Sランクを目指すには

 リサのおかげで定期的にユニコーンの糞を確保できるようになった。おかげで、聖剣の出来も安定している。


「やはり、ユニコーンの糞、聖水、白雪草が鉄板だな。この組み合わせなら安定してAランクの聖剣ができる」

「すごいじゃない。これで一流の聖剣農家ね」


 そう言って褒めてくれるのは妻となったリサだ。

 ユニコーンの糞について交渉をしているうちに何故かそういうことになったんだ。糞を確保してもらう報酬として、偶然手に入った指輪を渡しただけなんだが……。


 まあ、いいか。リサは単純な性格なので夫婦生活も苦ではない。きっと相性はいいんだろう。


「一流、か。そうだな……」


 Aランクの聖剣を育てることができれば一流。その認識は間違いではない。だが、真の一流と言えるのか。Sランクに至ってこそ、極めたと言えるのではないか。そんな想いが捨て去れない。


 Sランク――それはまさに究極の逸品に与えられる称号。ほとんどの聖剣農家には手の届かない領域だ。だが、親父はその数少ない例外だった。俺の親父は魔王を倒したというSランク聖剣を育てた伝説の聖剣農家なのだ。


「浮かない顔ね。どうしたの?」


 聖剣栽培を極めたいという想いはある。だが、そのためには貴重な素材が必要だ。それこそ伝説級の素材が。当然ながら、そんなものが簡単に手に入るわけがない。財を投げ打ち、危険に身を置く覚悟がなければ手にすることは叶わないだろう。


「いや……」

「嘘よ。本当はやりたいことがあるんじゃないの? Sランクの聖剣、目指したいんでしょ」


 普段はぽやぽやしているのに、妙に鋭い。いや、それだけ俺が未練を隠せていなかったってことか。


「そうだな。目指したい気持ちはある。だが、どう考えても無謀だ」


 独り身ならば博打に出ることも考えた。だが、俺はもう一人ではない。リサがいるし、彼女のお腹には新しい生命が宿っている。無謀な挑戦に身を投じるわけにはいかないのだ。


「ううん、自分の気持ちに素直になって。私は、夢に向かって努力しているあなたが好きなの」

「リサ……」


 俺は駄目な奴だ。リサの言葉が強がりだということは分かっている。だが、それでも俺は……夢を諦めることはできなかった。


「すまん、リサ。一度だけだ。一度だけ挑戦させてくれ」

「いいのよ、ケイン。ただ、必ず無事で帰って。約束よ」

「……ああ、約束だ」


 手元にある魔剣の中から出来が良いものを厳選して持ち出す。狙うは聖獣の心臓。聖属性の素材としてはこれ以上のものはないだろう。間違いなく難敵だが……それでもSランクの聖剣を育てるには避けて通れない。


 聖獣の住処は北の霊峰。頂上に向かう途中には聖獣を祀る祠があるので、そこまでは細いながらも道がある。だが、その先は道すらない。人を拒むかのように険しい地形。そして、牙を剥く凶悪な魔物。油断すれば命はない。だが、農業で鍛えた身体能力と丹精込めて育てた魔剣の力で少しずつでも確実に踏破していく。


 そして、ついに山頂へと辿りついた。


 少し開けた場所で寝そべるのは巨大な獣。思わず平伏したくなるような雰囲気がある。これが神々しさなのだろうか。矮小な人の身で、討ち取ることは不可能ではないか。思わず、そんな弱音が出てしまいそうになる。


 だが、それでも引き返すつもりは毛頭なかった。運が良いことに聖獣は眠っている。この絶好の機会を無駄にするわけにはいかない。


 先制でありったけの攻撃を叩きこむ。そうすればいかな聖獣とは言え、押しきれるはず。分析というよりは願望に近い推測だが、そう信じるしかない。


 聖獣戦の切り札として残しておいた魔剣。それらを地面に突き立てて並べる。いずれもSランクには到達していないが、それに迫る出来だ。これらを全て使い潰すつもりで、間断なく責め立てる。


「剣魂解放――インフェルノ!」


 炎の魔剣を発動。聖獣の直下はゴポゴポと音を立てる灼熱の溶岩地帯へと変化する。幾つもの炎の柱が噴き上がり、容赦なく巨獣を焼いた。凶悪な魔物でもまず耐えきれない苛烈な攻撃。その結果を見届けることなく、次の魔剣を手に取る。


 まだだ。まだ足りない!


