第2話「住めば都か、住まば都か」


 放り込まれたのは武器屋の隅のボロい箱。

 鎖で箱底に繋がれては、逃走なんて到底無理。


 刀は途方に暮れてしまった。




「何おちこんでんのさ~」

カマわず話しなさいっ」

「金ナラ取ランヨ」


 気付けば箱内の武器に話しかけられていた。

 初対面の彼らの優しさに、刀はポツリポツリと語り始める。




 かつて偉大な刀匠とうしょうが、人生の集大成として渾身の一振りを生み出した。

 この刀こそ“陽紅ノ太刀”だ。

 霊峰へ奉納されてからは、勇者と旅立つ日を夢見つつ、気が遠くなるほど長い時を孤独に過ごし続けていた。


 100年後の今日。

 ようやく運命の勇者アッシェ・フリーエンに出会い、刀は心を躍らせた。


 だが幻想は一瞬で砕かれる。

 勇者アッシェは刀を売却し、去ってしまったのだ。




「まさか勇者に売られるなんて……大変だったわねぇ」


 3人の武器が口々に刀を労う。


「全くヤス過ギアル! 銅貨2枚トカ子供ノ菓子代ヨ」

「ま、ぼくらも似たようなもんだけどさ~」

「カマしてるゥ★」


 彼らはどっと笑った。




 楽し気な声が響く中、刀は気付いた。

 彼らがという事に。




「もしや貴殿達も拙者と同じく――」


「そう、魂と使命を賜った神話級仲間ナカマよ。私は鎖鎌の華紫薇はなしびことパープルちゃん★」

「我ハ 雷龍レイロン。三節棍アル!」

「で、ぼくはトンファーの蒼翠旋そうすいせん。よろしくさ~」


 やはり只者ではなかったかと頷く刀。


「生マレタ時期モ使命モ違ウガ、今ハ仲良クシテルヨ」

「同じカマの飯を食うってやつ?」

「だぁな!」


 和気あいあいと盛り上がる武器達。


「だが何ゆえ斯様かような扱いを受けておる? 神話級ならば、もっと丁重に扱われて然るべきでは?」


 と刀が指したのは、頭上の『激安/在庫処分価格』と書かれたボロボロの赤札。

 しかも3人とも刀と同じ鎖で繋がれている。


「そりゃ私ら仲間ナカマは優秀よ★ だけど……ねぇ?」

「周リ見ルガ宜シ」

「理由が分かるはずさ~」


 武器達がクスクス笑い出す。

 首をかしげつつ、刀は辺りを見渡した。



 広い店内には多数の武器が並ぶ。

 大半が大切に飾られており、雑な扱いは少数派だ。



「おや? そぉどらんすぼうあろぅばかりである」


「そういうのが売れ筋武器さ~」

「私ら異国の武器は御呼びじゃなくてね」

「コレガ現実。需要ト供給ハ正直アル」


「 あァ無情……!」


 刀はガックリ膝をついた。



「気持ちは分かるけど悲観しちゃだめ」

「ソヨ。今ノ生活 楽シイネ」

「狭い箱でも、住めば都なのさ~」


「拙者は此処で燻る訳に行かぬ。絶対に抜け出してみせるでござるッ!」


「だけど肝心の勇者とワダカマリがあったら、使命なんか果たせないわよ?」

「オ主ヲ売ッタノ、勇者アル」

「脱出しても無駄かもさ~」


「……だがそれでも、拙者は世界を救わねばならぬ。拙者には使命があるのだッ! 悪しき魔王を破り、天下泰平を成すとの使命が……ゆえに諦める訳には行かぬ。この魂ある限り、拙者はもがき続ける所存ぞッ!!!」



 彼らの主張はグサリと刺さった。

 だが刀は曲がる事なく意志を貫いた。



「ナラ話 早イアル」

近回チカマワりさせてやろうじゃない!」


 3人は顔を見合わせ頷き合う。



「と言うと?」


「決まってるさ~」

ネ!」


 意外な言葉に、刀は目を見張った。







 数時間後。

 明かりが消え、暗くなる店内。




 しばしの沈黙。




 箱から顔を出したのは三節棍。

 三つ折りの体を真っすぐ伸ばし、長いリーチで周囲を伺う。


「店主、2階の住宅ニ戻ッタヨ」

「事をカマえる準備はいいかしら?」


「いつでも参れるが……脱出は拙者だけで誠に良いのか?」


 腑に落ちない顔の刀。


「クドイネ!」

「その質問さっきもしたさ~」

「私らは既に使命を果たした身。残りの余生はヤカマしい奴にカマう事無く、茶飲み仲間ナカマに囲まれて暮らしたいのよっ★ 貴方は1人で逃げる、いいわね?」


 渋々ながら首を縦に振る刀。

 残りの武器も動き出す。




「どいや……ふン!」


 トンファーが箱上部へと握りを引っ掛けた。

 飛び降りる勢いのまま、鎖の留め具へ全体重を叩き付けるフライングボディプレスッ!


――ガチャンッ


 捨て身のごとき衝撃で、刀を縛る鎖を粉砕。




「カマすわよぉッ★」


 鎖鎌は自慢の分銅をブルンブルンと振り回す。

 ビュルンと飛ばしカウンターに侵入すると、裏をゴソゴソ探り始めた。


 見つけたのは予備鍵スペアキー

 店主が内緒で隠した瞬間を見逃さなかったのだ。

 分銅で巻き取り回収した鍵を、鎖鎌が刀へ渡す。


「これで貴方をツカマえるモノは何もないわっ」

「何と礼を申せばよいやら――」

「そうそう、最後に先輩武具の私から。勇者と行動したければを考えなさい」

「気持ち、であるか……?」


 真意が掴めず、きょとんとする刀。

 鎖鎌は涼しい顔で言葉を続ける。


「考えるのは後っ★」

「もたもたしてると店主が戻るさ~」

「達者デナ!」


「……かたじけない」



 入口へ向かった刀は、扉の鍵を開ける。

 ふと振り返ると3人が笑顔で見送る姿が見えた。



 刀は深々と一礼し、夜の街へ駆けていった。







 逃げること数十分。


「……ここまで来れば心配無用かの」


 安心したらドッと疲れた。

 100年ぶりに動き回った影響もあるだろう。


 路地裏に積まれた木箱の陰で、拾った布袋にくるまり夜を明かした。

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