名を残す
聖獣を倒して一月が経過した。奴の素材を使った聖剣は、まさに至高。当然、Sランクの聖剣として認定された。
最初は喜んだ。長年の目標がついに叶ったのだから、当然だろう。だが、それも長くは続かなかった。
これまでは、究極の聖剣を育てるという目標があった。ただ、がむしゃらに進んでいけば良かったんだ。だが、それを成し遂げた今、何を目指して生きればいいのか。それがわからず途方に暮れてしまっていた。
他の何かに生きがいを見いだすか。だが、俺はこれまで魔剣栽培に人生を捧げてきた。俺から魔剣栽培を取り上げて何が残るというのか。
「……そういえば、呪剣について研究したことはなかったな」
使用者の命を削る呪剣。出荷することもできないので、これまでは目を向けることはなかった。だが、聖獣との戦いで生き残れたのは、間違いなく呪剣のおかげだ。
「研究してみるのも、おもしろいかもしれないな」
おそらく、呪剣そのものを出荷するのは無理だろう。どんなに強力でも呪剣の特性は危険すぎる。しかし、他の魔剣と掛け合わることで、うまく利用できないだろうか。
そういえば呪剣から種を取ったこともないな。呪剣の種で聖剣を作るとどうなるんだろうか?
「……楽しくなってきたな」
さっきまでの虚脱感が嘘のように、試したいことが次々と浮かんでくる。やはり、俺には聖剣農家が天職なんだろう。
まずは呪剣の種を作らないと。呪剣の剣魂解放は試したことがないので、予想がつかない。とりあえず、人のいない北の山で試すとしよう。
■
「怪しい奴め! お前が魔王だな!」
呪剣の実験をしていると、見知らぬ男から声をかけられた。
誰が魔王か! と言いたいところだが、指摘されてみるとそう見えなくもない。呪剣を装備しているせいで、俺自身は禍々しい闇のオーラを纏っている状態。その上、周囲は草一本生えない、生命が死に絶えた不毛の地となっている。呪剣の力を引き出してみたら、周囲一帯から強制的に生命力を吸い出す効果だったのだ。人里で試さないで良かった。
「聖獣を殺害したのは貴様だな! 許さん!」
さて、どうやって誤解を解こうかと考えていると、男が聖獣について言及してきた。聖獣については誤解じゃないんだよなぁ。だが、それも究極の聖剣を作るためだ。俺が聖剣農家であることを明かせば、納得してもらえないだろうか。こいつ頑固そうだから、説得は骨が折れるかもしれない……。
……おや?
よく見れば、こいつが持っている剣こそ、俺が作った究極の聖剣じゃないか!
聖剣は国に献上され、勇者認定された若者に託されたと聞いている。とすれば、こいつが勇者か。
「やはりそうなのだな! 人々が慕う聖獣を討つなど言語道断! 俺が裁きを下してやろう!」
おいおい、何も言っていないだろう。それに聖獣が人に慕われていたなんて話、聞いたことはないぞ。手を出さない限り襲ってこないので、一応は崇めつつ距離を置く。それがこの辺りの住人と聖獣との付き合い方だ。
まったく面倒な奴に目をつけられてしまった。だが、同時にとある考えが頭によぎる。
こいつ、俺のことを魔王と呼んだよな?
ということは、だ。俺が魔王として討たれれば、俺の育てた聖剣は『魔王を討った聖剣』ということになる。武器というのは使われてこそ価値がある。魔王討伐という実績はこの上ない箔といえるだろう。そして、俺は魔王を討った聖剣の作り手として名を残すことができる。親父と同じように。
そういえば、親父が死んだのも、Sランクの魔剣を作り上げてそう間もない時期だった。親父の訃報を聞いたのと、親父の聖剣が魔王を討ったと聞かされたのもほぼ同時期だ。
……まさか親父も同じことを考えたのでは?
そう考えるとおかしくなった。
「ふっ……ふふふ……ははははは!」
「なにがおかしい!」
思わず漏れた笑いに、勇者が激昂する。お前を笑ったわけではないんだが……、まあ都合がいいか。
「いかにも、俺が魔王だ。聖獣を殺したのも、な。さて、勇者よ。お前に俺が倒せるかな?」
「当たり前だ!」
俺の言葉にまるで疑いを持った様子はない。いいじゃないか。さあ、仕上げといこう。『魔王を打ち倒した聖剣』を作るための最後の仕上げと!
勇者との戦いは激闘だったと言っていいだろう。無様に死んでは魔王討伐のありがたみが薄れる。全力を尽くして抗ったが、それでも最後に立っていたのは勇者だった。まあ、そもそも呪剣で命を削って戦っている状態なのだ。長くは持たない。
「まさか……この俺が……討たれようとは! おのれ、その聖剣さえなければ……!」
死に際の台詞はこんなものか。後々、勇者が「聖剣のおかげで勝てた」と証言してくれれば聖剣の価値も上がるんだが……。
まあいい。最後は死体を残さないように、自らに向けて剣魂解放の効果を発動する。生命力の枯渇した肉体はぼろぼろと崩れ落ちて原型を留めないだろう。魔王の正体を探ることはできなくなる。
すまないな、リサ。そして、まだ見ぬ我が子よ。だが、これで俺は……真の聖剣……
■
数年後。
とある街で博覧会が開かれた。数ある展示物の中で、特に人々の興味を引いたのは魔王討伐を成した聖剣だ。
「これが、お父さんの作った聖剣?」
「そうよ。お父さんはとても優秀な聖剣農家だったの」
聖剣の前で話をするのは母とその息子。息子が生まれたときに、父はすでに亡くなっていた。そのため、息子は父の姿を知らない。父がどんな想いで聖剣を作っていたのか。聖剣を作るとはどういうことなのか。彼は知ることなく育った。しかし、父の偉業は理解できる。聖剣を見た人々が口々に感嘆の声を上げ、父を称えるからだ。
これまで聖剣農家という仕事に興味を持ったことがなかった少年。だが、父への賞賛が少年に一つの決意を抱かせることになる。
「僕も聖剣農家になるよ! お父さんみたいに立派な聖剣農家に!」
少年の決意は果たして彼自身のものか。それとも血の宿業か。
いずれにせよ、歴史は繰り返す。
聖剣農家奮闘記 ~魔王を倒した聖剣ができるまで~ 小龍ろん @dolphin025025
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