第25話:複製体2
アバコーン王国暦287年5月29日ハミルトン公爵領野戦陣地・美咲視点
「騎士団長」
「はっ!」
「後の事は任せる。
ハミルトン公爵家の名誉を傷つける事なく、騎士の名誉にかけて民を傷つけるな」
「はっ、女公爵閣下の名誉を傷つけるような事は絶対にやりません!」
「この剣を預けておくから、もしハミルトン公爵家の名誉を傷つけるような者が現れたら、味方の貴族であろうと首をはねろ」
「はっ、例え相手が王族であろうと、女公爵閣下の名誉を傷つけるような者は、閣下からお預かりした剣で首をはねます!」
「うむ、頼んだぞ」
「傭兵団長」
「はっ!」
「傭兵には傭兵の流儀がある事は知っている。
だが、私と契約した以上、契約通りハミルトン公爵家のやり方に従ってもらう」
「はっ、契約通り、ハミルトン公爵家に従わせていただきます」
「うむ、結構。
団長の事だから、大丈夫なのは分かっているが、契約を破った時には、約束通り命をもらうか、莫大な賠償金を支払ってもらう。
どこに逃げようと、地の果てまで追いかける!」
「お任せください、女公爵閣下!
傭兵団が契約を破るような事は絶対に有りません!」
「うむ、これからは騎士団長が指示を出す。
騎士団長が不在の時は、順次次席の指揮官が指示を出す。
その命令に従う事も契約していたな?」
「はい、覚えております。
例え相手が騎士殿であろうと、指揮官として派遣されれば従わせていただきますので、ご安心ください」
「うむ、では後の事は頼んだぞ」
以前から騎士も傭兵も公爵家の当主になったエマを軽んじる事はなかった。
だがそれは高位貴族を敬っているだけだった。
戦士としてエマを恐れている訳ではなかった。
だが今は、エマの事を極度に恐れている。
戦士として、絶対に勝てない強者として恐れ敬っている。
万が一の怒らせないように、ピリピリとしている。
それもしかたがない事だと思う。
エマは私が提案して事以上の示威行為をしたのだ。
どうせやるなら骨の髄まで恐怖を叩き込む覚悟をしたのだ。
馬よりも早く走り、逃げる騎士を馬から叩き落としただけでなく、素手で馬を取り押さえました。
大木を振り回しただけでなく、逃げる軍勢の前に投げ、馬達を驚かせて棹立ちにし、多くの敵騎士を落馬させたのです。
もう、私が考えていた圧倒的な勝ち方すら超えています。
騎士団員も傭兵団員も本気で引いていました。
影武者として最前線に同行していた私が言うのですから間違いありません。
これでハミルトン公爵家の騎士団や傭兵団はもちろん、一時的に雇った雑多な傭兵団も、攻め込んだ領地の民であろうと乱暴はしないでしょう。
あんな怪物のような領主の怒りを買いたい者はいませんから。
問題を起こす可能性があるとすれば、この後で勝馬に乗ろうと擦り寄ってくる貴族士族の私兵達でしょう。
特に心配なのは、アバコーン王国の貴族士族の私兵ではありません。
叛乱起こしたカニンガム王国とウェストミース王国の貴族私兵が心配です。
今でも王家派の民を苦しめている事でしょう。
戦場での略奪を認める事で、安く大量の兵士を集めるのが歴史の常識です。
私が小説を書くために集めていた資料でも、国内外のどの時代であろうと、傭兵的な連中や勝馬に乗ろうとする連中の悪行が書かれていました。
直接エマの恐ろしさを見ていない連中は、騎士団長や傭兵団長が口で言っても信じず、今までの常識通りの行動をする可能性が高いです。
私とエマが相談して決めた、戦後統治のための勝ち方を理解できない可能性がとても高いのです。
「そんな心配そうな顔をするな。
騎士団の連中が命懸けで私の名誉を守ってくれる。
最初はどうしても民に被害がでるだろう。
だが命令に背いた者に厳罰を与え続ければ、そのうち嫌でも守るようになる。
被害を受けた民も、これまでの常識と違う私の方針に感謝するようになる。
完璧など不可能なのだから、最後に目的を達成できればいい」
