おいてかないでッ!勇者殿!! ~聖なる刀は爆炎少女を今日も追う

鳴海なのか

第1話「犬も歩けば棒に当たる」


 青空も空気も澄み渡る、のどかな片田舎の昼下がり。

 を背にした草原に、大小さまざまな装置が直置きされ、プシュプシュ音を立てつつ稼働している。



「天候ヨシ、気温ヨシ、湿度ヨシ、酸素濃度ヨシ、人の気配は……ナシっ」


 手早く指差し確認を終え、小柄な少女がにんまり笑った。



 使い込まれたヘルメット&ゴーグル。

 実用性極振りなツナギ。

 グリップ抜群の革製グローブ。

 編み上げ式の古いブーツ。


 全身防備も万端。

 ワクワクをこらえ切れないらしい彼女は、箱型装置のT字ハンドルに手をかける。




「…………3スリー2ツー1ワン……発破はっぱァ!」




――ドガァアアァァアァンッ


 渾身の勢いでハンドルが押し込まれた瞬間。

 爆炎とともに



 少女は、ただただ呆気にとられていた。


 もうもう立ち込める煙が静かに消える。

 現れたのは、ぽっかりえぐれた大穴クレーター





 遅れること数秒。

 少女は飛び上がって喜んだ。


「やった~実験成功だっ♪」


 ツナギを上だけ脱ぎ、「ふぅ」と軽く涼んでから、邪魔な袖はザックリ腰に結ぶ。

 散らばる装置は魔法で雑に圧縮しポイポイ収納。替わりに取り出した二輪駆動装置大型バイクにまたがると、炎陣エンジン音をブオンとうならせ、一直線にすっ飛んで行った。







 すぐに爆発跡地に到着。

 ヘルメットを外し、ゴーグルを上げて観察開始。


「あっちもこっちも焼け野原。生えてた木も、住みついてた魔物も消滅したねぇ……うんうん。想定以上に炎上しまくり、いい感じっ♪ ……おや?」


 岩だらけの茶色い荒地を飛び回り、メモを取っていた少女は、に気付く。



 地面にささる短い棒。

 形状は地味だが、どう見たって人造物。



「……へぇ。さっきの爆発アレで原型留められる物質か……おもしろいじゃないのさ」


 獲物研究対象を前に鋭く光る真紅の瞳。


 キュッと手袋を引っ張り直す。

 棒の端を両手で掴み、力の限りに引き抜い――




――しゅぽん


「きゃッ?!」


 ワインのゆるゆるコルクを抜いたぐらい間抜けな音。

 勢い余った少女が尻餅をつく。


「あいたたァ……って、何これ?」


 上半身を起こす彼女の右手には、1m程の棒状アイテム。

 やや弧を描く形状。手元側だけ布が巻かれ、端から30cm弱には丸い金属板。残りは赤く塗られている。つまりは見慣れぬ工芸品バールのようなもの


 興味深げにガチャガチャいじくり回したところで、――左右に引っ張ると分割できる――に気付いた。


「バールじゃないな? ……ちぇっ、ソードかよ」


 布が巻かれた部分はつか

 赤い部分は筒状のさや

 中に仕込まれた細いやいば


「しかもさやごとグニャッと曲がった不良品じゃん。なぁんだ――」


 少女が剣を投げ捨てようとした、まさにその時。




! 


 響き渡るは




「……ソードが喋った?」

「拙者“陽紅ノ太刀ようこうのたち”はそぉどではござらぬ。由緒正しき日本刀じゃ!」

「ニホントーって何?」

「知らぬのかァ……」


 刀はちょっぴり肩を落とす。


「日本刀は、遥か遠き島国の刀剣での。最たる特徴は『折れず、曲がらず、よく切れる』でござる」

「そういう君、曲がってるけど?」

「こりゃ元からよッ。このもまたたぐいまれなる切れ味に欠かせぬ秘訣、いわば日本刀の真骨頂ぞ⁉」

「ていうか武器って普通喋んないよね。何で君は喋れるのさ?」

「良くぞ聞き申した! 何を隠そう拙者、まごうことなきでござるッ!」

「神話級? 何それ?」

「なッ! それも知らぬ、だとォ……」



 地面に倒れ込む刀。

 明らかに先の何倍もショックなようだ。



「……まぁ良い、教えてしんぜよう。並の武具では自ら動き喋るなぞ叶わぬが、道を究めしたくみさくなら話は別よ。卓越せしわざたくみが命を燃やして生みし武具ともなれば、時に神より使を賜る事があっての。それこそであるッ!」

