第3章〜クリスマスツリー〜
次の日の早朝。
だいぶ疲れも取れたようだった。
まだかなり早い時間だったので、昨日入りそこねた風呂に入ってから動き出すことにした。
「一緒に風呂に入ったこともあったな...」
すっきりしたあと、濡れた髪にタオルをまといながらスマホをチェックした。
母から昨日のメールの返信が来ていた。
このイルミネーションが栄えている場所は
端伊瀬戸はこの国を代表する大都会だ。
だが、実家からはかなり距離はあった。
とてもじゃないが学生が思いつきで行けるような距離ではない。
だが、僕は迷わなかった。
すぐさま出発の準備をして、ホテルを飛び出していく。
もう2日は実家に戻れないだろう。
新幹線も予約はしていない。
だが、今すぐ行く以外に選択肢はなかった。
今の季節は夏真っ只中で、イルミネーションなんか光っているわけがない。
それでももう少しで全て思い出せそうな今、行かない手はない。
気づけば走り出していて、さらに気づけばもう新幹線に乗り込んでいた。
◇
約1時間半、実家とは逆の方向に新幹線に乗って向かっている。
端伊瀬戸に着くまでカメラのイルミネーションの写真を眺めていた。
やはり1時間半という時間はすぐに経って、端伊勢戸に足を踏み入れた。
この3日間、指輪と国内を飛び回る2人旅。
ここがその最後になりうるのだろうか。
とりあえず多すぎる人の流れに乗って歩いてみることにした。
この季節はイルミネーションがやっていないとはいえ、あの写真の奥に写っていたクリスマスツリーが立っていた場所くらいは見つけられるはずだ。
これほどの通行量だ。
街を歩く人に聞いてみればクリスマスツリーがどのあたりにあったのかはすぐに分かるだろう。
でも、この場所は自分の力だけで見つけ出さなければ行けない気がした。
水族館のときのように本能が忘れていないはずだ。
ここは他の所よりも一際大事な場所な気がする。
本能が忘れていない、と確信できる。
なぜなら不思議と先程から一度も足が止まらないからだ。
人の流れに流されているだけじゃない、自分の意志で歩みを止めていない。
というよりこの指輪に導かれている気がする。
もうかなり歩いたが、疲れは感じていない。
◇
さらに歩みを進めて数十分。
汗が流れていることに初めて気づいたと同時に一際大きな大通りに出た。
そこで初めて足を止めた。
もしかして、と思ったがこの位置からだと分かりにくい。
場所を移動して、その風景の捉え方を変えてみる。
やっぱりだ。
思っているより早く見つけられた。
絶対にここだ。
だが、なにも思い出せない。
ただただ車が次々に僕を追い越していくだけ。
でも不思議と移動する気は起こらなかった。
今度は指輪に『ここで待て』と言われているように感じた。
その場でただ佇んでいる僕に向けられる視線が徐々に増えていくが、それでもただ立ち尽くし続ける。
1時間が経った。
流石に足が疲れてきたし、ちょうど昼時でお腹も空いてきた。
幸い、近くに座れるところと、自動販売機があったのでそこで休むことにした。
ここで持つことになにか意味があるかもしれない。
指輪に連れて来られたも同然のこの場所は確実に僕と愛衣に間に、何かがあった場所なんだ、気長に思い出すのを待つしかない。
なにかを必死に思い出そうとしながら、スマホをいじりつつ、思い出せるタイミングを待つ。
座り始めてからすでに3時間経った。
徐々に空の色が青からオレンジへと変わり始めている。
それでもまだ何も思い出せない。
さらに2時間。
すっかりオレンジで空が埋まってしまった。
人の流れも風景の色も相まってか緩やかになってきているような気がした。
まだ僕の記憶には変化はなかったが。
◇
さらに2時間。
オレンジも終わり、ついに夜になってしまった。
流石になにも思い出せなくて疲労が溜まっている。
お腹の減り具合もそろそろ限界に近い。
今日は諦めて近くのホテルを探そうとした。
次の瞬間、僕の左手の薬指にはまっている指輪が写真のイルミネーションよりもさらに眩しく、鮮やかに何かを思い出させるように確かに光輝いた。
だが、今回は何も思い出せない。
その代わりにその光に導かれるように再び歩き始めていた。
周りの人達にはこの光は見えていないようだったが、目がやられそうなくらいに確かに光り輝いている。
その光に導かれてたどり着いたのはクリスマスツリーが立っていたであろう場所の目の前だった。
なぜだか分からないが、その場所の地面に無意識に左手を重ねようとしていた。
重ねてみると指輪の光が光度をあげて、僕を飲み込んできた。
◇
『今日はありがとうね。』
『クリスマスに愛衣とここに来られて僕も嬉しいよ。』
『イルミネーション、きれいだね。』
『うん。』
『なんか時間が止まったみたいな気持ちになるね。』
