切るような行動をとったことよりも、その「幸運の壺」がパチモノと門前払いを受け、金にすらならなかったことだ。


そこからセキモリは徐々に「銀河の彼方」への不信感を募らせていった。





というのがセキモリの話だった。





「とういうことはつまり、今回はその宗教団体への復讐という訳ですか。」

「はい。そうなります。」


「こんなに冷静そうな男でも宗教に洗脳されるのか。まぁそんなこと俺の知ったことじゃないか。」


「それで、作戦の方は。」

「作戦というほど大それたものではありませんが……。」


セキモリの作戦。それは、単身で教祖の元へ乗り込み一気に銃殺し、外で待つリカオンの車に乗り逃走するというなんとも大雑把なものだった。


そしてセキモリが作戦の説明中におもむろに机の上に置いたやや小太りな男の写真。これがターゲットの教祖だそうだ。



「単身で乗り込むといっても、その日は警備が手薄なんです。」

「警備が手薄……ですか。」



初心者のセキモリが単身で乗り込むというのは、いくら警備が手薄とはいえ、無茶ではないかとリカオンは内心思っていた。




3ヶ月に一度の全体集会。その日がセキモリの決行予定日だ。セキモリの話によると、全体集会は、




①まず初めに、幹部共が信者達の前に姿を現し、数十分使って場を盛り上げる

②満を辞して教祖がステージに登場する。


という流れらしい。



セキモリが狙うのは、①の最中。幹部が周りから剥がれ、ガードの薄くなった状態の教祖だという。




「正直、その集会がどんなものなのか、そもそも「銀河の彼方」という宗教団体がどんなものなのか俺には全くわからない……。ここはもう少し、このセキモリとかいう男の計画を探ってみるか……。」





「幹部が教祖から離れたところで実行という話ですが、本当にその幹部達は教祖を1人だけにするんですか?」

「そこは安心して下さい。幹部達の中でも位が一番高い「イヌカイ」という教祖の側近がいるんです。」


そう言ってセキモリはそのイヌカイという男の写真を、机の上の教祖の写真の横に並べてリカオンに提示した。側近というだけあって、顔からははそれなりに威圧感が伺えた。



「はい。それで?」

「そのイヌカイが教祖から離れてステージに行ったタイミング。そこが教祖が1人になる瞬間なんです。」

「それ本当に確証はあるんですか?」

「はい。何回も何回も周回のたびに確認しているので間違いないと思います。」


リカオンに向けられたセキモリの目は真っ直ぐ、自信に満ち溢れていた。


「えっとそれと、そもそもそれに使う銃はどうやって用意するんですか?」

「それなら既に、ここを紹介してくださった方から頂いてます。今は自宅に保管してあります。」


セキモリの視線はリカオンの目をしっかりと捉えている。


「それで、殺してから私の車に来るまでにはどうするんです?銃声が聞こえればステージ上の幹部達は一気に駆けつけそうですが。」

「サイレンサー(※1)を使おうと思っています。たしかにステージ上とステージ裏は壁一枚なのでサイレンサーで音を小さくしても、銃声とわかってしまうでしょう。でも、会場の騒音で、そんなサイレンサーの小さな音くらい、簡単にかき消してしまうと思います。」



─────

(※1)サイレンサー

銃の先端にとりつけ、銃声を抑える器具。

─────





「会場はそんなに騒音があるんですか?」

「はい。信者全員で教祖の教えを読み上げたり、幹部の掛け声に合わせて声を出したり。今思うと、あんなものに踊らされていた自分が恐ろしいです。」


まるで次に相手が何を聞いてくるかわかっているかのような応答の早さだった。




「気になったことをざっと聞いてみたが、このしっかりとした受け答え。かなり大胆かつ大雑把だが初心者の計画にしては上出来。この感じだと逃走成功の可能性は十分にある様にも思える……。だがどこかひっかかるなぁ。なんだこの違和感は……。」







「それでは肝心な話ですが。」

「はい。」

「いくら出せるんですか?」

「いくらっていうのは……。」

「契約金のことですよ。」


リカオンはセキモリからいくら搾り取れるかに、この契約の判断を委ねた。


「具体的にいくら用意すれば?」

「ご説明しますね。」




これまでリカオンが経験してきた数多の業務の中で、逃走の手助けというのは比較的簡単なものである。そして、その難易度に比例して契約金も増減する。これが彼の契約システムの基盤である。




「車での逃走だけですと前払い20万円、後払い報酬10万円の計30万円前後でご契約いただけます。」

「30万円前後。なるほど。わかりました。」


この様子、思ったよりも安く済んだといった所だろうか。リカオンには、セキモリがやや安堵しているように見えた。






「現場はトウキョウ市の中でも比較的目立ちにくい地区。車の通れる十分な道もある。そして現時点では死体への余計な注文も無し。今回は話の通じる相手にも恵まれたな。現場の・計画・契約金。全てにおいて及第点といったところか。たったの数十分で我ながら上出来の契約内容だぞ。」