「へぇ。道って究めるとそんなコトできるんだ」


 静かに興味を示しつつ少女は質問を続ける。


「君の使命って?」

「選ばれし勇者殿と共に、この世を破滅へ導く悪しき者……即ち魔王および配下の魔物共を倒し、天下泰平を実現致すことでござる」

「うわぁ~大変だねぇ」

「という訳にて本日より宜しくお願い致す、殿

「勇者? どこにいるの?」

「またまたァ~冗談きついでござるよ勇者殿ッ。殿に決まっておろう!」

「……は?」


 ぽかんと固まる少女。

 一方、刀はウキウキ話を進める。


「いやはや勇者殿をお待ち申して早100年。ようやくこの時が参ったと思うと感慨深いでござるなァ~~。して、勇者殿の名は?」

「アッシェ・フリーエンだけど……ってか何であたしが勇者なわけ?」

「貴殿は拙者を抜いたであろう。古来より『聖刀を抜きし者こそ勇者』と――」

「あ~そういうのパス。他あたって」

「なッ……」



 今度は刀が固まり、打って変わって慌て出す。



「……な、な、何を言うか勇者殿ッ⁉ そもそも勇者とは限られた者しか賜れぬ栄誉ある称号で――」

「やだよぉめんどい。それにあたし他にやりたい事あるし」

「そッ、それは天下泰平より大事でござるかッ⁉」

「当然っ♪ 少なくともあたしには“爆炎道ばくえんどう”を究めるほうが大事だよ!」


 自信ありげに少女が胸を張った。


「あいや待たれよ。爆炎道とは?」

「えっとぉ、魔炎具アーティフレイムは分かる?」

「詳しくはござらんが……炎由来の魔法を発動する装置の総称、よな?」

「正解っ。魔炎具アーティフレイムには目的にあわせた炎陣エンジン、つまり炎の魔法陣が組み込んであって、魔力を流すと魔法を発動する仕組みなのさ」


 とアイテムを並べ始める少女。


「……まずは腕輪ブレスレット型の魔炎具アーティフレイムで、物質を圧縮して持ち運びやすくするんだ。こっちは二輪駆動バイク型で、高速移動できる乗り物だよ」


 続いて取り出したのは、小型の球体と、T字ハンドル付きの箱。


「んで“爆炎道”は、この爆弾ダイナマイト型と起爆機構起爆スイッチ型の魔炎具アーティフレイムとかを使って『より美しく、より心に響く爆炎を目指し追求する道』ってわけ。あたしは爆炎道を究めるために旅してるんだ!」

「ほう、具体的には何を致すのだ?」

「人にもよるけど、あたしは1回1回の実験を大事に、ちゃんとデータ取って分析とかするタイプだよ。魔炎具アーティフレイムのアプデやメンテも欠かせないから、こまめに魔炎具専門店アーティフレイムショップを覗いて情報収集してる。爆炎って色んな要素が影響してて奥深いんだよねぇ……まぁでも基本はガンガン爆破あるのみかな」


「さすれば先の爆発も貴殿が?」

「そー! さっきのは自信作でさ~」

「確かに物凄い炎でござった」

「でしょでしょ♪」

「霊峰に加え、巣食いし魔物共をも一撃とは……あの凄まじき破壊力なれば魔王軍と渡り合えるでござる。やはり貴殿は勇者にふさわしき力を持つ逸材よ!」


 気持ちよく語っていたはずの少女が真顔に戻った。


「はァ? 勇者なんかやんないって言ってんじゃん」

「貴殿に拒否権はござらんよ」

「だからあたしは爆炎道で忙しいんだって!」

「勇者業も爆炎道も共に究めれば良い」

「ムリムリッ!」

「無理ではござらん。拙者が勇者殿を導くゆえ、大船に乗りしつもりで――」


 いらついた少女が、ぴしゃりと遮る。

 無言で魔炎具アーティフレイムを片付けると、乱暴に刀を掴み、二輪駆動バイクをふかして大穴から飛び出した。




 刀は安堵した。


 勇者アッシェは役目を拒んだ。

 だが結果として刀を旅路へ同行させた。


 しかも勇者アッシェの戦闘力は本物。

 魔物を一掃する破壊力を見るに、選ばれるべくして選ばれた存在だろう。


 跳ねるように疾走する二輪駆動バイクの上で爽やかな風を感じつつ、刀はまだ見ぬ冒険に想いを馳せ、胸を高鳴らせたのだった。







――チャリーン



「はいよ、銅貨2枚だ」

「さんきゅ~おやっさん」


 ムキムキ筋肉な大男が小銭を差し出す。

 受け取った少女は表裏を軽く確認してから、ひょいっと鞄に投げ込んだ。


 訪れたのは近隣の街の武器専門店。

 店に入るなり、手持ち品の売却を依頼したのだ。



 その傍らで刀は興奮していた。

 100年ぶりに訪れた街では、目にする全てが新鮮。

 武器屋では、端から端まで所狭しと武器が並ぶ光景に心奪われる。




「じゃよろしくね~」


 足早に店から去る少女。

 刀も後を追おうとするが――




「行かせねェよ!」


 ガシッと刀を掴む大男。


「何をするッ。拙者は勇者殿と旅する身、貴殿に構う暇など――」

「いんや、おめぇは今日から俺のもんだ」

「はッ……ま、まさか貴殿は魔王の手の者かッ⁉」

ちげぇよ。只の人間だ」


「ならば何故――」


「おめぇ、その殿にな」



 ようやくを把握した刀は、絶望の淵へ叩き落とされた。

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