第2章〜仁摩寄水族館〜

 次の日、仁摩寄水族館は遠いので一泊するつもりで準備を整えて朝の9時には実家を出た。

 もちろん左指には忘れずに指輪をつけている。

 10時くらいに新幹線に乗り込んでそこからさらに2時間くらいかかる。

 以前にも訪れているということはその時は2人で泊まったのだろうか。

 そんなことも着いたら思い出せたらいいな、考えながら新幹線に揺られている。

 途中のどが渇いたので機内販売で緑茶を飲みながら、カメラを見返している。

 この前見たときも思ったが、このイルミネーションに囲まれている愛衣の写真があまりのも神々しすぎる。

 こんな女神のことを忘れてしまっていた僕が信じられない。

 普通こんな写真をカメラに収めた暁には忘れたくても忘れられないくらい目に焼き付くはずだ。

 「なんで忘れてしまったんだろう...」

 

 ◇

 

 カメラのデータを見ながら乗る2時間はそれほど長いとは感じなかった。

 時刻は12時過ぎ、ちょうど昼時だ。

 駅の近くにあった蕎麦屋に入ることにした。

 

 しっかり平らげて元気を蓄えた僕は水族館に向かう前に、予約していたホテルのチェックインだけ済ませてしまうことにした。

 そんなに高くないホテルの2人部屋を予約していた。

 部屋の鍵をもらって水族館に持っていく必要のない荷物をおろしてすぐにまた外に飛び出した。

 水族館からそんなに離れていないホテルを予約していたので移動には困らなかった。


 仁摩寄水族館にまよりすいぞくかんに着いた。

 着いてからは流れるように親子連れの列に紛れてチケットを購入していく。

 無事購入できたので次は入場口の列に並ぶ。

 夏休みなだけあって、なかなかに混んでいるが、そこまで苦痛を感じる程ではなかった。

 スタッフの方にチケットを見せて入場できた。

 そこにはものすごい数の魚たちがひらひら泳いでいて、圧巻だった。

 ただ、魚がすごいだけだった。

 僕は魚を探しに来たんじゃない。

 魚を一緒に見たはずの愛衣との思い出を探しに来んだ。

 ここに来てなんの収穫もないのは予想外だった。

 もう帰ろうと思い、歩いた通路を引き返そうとしたが、一方通行の標識が目に入ってきた。

 一周はしないと行けないらしい。

 サメ、名前の分からない小さな魚、カニ、ペンギンなど色々な海の魚が泳いでいるのを見ていると癒やされるということを今になって実感する。

 「そろそろカクレクマノミとかが展示されているところか...」

 そう無意識につぶやくと、予想が的中し、そこにはカクレクマノミのような色鮮やかな魚たちが泳いでいた。

 なんで分かったんだ?

 やはりこの水族館には僕と愛衣にとって忘れてはならない出来事があって本能でこの場所を少し覚えていたのか?

 頭をフル回転させてもう少しなにかないのか、と熟考しながら館内の徘徊を継続する。

 するとすぐにカップルの行列が目に飛び込んできた。

 何に並んでいるのか分からないが、何故かカップルに紛れて1人で吸い込まれるように並んでしまった。

 カップルじゃない僕が並んでいるをのみて、周りの客はクスクスと笑っているが気にしない。

 自分の前に人がどんどんいなくなって、やっとなんの列なのかが分かった。

 どうやら、自分たちの番が来たときにちょうどジンベエザメが後ろを通って、見事スリーショットを撮影できたカップルは永遠に結ばれると言われているらしい。

 もちろん全組きれいなスリーショットを撮ってもらえるようになっている。

 僕の一つ前のカップルの撮影が終わった。

 僕の番だ。

 1人の僕に対しても丁寧に対応してくれるスタッフ。

 「いい出会いがあるといいですね。」

 優しさから出た言葉なのだろう。

 「ありがとうございます。」

 「では、撮りますね〜。」


 カシャッ

 

