第24話:牛飲馬食
アバコーン王国暦287年5月27日ハミルトン公爵領野戦陣地・美咲視点
「女公爵閣下、カニンガム王国とウェストミース王国にいる味方が蜂起したとの知らせが届きました!」
「敵は反乱鎮圧のために夜陰に乗じて帰国するはずです。
功を焦って追撃をしないように厳命してください。
追撃は夜が明けてから、軽騎兵だけにやらせるのです」
「はっ!」
エマがカニンガム王国軍と対峙している軍からの伝令に命じています。
私が複製体、ミサキに憑依しているので、エマは自由にやれるのです。
自由にとは言っても、とても限られた自由です。
女公爵となったエマには大きな制限があります。
言葉遣いを改めたのもそのためです。
今までのような令嬢言葉では、愚か者に舐められてしまいます。
公爵家の当主が舐められていい事など1つもないそうです。
ですので、女公爵にふさわしい言葉遣いに変えたのです。
「騎士団長」
「はっ!」
「騎士団には馬の息が上がらないような速度で追撃させる」
「はっ!」
「傭兵団長」
「はっ!」
「重装備の傭兵には同じように余力をもって追撃させる」
「はっ!」
「軽装備の騎兵には、戦意を失くして逃げ損ねた者への攻撃を禁じる。
敵の主力に追いつき、主将の首を取ってもらう」
「はっ!」
「報酬は約束通り払うから、雑兵は殺さず捕虜にしてくれ。
労働力は多ければ多いほど役に立つからな」
「おまかせください、身代金の取れる貴族や士族も捕虜にして見せます」
「それは約束通り傭兵団の好きにすればいい。
私は身代金交渉に手間がかかる人質など不要だ。
何より潜在的な敵を本拠地に抱え込む気はない。
領都や都市以外の傭兵団の拠点で抱えてくれれば助かる」
「お金よりも安全でございますか?」
「万が一、人質が誓約を破って逃げ出し、城門を開くような事があれば、領都や都市の民が殺されてしまう。
領民の命に比べれば、身代金などゴミと同じだ」
「……人質は山奥にある拠点にとじ込めさせていただきます」
「ああ、そうしてくれ。
万が一にも、小さな町や村の領民が殺されるような事があれば、私は怒り狂ってしまうだろうからな」
エマが百戦錬磨の傭兵団長を脅かしています。
傭兵団長もエマの事を舐めていたわけではないでしょうが、それでも、どうしてもうら若い令嬢という事で、戦士として見下す感じがありました。
ですが、エマの身体は身体強化の負荷で、想像を絶する強さになっています。
私が使っていた時の実感で言えば、騎士団や傭兵団の誰にも負けません。
それどころか、100人抜きすら息も乱さずにやれるでしょう。
それに比べると、この身体の何と貧弱な事でしょう。
力も早さも並の騎士と同程度しかありません。
技にいたっては……
まあ、身体強化をすれば、エマと同じように100人抜きはできます。
できますが、翌日には半死半生になります。
最悪の場合、全ての筋肉が断裂してしまうでしょう。
数日でここまで動けるようになっただけでも奇跡なのです。
毎日限界ギリギリまで鍛えるしかありません。
そのためにも、元となる魔力を蓄えるしかありません。
とはいえ、牛飲馬食は恥ずかしいです。
特に食糧の限られる野戦陣地で暴飲暴食するのは、将兵の恨みを買います。
「食事と飲み物を持て。
私と影武者の横には常に大量の食べ物と飲み物を置いておくのだ!