『なんだそれって言いたいところだけどなんか分かる気がする。』
『あのね、プレゼントがあるんだよね。』
『えっ?ほんと?』
『うん。はい。』
『なにこれ?』
『開けてみて。』
『分かった。』
『指輪?』
『そう。どうかな?』
『うん、ありがとう。』
『ちょっと反応薄くない?』
『いや、嬉しいよ。ほんと。』
『じゃあ、なんでケースに戻しちゃうの?』
『小さいし、落としたらまずいと思って。』
『付けたら落ちないよ!!』
『なに怒ってるんだよ。』
『だって、だって、だって!!』
『嬉しいって言ってるんだから何も怒ることないだろ!』
『喜んでない、さっきから葉月くん全然喜んでくれない!!』
『顔に出てたか?しょうがないだろ、正直別にいらないって思っちゃったよ!!』
『やっぱり喜んでないじゃん!!』
『もっといいものかなって期待しちゃったんだよ! じゃあ、出てきたのはあんまりファッション詳しくないのに指輪っていらねぇよ!!普通に。』
『もう知らない!!そんなひどいこと言う人だとは思わなかったよ...』
『どこいくんだよ!』
泣いてるじゃねぇかよ。
どうしたら良かったんだよ。
こんなこと初めてだ。
全然追いつけない。
なんであんなに足速いんだよ!
待てよ!!
『おい!そこは信号機ないから左右ちゃんと確認しろ...』
おいおい急に横に変な格好で飛ぶなよ。
そんな道路の真ん中で寝てたら危ないぞ。
服にケチャップいっぱいつけちゃってさ、オムライスでも食べたのか?
なぁ、起きろ。
おい!
『起きろよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!!!!』
僕の前には血まみれで骨が繋がっていないような腕のまま寝転んでいる愛衣、横には愛衣を跳ねたであろう車とその運転手、周りには救急車を呼んでくれているであろう女性を含む第3者たち。
ただ呼びかけることしかできない僕は後悔の嵐で吹き飛ばされそうになっている。
僕がちゃんと喜べていたら今頃2人で楽しく笑えていただろう。
初めての喧嘩をしてしまったせいで最後の会話になってしまった。
なんであんなに怒ってしまったんだろう。
愛衣は僕が殺した。
救急車の音が近づいてきた。
愛衣は運ばれていく。
◇
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!!!!」
すべて思い出した。
愛衣と出会ってからのすべてを。
愛衣のことを忘れていたのは自分の後悔から逃げるためじゃないか。
自分の失敗を、過ちを、なかったことにするために真実から背を向けるように愛衣という大好きなはずの人の記憶を消し去った。
最低じゃないか。
目の前で大好きな人が自分のせいで死んだ。
そんな事実から逃げたくなるのも分からなくはない。
だが、本当に逃げることは許されない。
なのに逃げてしまった。
後悔と自分の愚かさで一生分泣いている。
この愛衣を巡る旅行の間で泣きまくったが、今回のは別格。
疲れても疲れても無限に涙がこぼれて、無限に叫ぶ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!!!!!!」
この事実を思い出してしまった僕はもう一度逃げてしまいたくなる。
でももう逃げない。
向き合うと決めたから。
愛衣ともう一度出会えたから。
存在をなかったことにしたくないから。
来ヶ谷家でダラダラしたこと、水族館で告白したこと、それが成功してたくさんデートをしたこと、一緒にイルミネーションを見たこと。
全部全部楽しくて、心地よくて忘れたくないから。
向き合うから、だから今だけは思う存分泣かせてくれ。
素直に指輪を喜べなかったことを謝らせてくれ。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっっ!!!!!」
「ごめん。ごめん。ごめんな、愛衣...」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ...」
そのあと何時間そこで泣き続けただろうか。
もう遠くは見えないほど暗くなってしまった。
二度と泣けないくらい泣いて、二度と声がでないくらい叫んだ。
もう泣かない、叫ばない。
大好きな人を目の前で失ったことより辛いことはないはずだから。
近くのホテルを探しながら歩く。
信号のない交差点をしっかり左右を確認してから渡る。
今日は早いところ寝て明日に備えたい。
僕にはやらなければならないことがある。
この大好きな人を巡る旅行の最後の目的地はあそこだ。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます