第13話:脱出行
アバコーン王国暦287年3月28日ガーバー子爵領アームストン城・エマ視点
「エマ嬢、王太子の手の者が全て離れました。
今の内に脱出してください」
「お世話になりました、ガーバー子爵。
この恩は必ずお返しいたします」
「楽しみにしています、エマ嬢」
王太子の視察団は直ぐにガーバー子爵領に来ませんでした。
さすがに視察を発表した翌日に、王都から馬車で10日も離れたガーバー子爵領に来るのは、露骨すぎると誰かに言われたのでしょう。
あのバカ王太子でしたら、昔からの側近の言う事など無視して、自分勝手に振舞うのが普通なのですが、眼覆うほどの大失態をくり返しているのです。
王や宰相が監視役を送っているのでしょう。
王都に近い潜在敵対貴族士族領から視察しているようですが、見張りや暗殺者は既にガーバー子爵領を監視していました。
ですがその存在は、ガーバー子爵に見抜かれていたのです。
ガーバー子爵は、家臣や商会を数多く領都を出入りさせる事で、王太子の見張りや暗殺者を忙殺させてくれました。
いかにもわたくしが乗っていそうな馬車や、隠れて逃げ出しそうな大商会の馬車列を仕立てて、見張りや暗殺者を引き付けてくれたのです。
応援の連中が来る前に、わたくし達も逃げなければいけません。
アビゲイル達3人の修道院騎士は、大型の輓馬に牽かせた馬車でわたくしの前後を時間差で行ってくれます。
わたくし自身は大量の砂糖を背負ったロバを連れて領都を出ます。
ガーバー子爵はわたくし達を4人だけで行かせたりはしません。
ずっとわたくしの世話をしてくれていた戦闘侍女も、行商人に仕立ててくれます。
彼女達はわたくしの影武者でもあり、女商人の護衛に変装した騎士や傭兵を連れています。
王太子の見張りや暗殺者が引っかかってくれたら、囮として動きます。
見張りや暗殺者の目を欺けたら、わたくしに合流してくれます。
(子爵の策略通り、領都からは無事に逃げられたようですわね)
(問題は主要な街道や都市には関所がある事よね。
私はまだ地理を完全に把握できていないけれど、素直にブラウン侯爵領に行こうとすると、必ず捕まるのよね?)
(ええ、そうですわ。
でもそれはもっと先の話しですわ。
まずは王太子に媚を売る、男爵領や子爵領を上手く抜けなければいけませんわ)
(ブラウン侯爵領に行くのに避けられないのね?)
(わたくし、ブラウン侯爵領には行きませんわ)
(ふぇ?
ガーバー子爵にはブラウン侯爵領に行くって言っていたわよね?
私にもブラウン侯爵領に行くって言っていたわよね?
私まで騙していたの?!)
(敵を欺くには味方からですわ。
ミサキは正直者で、直ぐに表情に出てしまいますから、策略を使う時には本当の事は教えられませんわ)
(……理由は分かったわ。
私が人を騙すのが苦手なのはその通りだから、理解はするわ。
でも、理解はするけど、思いっきり腹がたつ。
いっぺん殴らせなさい!)
(お生憎様ですわ。
わたくしの身体は、貴女に奪われてしまっていますの。
殴りたければ痛い思いをしてその身体を殴ればよろしいわ)
(他の身体が手に入ったら、思いっきり殴ってあげるからね!
それで、何処に行けばいいのよ。
エマが消えてしまう最悪の場合も考えて、策略の大筋くらいは教えておいてよ)
(……もしわたくしが消えてしまうような事があれば、好きになさればいいわ。
無理にわたくしや両親の仇を討つ必要などありませんわ。
魔力の事も分かって、魔術も使えるようになったのですもの。
好きに生きてくださればいいですわ)
(そう言われちゃうと、逆に好きにできないモノなのよ!
いいからさっさと計画を話しなさいよ。
何の脈略もなく急にこの世界に連れてこられたのよ。
やりたい事もなければ目的もないのよ。
私のいた世界には『袖振り合うも多生の縁』という諺があるの。
ましてエマの身体を使わせてもらっているのだから、多生なんてものじゃないよ。
しっかり最後まで付き合うから、さっさと全部話しなさい)
(相手の対応次第でいく通りもの策がありますのよ。
それを全部聞いていたら大変ですわよ)
(いいわよ、いくらでも聞いてあげるわよ。
これからの事だけじゃなくて、これまでの事も話しなさいよ。
エマの事だから、今まで王太子やイザベラにやられた事を黙って我慢してきたのでしょうけど、復讐すると決めた以上全部吐き出しなさい。
そうでないと、何かあった時、復讐しそこなってしまうわよ)
(ミサキは本当に物好きな方ね。
王太子やイザベラはもちろん、2人に媚び諂う連中にやられてきた事は、数が多過ぎて1日や2日では話しきれませんわよ)
(もういいからさっさと話しなさいよ。
10日でも20日でも聞いてあげるわよ)
(分かりましたわ、魔力を蓄えるついでに全部教えてあげますわ)
★★★★★★
(あああああ!
思い出した!
この世界、私が読んだ事がある小説だわ!)
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