私の影武者となる者には、私と同じ振舞いをしてもらわなければならぬ。
同じ量が食べられないようでは影武者が務まらないだろう!」
「はっ、申し訳ありません!」
侍従長が真っ青な顔をして野戦厨房に走って行った。
エマの演技なのだが、料理や飲み物が途切れた時の怒りようは、普段の温厚なエマからは想像もつかない。
設定としては、自分は毒殺されかけた上に火を放たれた。
父親と母親が叔父に殺されるような忌まわしい事件があった。
公爵家を取り返すために軍の先頭に立って叔父を殺した。
もろもろのストレスが原因で、異常な食欲になってしまった。
そういう理由にしておけば、誰もエマの暴飲暴食を止められない。
異様に太るとか病気になるとかすれば、止める事もできるでしょう。
家臣の前で吐くような事があれば、それを理由に諫言もできるでしょう。
だが食べた物を全て魔力に変換しているので、全く太らないし吐きもしない。
本来なら消化吸収で負荷のかかる内臓も魔力を流す事でいたって健康です。
これでは誰も暴飲暴食を止められない。
下手に止めて、ストレスのはけ口が他に向く方が大変です。
家臣領民に強く当たるようになってしまったら、女公爵失格です。
男に走ってしまったら……
エマの為にも家臣領民のために、過去の苦しみと公爵家当主の重圧を、食欲で発散してくれるなら皆幸せになれます。
家臣達はそのように考える事にしたようです。
エマの暴飲暴食に付き合わなければいけない、影武者の私に同情して侍女が教えてくれました。
同情されて少し胸が痛みました。
私は嫌々飲み食いしている訳ではありません。
いえ、カロリーを増やすために甘過ぎる味付けになっている、菓子やジュースを飲み喰いするのは嫌ですが、食べること自体は大好きなのです。
どうせ食べなければいけないのなら、美味しく食べたいだけなのです。
……私、嘘をついておりました。
食べたい、前世で食べられなかった美味しい高級料理を食べたい!
カロリーを重視するなら甘くすればいいとエマに言ってしまった私のバカ!
「ミサキと内密の話がある。
お前達はミサキが呼びに行くまで席を外していろ」
「「「「「はい」」」」」
エマは侍女や侍従、室内の護衛が全員出て行くまで何も言いません。
「ミサキ、そろそろ2体目の複製体が作れる時期になる。
ここで創っても大丈夫だと思うか?」
「成人させた人間を隠せるだけの道具は運ばせています。
やろうと思えばできるでしょうが、無理にここでやらなくてもいいでしょう」
「どういう事だ?」
「エマは1度城に帰ってもいいんじゃないの」
「敵の追撃を止めてか?」
「追撃は騎士団と傭兵団に任せてもいんじゃない」
「領民に乱暴するかもしれないのにか」
「1度ミサキの強さを見せつけておいて、軍律を引き締めればいいよ。
身体強化をしなくても、背中を見せた敵なら1000人は倒せるよ」
「それは駄目だ、適度に稼がせてやらなければ、傭兵団は領民から略奪する」
「じゃあ誰にもできないような派手な戦いをして、倒した敵は傭兵団に捕らえさせて、手柄を譲ればいいじゃない。
エマに必要なのは、身代金じゃなくて最強の噂なんだから」
「……最強の評判か」
「そう、信じられないくらい重くて大きい大木を振り回すとか、馬よりも早く走るとか、騎士を乗せた馬を持ち上げるとか、色々あるじゃない」
「……公爵令嬢の美徳とはかけ離れた噂だな」
「でも、エマに必要なのは公爵令嬢の評判じゃなくて、女公爵の評判だって言っていたでしょう?
大木を振り回し、馬よりも早く走り、馬を騎士ごと持ち上げるという評判があれば、歴戦の騎士も海千山千の傭兵も、絶対に逆らわないでしょう?」
「確かに、そのような姿を目の前で見せられたら、その貴族の領民を害そうとは誰も思わないだろうな」
「だったらやっちゃおうよ。
家臣領民の為なら何でもやるって言って、牛のようのお酒を飲んで、馬のように菓子を食べているじゃない」
「……私に何か恨みでもあるのか?」
「効率を重視して、味よりもカロリーを優先させるのは止めて!
飲み物全てに大量の砂糖を入れるのは止めて!
菓子どころか、ステーキやサラダにまで大量に砂糖をかけさせるのは止めて!
私は美味しく食べたいの!」
「……分かった、普通に作らせるようにする」
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