 なかば強迫観念のように魔剣を次々と使い潰し、強力な攻撃を叩きこんでいく。耳をつんざく轟音と巻き上がる砂埃。すでに奴の生死も確認できないような有様だ。


 用意した魔剣の大半を使い切ったところで、ようやく手を休めた。これだけ一方的に攻撃し続けたのだ。聖獣といえども、仕留められたはず。


 だが――それでも奴は生きていた。すでに満身創痍。だが、それでも弱々しさを感じさせない。奴を支配しているのは怒りだ。もちろん、その矛先は俺に向けられている。


 怒りの咆哮が大地を揺らす。その直後、聖獣は俺に向かって飛びかかってきた。


 まずい……!


 身体能力ではどうあがいても勝てない。奴の攻撃を一度でも食らえば、それだけで致命傷だ。出来れば使いたくなかったが、手段を選んでいる場合ではないか。


 俺が手にしたのは呪剣。黒い靄のような禍々しいオーラが俺の身体からゆらゆらと立ち上っている。Aランク相当の呪剣は身体能力を大きく引き上げてくれるはずだ。その代償として、俺の命を急速に吸い上げていく。悠長にしていれば、聖獣ではなく、呪剣に殺されることになるだろう。


 ギンッと甲高い音を立てる呪剣。聖獣の爪の一撃をどうにか弾いた。これならどうにか戦える。とにかく、聖獣の攻撃をさばき、わずかな隙を見つけて斬りつける。


 呪剣によって、俺の命が刻一刻と削れていく。だが、それは奴も同じだ。あれほどの傷だらけの身体で激しく動き回れば長くは持たないだろう。倒れるのは俺が先か、奴が先か。


「ぐっ……!」


 何度か切り結んだところで、奴の攻撃を捌き損ねた。どうにか防御は間に合ったが、不安定な体勢で攻撃を受けたため、俺の体は勢いよく吹き飛んだ。その拍子に手放したのか、呪剣も失ってしまった。


 状況は悪い。それでも運は尽きていないようだ。すぐそばに未使用の魔剣が落ちていた。それを引き寄せて、隠すように抱え込む。俺もそうだが、奴だって死にかけだ。至近距離で魔剣の力をぶつけてやれば、奴を倒せるかもしれない。


 聖獣は知恵ある獣。だが、その知恵は油断にも繋がるはずだ。

 矮小な人間と聖獣。その両者が曲がりなりにも渡り合えたのは呪剣のおかげだ。呪剣のオーラを失った俺は無力な存在。怒りにまかせて引き裂けば、簡単に息の根を止められる。聖獣にそれがわからないはずがない。


 来い!

 死にかけた人間を警戒するなんて、らしくないだろう?


 祈るように願うように、奴が近づいてくることを待ち続ける。だが、その瞬間はやってこなかった。いや、それどころか、奴は目を閉じたままピクリとも動かない。


 もしかして、力尽きたのか?

 念のため、拾った魔剣の力を引き出し、放つ。烈風の刃が巨躯に傷をつけるが、それでも聖獣は反応を見せなかった。どうやら本当に死んでいるようだ。


「……勝ったか」


 ずいぶんとあっけない幕切れだ。おそらく剣魂解放による怒涛の攻撃で奴の生命力も底を尽きかけていたのだろう。あの時点ならまだ逃げるという選択肢もあったはずだが、そうしなかったのは奴の意地だろうか。いずれにせよ、そのおかげで俺は勝利を掴めたわけだ。


「ふふ……ふふ、ははは……これで究極の聖剣が作れる!」


 ようやく訪れた勝利の実感に思わず笑いがこみ上げる。こいつの死体があれば素材には困らない。おっと、早く素材を確保してしまわなければ。この手の素材は鮮度も重要だ。この場で肥料に変えるために道具も持ってきている。死にかけた状態での作業は酷い苦行だが、それでも究極の聖剣を作るためだ。

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