第1章〜ご家族〜
昨日の夜、カメラの写真の中から僕と愛衣ちゃんと愛衣ちゃんの両親が風情ある和室で低い机を囲みながらお茶を飲んでいる様子を収めた写真を見つけた。
この写真を母に見せると、撮影者が僕の母であることも分かった。
僕と愛衣ちゃんをきっかけに両親も仲良くなってよく家に招待してもらっていたと教えてくれた。
さっそく母にこの家の場所を聞き出して、今日、和のオーラが際立つこの家を訪ねようとしている。
2年間も娘をほったらかしにされていたんだ。
怒られる覚悟はできている。
でもやはり緊張はしてしまっていて、インターホンを鳴らそうとする指がもう目と鼻の先でまで来ているというのに震えてなかなか押そうとしてくれない。
「そこにいるのはもしかして、葉月くんかい?」
背筋がびくっとした。
僕の名前を呼んだほうを振り返るとそこには写真に写っていた愛衣ちゃんのお父さんらしき人が赤い花を一輪持って立っていた。
「は、はい。」
僕の弱々しい返事をきいたあと、ほんの一瞬瞼を閉じてから僕の横をすれ違って行った。
「入りなさい。」
ドアに鍵を差し込みながらその人はそう言った。
僕は失礼します、ひと声かけてその人に続いてドアをくぐらせてもらった。
「おかえりなさい。」
その言葉が聞こえてきた部屋の奥を見やると、そこには写真に写っていた愛衣ちゃんのお母さんらしき人がいた。
「は、葉月くんっ...」
向こうが僕の表情を捉えた瞬間、口を両手で覆って泣き出してしまった。
申し訳ない気持ちになりながらも、僕は何もすることができなかった。
「とりあえず座りなさい。」
お父さんにそう指示されてこれまた写真に写っていた低い机をお父さんと挟むように座らせてもらった。
お母さんは僕達の前に冷たいお茶を出してからお父さんの横に座る。
「早速だが、葉月くんのようすを見るにまだはっきりと思い出せていないことは分かった。」
険しい顔を見せながらそう言ったお父さんだったが、お茶の一口飲んだあとの表情はどこか嬉しそうな顔をあらわにした。
「でも、君がこうやって再びここに来てくれたってことは愛衣とのことを思い出そうとしてくれてるってことでいいんだよね。」
「はい。愛衣さんと過ごした日々を思い出したいです。」
僕はそう言いながら左薬指にはまっている指に目をやった。
それにつられてお2人も僕の目線を追いかけてきた。
「そ、その指輪って...」
お母さんが食いついてきた。
「はい、僕が愛衣さんからもらったものだって母が教えてくれました。」
「ええ、知ってるわ。だってその指輪あなたに『プレゼントしたいんだけど何がいいか分からなくて。』って私に相談してきて一緒に買いにいった指輪だもの。」
「そうだったんですか...」
お母さんは再び泣き出した。
「すいません。何も覚えてなくて。」
こんなに大切な思い出も忘れてしまっている自分がとても情けなく思えてくる。
「少しでも君がなにかを思い出せるように愛衣の話をしようか。」
「ぜひ、聞かせてください。」
お父さんの提案に少し食い気味で答える。
「あの子はシャイな子だった、君と出会うまでは。 中学生の頃は友達も2,3人ほどしかいなくて、男の子には嫌悪感すら抱いているようなそんな子だった。 でも高校の入学式に愛衣にとっての転機が訪れた。 最初の自己紹介のとき、人見知りだったあの子は自分の番になってもなかなか喋りだすことができなかったらしい。 でもそのとき愛衣の後ろの席に座っていた君が『落ち着いて?』と書かれた小さな紙を回してきた。その手紙のおかげで何事もなく普通に自己紹介ができたって帰ってきてからとても感謝していたよ。」
お父さんがお話を聞かせてくれているうちにお母さんが1枚の小さな紙を持ってきた。
「これ、その時からずっと大切に秘密の宝箱に入れていたのよ。」
その小さな紙を左手で受け取ると、指輪が連動して光ったようなさっかくに陥った。
『落ち着いて?』
くしゃくしゃになって文字も少し薄れてはいるが、そこには確かに僕の字でそう書かれていた。
その文字を目に映すと同時に忘れていた記憶が少し蘇ってきた。
◇
『あの、小林葉月くんだよね?』
『え? うん。』
『入学式はありがとうね。』
『あー、そんなこと大したことないよ。』
『どうしてもお礼を言いたかったの!』
『本当に別にいいのに。』
『ねぇ、私の高校生活を彩るための友達第一号になってよ。私の名前は...』
『来ヶ谷愛衣、だろ?』
『正解!覚えててくれたんだね。よかったら今から一緒にお弁当食べない?』
『乗った!僕もワイワイしながらご飯を一緒に食べてくれる友達探してたところだ。』
『決まりだね!』
『あー、やべっ、割り箸落としちゃった。』
『もしかして葉月くん、私が可愛すぎて緊張しちゃってる? この割り箸使いなよ。これは私が捨てといてあげるね。』
『悪い、ありがと。』
◇
これだけじゃない。一緒に登下校したことも、文化祭を回ったことも”友達としての”来ヶ谷愛衣の記憶が蘇ってきた。
気づくと僕の頬には涙が伝っていた。
「少しはなにか思い出せたかな。」
お父さんの問いかけに僕は泣きながら何度も何度も頷いた。
「あと秘密の宝箱にこんなのも入っていたわよ?私にはなんでなのかさっぱりだけど。」
お母さんの手には割り箸が握られていた。
「こ、これは...」
僕の涙はさらに加速して止まらなくなってしまった。
あのときの割り箸捨ててなかったのかよ。
少し落ち着くまでご家族の2人はただそっとしておいてくれた。
「もう落ち着いたかい?」
「はい、ありがとうございます。そして、おめでとうございます。」
僕の最後の言葉にお2人は目を見開いた。
「愛衣さんのお誕生日、おめでとうございます。」
今日、7月30日が愛衣の誕生日だということも思い出した。
お父さんが赤い花を買ってきていたのは愛衣への誕生日プレゼントなのだろう。
「それも思い出したのか...」
2人とも泣いていた。
僕はそれをただ見守っていた。
◇
それからもしばらく愛衣の話を聞かせてもらっていた。
すっかり日もくれてしまった。
僕は奥の部屋にあった愛衣の仏壇に両親から許可をもらってお参りをさせてもらう。
「今日は本当にありがとうございました。まだ完全に愛衣さんとのこと思い出せたわけじゃないのでもっといろんな場所にいってみようと思います。」
「またお参りに来てやってくれ。愛衣もきっと喜ぶ。」
僕は深く頷いく。
「そうだ、少し遠いけど
「あっ、僕も水族館には行ってみようと思ってました。」
お母さんの提案に共感したあと、僕は挨拶をして来ヶ谷宅を出た。
今日思い出した愛衣との思い出は本当に大きい。
この調子で絶対全部思い出してやる。
明日は水族館に行こう。
そこでなにがあったのかは正直まだ何も思い出せない。
でも行ってみることに意味があるはずだ。
カメラのデータの中にもそこで撮ったであろうツーショットも何枚かあった。
僕と愛衣にとってかけがえのない場所であることは間違いないはずだ。
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