リカオンは内心かなり歓喜していた。これほどまでにスムーズかつ好条件な依頼とは久しく出会えていなかったからである。しかし、この男と対面したときから常に感じていた違和感は拭えてなかった。




「それでは一応契約成立ということで。前払金は、1週間以内にこちらの口座への振り込みお願いします。」

「はい。よろしくお願いします。」


こうして交渉は終わり、セキモリはオフィスを後にした。


「にしてもなんだこのセキモリに対する違和感は……。初心者ってのは本当そうだし、ましてや罠にはめてやろうという感じも全くない。……。」




セキモリがリカオンのオフィスを後にしてから数分後。すぐにリカオンは最初の電話相手へ掛け直した。



「もしもし。俺だ。リカオンだ。」

「あら早いわね。それとも何?帰られちゃった?」

「おいおい。そうならないってわかってて彼に銃を渡したんだろ?」

「大正解。」

「そう簡単に人を試すような真似をするなよな。」

「あら心外ね。私からの信頼を感じて欲しかったのだけれど。」

「ああ言えばこう言うな全く。」


リカオンはもちろん、電話の向こうの彼女もどこか上機嫌なようだ。



「それでよ、マンドリル。一つ疑問に思った事があるんだが。」



──────

コードネーム「マンドリル」

トウキョウ市8番街の裏路地でバー「猿の巣」を営んでいるが、実際の収益は銃やナイフなのど殺傷武器。この「猿の巣」も「リカオン清掃事務所」と同じく、「オアシス」という巨大組織の傘下である。


「猿の巣」に来る客の大半は殺し屋や隣国のスパイ、または銃のコレクターなどだが、まれに、どこからか武器の噂を聞きつけ来店する一般人も少なくない。セキモリはそれである。


マンドリルはそこへ訪れた客達の話を聞き、今回の

セキモリの様に、他の機関に案内する、いわば「オアシス」傘下への案内役を果たしているのである。

──────



「疑問に思ったこと?あのセキモリとか言う男の?」

「あぁ、そうだ。こう、なんというかその、落ち着きすぎてるというか、なんというか。」

「あ〜わかるわよその気持ち。私もセキモリと話しててそう思ったわよ。『ほんとにこいつは誰か殺すのか?』ってね。」



初めてセキモリと話した時のマンドリルも、リカオンと似た違和感を感じていたようだ。



「いまいち覇気がないというか、なんというか。それにそのターゲットの「銀河の彼方」とかいう宗教団体のこともよくわからないしな。」

「あぁ〜例の宗教団体のことね。私もそんな名前一度も聞いたことなかったんだけど、情報通の知り合いに聞いたら、あそこの教祖、ほぼ毎晩6番街のキャバクラで豪遊しては金がなくなると幹部共に信者から金集めさせてたんだってさ〜。」



巨大組織ということもあってターゲットの情報収集は超一流である。



「それじゃあなんだか幹部達もお気の毒だな。そんなやつのために働くなんてのは。」

「いやいやそれがね?イヌカイっていう幹部の中のトップのやつがいてね?」

「あぁ、さっきセキモリから聞いたよ。側近だろ?」

「そうそう。それでね?そのイヌカイってやつが教祖の言うことならなんでも聞いちゃうんだってさ。信者達なんかとは比にならないレベルの依存度らしいのよ。」

「イヌカイね〜。セキモリが出してきた写真で見たけど、あんな怖そうな見た目してるやつが教祖の可愛いペットだなんてのは、それはそれで面白いな。」


リカオンは、机の上に置きっぱなしにしていた教祖とイヌカイの写真を見て少しニヤけた。


「まぁまとめると、つまり典型的な詐欺ってわけだ。」

「そーゆーこと。都合の良い幹部がいるからこそ成り立ってるのよ。それでね、さっきの『教祖がキャバクラに行きまくってる』って話を試しにポロッと彼に言ってみたわけよ。セキモリ君に。」

「そしたら?」

「喋り方とかは変わんないんだけどさ、本人も無自覚のうちに手に持ってたロックグラス握り潰しちゃったの!マジで無自覚で!」

「へぇ〜。無自覚ねぇ。」



この時、リカオンはそのエピソードを半信半疑で聞いていた。なぜなら、リカオンが感じたセキモリの第一印象を払拭するには、こんな話ひとつでは程遠いからである。



「本当だよ本当!あれは本物だよ!だからきっと彼は殺れるよ。安心しなって、清掃員君!」

「そういうことなら今回はセキモリに賭けてみるとするか。よし、この仕事が終わったら、近いうちにそっち寄るからよ。いい酒用意しといてくれや。」

「はいよ〜。待ってるからね〜。」




そう伝えて、リカオンは静かにマンドリルとの電話を切った。




「さてと、そうと決まれば俺も準備に取り掛かるか。」



そうボソッと床のタイルに吐き捨てた。




マンドリルから来た最初の電話から約1時間。結局リカオンは、セキモリに感じた違和感を拭いきれないまま仕方なくそれを頭の片隅に置いて、仕事の準備にとりかかるのだった。





外では1匹のカエルが天へ向かって鳴いていた。溢れんばかりの雨を求めるかのように。

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