「……はい」
この辺の割り切りが、平和な日本で生まれ育った私との違いですね。
エマは支配者としての教育を受けています。
少々の被害は当然のモノとして受け入れることができます。
例えそれが人の命や尊厳であろうとです。
私にはとてもできない事です。
口にするだけでの魂が凍り付きそうになります。
そんな言葉を口にしなくてもよくなって、本当によかったです。
「そんな他人に任せられる事よりも、私とミサキにしかできない事が大切だ。
城に戻ったら直ぐに2体目の複製体を創るぞ。
何とか間に合いそうだが、遅れれば帰路の途中で創る事になるのだぞ」
「いや、そんなに慌てなくても、上手く魔力を流せばコントロールできるから」
「そんな事ができるのか?」
しまった、忘れていた。
東洋医学の知識は私しか知らないんだった。
「うん、経絡の中には婦人科系の流れもあるの。
その気になったら月のモノを止める事だってできる。
多少遅らせる事くらいは簡単だよ」
「だったら馬車にいる間に余裕をもって遅らせてくれ。
どうせ眠ったらこの身体に戻るのだから」
「分かったわ、エマが不安にならないように早めにやっておく」
「それにしても、眠るとこの身体に戻るとはな……」
「しかたがないじゃない、理論は分からないけど、そうなっているんだから。
くよくよ考えずに、現実を受け入れて、その上で行動しようよ」
「よく言う、未だにこの世界の現実を受け入れられないのはミサキだろう。
現実を受け入れるのなら、さっさと人殺しを覚えろ」
「ごめん、それは無理」
「だったら私にも無理を言うな。
いずれは受け入れるが、今まだ期待が大きかっただけに落胆も大きいのだ」
「ごめん、そうだよね、やっと身体を取り戻したと思ったのに、朝起きたら私が戻っていて、また身体の優先権を奪われたんだものね……」
「……気にするな。
落胆は大きかったが、もたらされた利も大きい。
私が複製体を支配できるのが分かったのは、想像以上の成果だ。
これでこの身体を安全な場所に隠した状態で、複製体を動かせる」
「油断しちゃだめだよ、エマ。
どれくらい距離が離れた状態で元の身体に戻れるか分からないんだよ。
失敗した場合が怖過ぎて、検証実験ができないけれど、遠く離れていたら元に戻れなくて、魂がさまよう可能性もあるんだからね」
「それは理解しているから、よほどの場合でなければ無茶はしない。
だが、執務室や私室の隠し部屋に、非常時の為の複製体を置いておけば、不意を突かれたとしても憑依できる」
「それは本体であるエマの身体を失った場合でしょう?」
「あ、そうだな、この身体を殺されないのが1番だな」
「まあ、普段常に複製体を使うようにしていれば、不意を突かれるのは複製体よ。
でも、今の状態だと、本体なら簡単に撃退できる相手に殺されてしまうわ。
それなら本体で敵をぶちのめした方がいいわよね?」
「そうだな、大切な複製体を、簡単にぶちのめせる相手に殺されるのは愚かだな。
常に複製体を使うのなら、この身体と同等の強さにしなければいけないな」
「エマの身体も常に鍛え続けるから、同じ強さにするのはほぼ不可能よ。
でもある程度の基準を設けて、そこまで鍛えてから使うのなら大丈夫じゃない?」
「どれくらいの強さまで鍛えた方がいいと思っているのだ?」
「今くらいでいいんじゃないかな?
今なら完全武装の騎士が1000人相手でも負けないでしょう?」
「そうだな、これくらいの強さなら、1人で王国軍を粉砕できそうだ」
「王国や教会に魔術の隠し玉がなければ、そうできると思うわ」
「……嫌な事を言ってくれる。
ミサキがそんな事を口にすると、本当に隠し玉がある気がしてきたぞ」
「そのつもりで慎重に行動してよ。
私の目の前で死んだりしないでよ!」
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