 その音に合わせてフラッシュが起こると同時に、昨日と同じように左薬指の指輪が光ったような気がした。


 ◇


 『大きね〜、ジンベエザメ。』

 『そうだな。』

 『その分水槽も大きいから私達がちっぽけな存在に思えてくるね。』

 『本当にちっぽけなのかもな。』

 『うわ〜めちゃくちゃ近いところまで来たよ〜』

 『うおっ、口開けたぞ。でかいな〜。』

 『良かった。』

 『え?何が?』

 『葉月くんが以外にも楽しそうにしてて私とっても嬉しいよ。』

 『当たり前だろ?』

 『私がここまで明るくなれたのは葉月くんのおかげだから、今日は私の中でその恩返しっていう裏テーマもあったんだ。』

 『・・・・・』

 『どうしたの?葉月くん。』

 『だったらさ、僕のお願い1つ聞いてくれるか?』

 『可能な限りね?』

 『・・・・』

 『葉月くん?』

 『好きだ!!愛衣!!!』

 『いや、えっ!!』

 『僕と付き合ってくれ!!』

 『葉月くんっ!声大きいって!!』

 『ごめん。 でも本当に好きなんだ。こんなに人を好きになったこと今までになかった。 このジンベエザメにも、この水槽にも負けないくらいの大きな愛がちっぽけな存在の僕から溢れ出てる。だから...』

 『もう...恥ずかしいから...』

 『だめかな?』

 『ダメなわけない!!私はこの水槽より大きい葉月くんの愛よりも大きな愛情が溢れてるもん!!』

 『それって...』

 『だから、だから、喜んでっ!!!!!』

 パチパチパチパチパチパチ

 『すっかり目立っちゃったね。私達。』

 『でもこの拍手、めちゃくちゃ心地いいけどな。』

 『同感だよ。』


 ◇

 

 「お客様?撮影終わりましたよ?」

 「あ、あの、この言い伝えっていつからあるんですか。」

 「あー、意外とそんなに昔からあるわけじゃないみたいで、確か3年前くらいからだと思いますよ? なんでもこの水槽の前で高校生が熱い愛の告白をしたとか。」

 「あーはい。そうですね。」

 「そうですね?」

 「気にしないでください。」

 思い出した。

 僕と愛衣が友達から”恋人”になった瞬間と、その後の楽しかった2人の思い出を。

 この水槽の前で僕が愛衣に人生初の告白をした。

 当時のことを鮮明に思い出して、今とっても恥ずかしいくて顔を赤くしているはずなのに僕は泣いていた。

 昨日と同じように大粒の涙が次から次に頬を伝う。

 今の僕が周りからどんなふうに写っているかは分からない。

 独り身でカップル用のコンテンツに参加して虚しさのあまり泣き出した、と思われているかもしれない。

 それでも泣かざるを得ない。

 涙が止まらない。

 ジンベエザメの水槽から離れながら泣き続ける。

 この水族館の告白を引き金に2人でご飯を食べたり、遊園地でジェットコースターに乗って叫び散らかしたり、映画を観てきれいな涙を流したり、愛衣の家でただゴロゴロしたり。

 とても幸せな日々を大好きな人と過ごしたことを思い出しながら歩く。

 そしてその楽しい日々をともに過ごした大好きな人がもういないという事実に2年の時をまたいで今になって気づき、心臓が壊れそうになりながら歩く。 

 出口をくぐって外に出た。

 気づいたらもう夕方になっている。

 あのときはもっと暗くなってたな。

 でも暗い空を2人でルンルンと仰ぎながら新幹線に乗り込んだ。

 だから以前来たときは日帰りだった。

 僕の涙は枯れてしまった。

 恋人関係になった愛衣との日々を思い出しながら泊まる予定のホテルを目指す。

 生力を失ったようにフラフラと歩いているが、どこかスッキリした気分でもあった。

 「こらー!!ちゃんと歩け!」

 おっと自転車に轢かれそうになってしまった。

 疲れてるんだな。

 早くホテルで休もう。

 

 ◇


 ホテルに着いた。

 部屋のベッドに横たわりながら例のカメラの写真を見返している。

 高校2年のときの写真が多かった。

 夏にプールに行った写真、秋に紅葉狩りに行った写真、他にも休日に大型ショッピングモールに行った写真、どれもこれも思い出せる。

 写真を変えるたびに言葉では表せない気持ちになってしまう。

 でもどうしても1枚だけ思い出せない写真があった。

 ”イルミネーションの写真”

 カメラに残っている写真で一番新しいこの写真だけは思い出せない。

 ここはやっぱり都会か。

 これほど派手にイルミネーションを光らすのは都会としか考えられない。

 実家から行ける距離でクリスマスシーズンに派手に点灯させる場所。

 かなり絞れそうな気がする。

 母親に聞いておこう。

 母にメールを送って今日はもう寝ることにした。

 あともうちょっとですべてを思い出せる気がする。

 指輪に視線を向けて一言いった。

 「おやすみ、愛衣。」

 

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