第5話


 僕はイオリと共に次の目的地のつがる市へ走ることにした。僕は彼女との恋愛をどうするべきか、彼女を観察して理解を深めようと決めたのだ。

 僕らは林が茂っているのが見える田舎道を走った。林の近くは風の音だけが通り抜けていた。夕方になれば虫の声なんかも聞こえてくるだろうが、僕は田舎の閑散とした心地良い生活の音がたまに聞いて、(それは草刈り機や耕運機、トラクターなどが駆動する音だ)それらは僕の幼少期をたまに思い起こさせた。爽やかに風の中を走る少年時代だった。あの頃はまだ両親とも仲良く過ごしていた。親子や親同士のケンカなんかもなく(かといって今も両親は不仲というわけではないが)、全てが正常以上に素晴らしかった頃だった。僕は思わず微笑んでいた。全てが異常なものが入り込んでこない世界。平凡な素晴らしさ。何者にも汚されず傷つけられない世界。誰も入ってこられない美しい森林と風と太陽と新鮮な空気の世界。素晴らしい世界。

 僕はイオリにボイスカムなんかで話しかけたりした(一太郎先輩が準備してくれたものだ)。

「本当ね。素晴らしいわね。ザ・田舎って感じ」

 僕は彼女の言葉に笑った。単刀直入に言うとあまりにも曖昧な言葉だった。

 僕は林を横目で見ながら夕方まで時間をかけてつがる市まで行った。その間は精神安定剤の要らない、鮮明さを感じられる魅力的で神聖な世界がそこには存在した。僕らはボイスカムで他愛のない話をずっと続け、僕は彼女の事が一段と分かっていったような気がした。

 彼女は少し無遠慮なところが見受けられる。だがそれは純粋な心で伝えようとしているのでまるで少し実年齢より若い人間と話しているような感じがした。

 彼女はまだ子供らしいところがあり、なぜかは分からないが蒙昧な概念で僕を尊敬しているように思えた。恐らく少し大人しいところが僕にはあり、それが大人の男性として立派に見えるのだろう。もちろん僕はまだ大人らしい人格や資質をそなえていない。だが彼女には僕が多くの謎を抱えているように見え、ミステリアスな強さを持っていると考えてでもいるのだろう。

 僕らは一太郎先輩のつがる市の親戚の友人宅に泊まる事となった。静かな街だった。誰も僕らを知らない。少し僕らを迷惑がる田舎らしい雰囲気もあったが、旅人を尊重するような物好きな側面を持つ人々もいて、僕らにミカンやスポーツドリンクをおごってくれた。

 誰も僕らを知らないことは、僕らが地元の大学で行き交う人々をなんとも思わないのとは大きく違った。偏見というものが田舎では性質が大きく違う。田舎の人々は結局最後には受け容れてくれる。だが都会では僕らと生活を共にしようという意識が少しもない。田舎では助け合いの精神があると僕は思う。助けるべき人間かを問うような意識が田舎の人間には見受けられるのだ。

 僕が幼少の頃は僕もその田舎の町の一部で、誰もが僕を助けてくれた。そして僕も少しだけ助けただろう。大学生にもなって幼少の頃を何度も考えるのは幼稚かもしれないが、僕は子供に戻りたいと思う時が何度もある。全てが純粋で穏やかで清らかだった頃に。

 恐らくその気持ちは大人になっても思い起こされるのだと思う。

 僕らは一般的な広い土地の家に入った。田舎だから土地が安いらしく、多くの人が広い土地を持っていて、畑や田んぼを貸してお金を貰っている人もいるそうだ。

 その家の主人も一太郎先輩の叔父と同じくお金持ちだそうで、家の土地は百五十平方メートルもあるそうだった。庭には立派な松の木が何本も植えてあり、家の門は木造で豪奢な彫り込みがいれてあった。門だけで金持ちだと分かった。

 僕らは入るなり縁側が開けてある広くて清潔な客間に案内された。ここに男性陣が寝泊まりするらしい。

「他にも部屋はあるそうだけどここが手頃だそうだ」と一太郎先輩は言った。彼はこのような部屋を見るのには慣れているようで、僕らの緊張をよそにして淹れられたお茶を飲みつつ、茶菓子をボロボロとこぼしながら笑った。彼は少し馬鹿みたいに見えたが、頭も良いし、要領も良い。行動力もあるところを見ると金持ちの血筋は上手く伝達しているようだった。

 僕は茶をすすりながら庭の松を眺めた。それは日本的な伝統的な美によって育成されたようで、素人の僕が見ても立派な松と庭だった。空は青く、秋の夕暮れも同時に目に栄えて見えた。青とオレンジの色合いは田舎の新鮮な空気と美しい自然的な反応を作っていた。空が澄んでいる。

 僕らは夕食までの時間、一太郎先輩と親戚のおじさんと共に散歩した。まだ夕食まで一時間ほど時間があった。僕らは近所にある岩木山が眺められる田園地帯へと行き、そこで美しい雄大な自然の力を感じ、蒼い空から降り注ぐような清冷な空気で呼吸した。僕らに自然の恩恵を与えてくれていた。まるで世界が一つ同じところにある感覚がした。それは世界の自然がまだ力強く世界にエナジーを与えていることを意味していた。

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