第12話:ガーバー子爵ジークフリート
アバコーン王国暦287年3月25日ガーバー子爵領アームストン城・美咲視点
「エマ嬢にご挨拶にうかがった」
事前に使者を使わして、面会したいと申し込んでいたガーバー子爵がやってきた。
この城はガーバー子爵の物で、私達は助けてもらった立場なのだから、いつでも来ればいいモノを、ちゃんと使者を立てて許可を貰おうとする。
それだけエマの価値が大きいと言う事でしょうね。
まあ、ガーバー子爵が律義で礼儀正しいと言うのもあるでしょう。
「どうぞお入りください」
「失礼いたします」
この後の貴族の長ったらしいあいさつがいまだに慣れない。
エマが言う通りに会話するだけだけど、いつもうんざりする。
エマなしでこれをやれと言われたら、とても耐えられない。
まあ、こんなハンサムを間近に見られて、毎回手にキスされるのは嬉し楽し恥ずかしいから、文句は言わないけれど。
数多くの侍女がコマネズミのように忙しく働いてくれています。
でも、心から信頼できるのはアビゲイル達3人だけです。
彼女達に全て任せると負担が大き過ぎます。
なのでガーバー子爵家の侍女や騎士にも色々と手伝ってもらっています。
最初は何が何でも全部やると言っていたアビゲイル達3人ですが、私が急激に強くなった事で、交代で休んでくれるようになりました。
長期戦を覚悟すれば、無理はできませんからね。
今回のガーバー子爵との朝食も、子爵家の侍女が作り毒見してくれます。
次にガーバー子爵自身が毒見してくれます。
最後にアビゲイル達3人の誰かが毒見して、最後にようやく私が食べられます。
ガーバー子爵は金で小国の伯爵位と大国の子爵位を買えるくらいの大富豪です。
私をもてなすために用意された朝食も豪華で美しく美味しいです。
魔力を蓄える為に量を食べている私には、ありがたい美味しさとカロリーです。
「今日ご挨拶にうかがったのは他でもありません、王家の事です」
「王家が何か要求してきたのですか?」
「はい、エマ公爵令嬢が生きているという噂があるそうで、全ての貴族士族の屋敷を改めると言う通達がありました」
「それは、ガーバー子爵だけを調査するわけにはいかないから、全ての貴族士族を調査すると言う事ですか?」
「いえ、私だけでなく、エマ公爵令嬢やハミルトン公爵夫婦に同情的な貴族士族全員に脅しをかけているのです。
同時に、わずかでも間違いがあれば、不正だと言い立てて罰を与え、王家の威光を見せつけようと言うのです」
「身勝手で幼稚なやり方ですね。
そのような事をして、ブラウン侯爵家を滅ぼす前に、他の貴族士族が叛乱を起こす事を考えていないのでしょうか?」
「連合される前に叛乱させて、各個撃破するつもりなのでしょう。
彼らが暴発しないように、王家の思惑を知らせる使者を送りました。
隠せる物は事前に隠し、隠せない部分は言い訳をする事でしょう」
「言い訳が通用するのですか?
王家は彼らを滅ぼしたいのですよね?」
「分かっておられるのに、私を試されるのですか?
ではその試験に合格してみせましょう。
王家としても、全ての敵対分子を1度には相手できません。
ブラウン侯爵家の精兵とにらみ合っている状態では、特にそうです。
王家の卑怯者達は、私達とブラウン侯爵家を潰し合いさせたいのです。
ささいな間違いを大袈裟に指摘して、ブラウン侯爵家討伐軍に増援させ、最前線に配置して無理矢理攻撃させるでしょう」
「それを見過ごされて、ブラウン侯爵家と戦われるの?」
「まだ私を試されるのですか?
いいでしょう、最後までお付き合いさせていただきましょう。
ハミルトン公爵家を継いだジェームズが、領民に課している税や労役兵役を見れば、王家に負ければどうなるか、国中の民が思い知っています。
騎士や兵士が領地を離れても、領民が必死に城を護ってくれます。
彼らが城を護ってくれている間に、ブラウン侯爵軍と一緒に王国軍を粉砕して戻れば、何の問題もありません。
一時的に王家の命令に従うだけでいいのです」
「確かにその通りですわね。
ですがこの程度の事は、王や宰相なら見抜いているのではありませんか?」
「今回の件は、王太子と教団が、王や宰相に相談する事なく断行したのです。
後々の事を考えれば、どれほど愚かで稚拙な命令でも、撤回できません。
そんな事をすれば、エマ嬢とハミルトン公爵家に対する仕打ちも、愚かで稚拙な王太子の間違った命令だと知れ渡ってしまいます。
もっとも、ほぼ全ての貴族士族が、いえ、ほぼ全ての国民が、エマ嬢とハミルトン公爵家に対する仕打ちが、イザベラ嬢を王太子妃にするための謀略だと知っていますから、何をやっても無駄ですけれどね」
ハンサムが上品な言動で悪態をつくと言うのは、とても様になると言うのを初めて知りましたが、眼福ですね。
それに、とても優秀な情報網を持っているようですね。
「ですが、わたくしがここにいるのが見つかれば、王太子はなりふり構わず襲ってくるのではありませんか?」
「はい、ですから、王太子の手の者が調べに来る前に、エマ様にはブラウン侯爵領に逃げ込んでいただきたいのです」
「簡単に言ってくれますが、王や宰相がそこまで読んでいて、既にこの城が見張られているという事はありませんか?」
「見張られているのは潜在的な敵対貴族士族全てです。
今更気にするような事ではありません」
「気にする必要などないと言われても、気にしない訳にはまいりません。
この状況でわたくし達が城を出れば、確実に襲われます」
「確かに狙われるのは確実ですが、我が城を出入りする商会の馬車数は膨大です。
この命令が出てからこの城に出入りする人間が目を付けられるのは確実ですが、その全てに万全の人数を付けることは不可能です。
同時に、全ての人間を殺す事もです。
そのような事をすれば、それでなくても落ちている王太子の人望が、回復不能な所まで落ちてしまい、貴族士族が一斉に蜂起します」
「ですが、さすがにわたくしも、修道院騎士達を残して1人でお爺様の所まで行くわけにはいきません。
ある程度の人数以上で構成された商会に絞って追いかければ、それほどの人数はいらないのではありませんか、ガーバー子爵」
「城を出てしばらくの間だけ1人で行動すればいいのです。
ある程度この城から離れた場所で、尾行がいない事を確認してから護衛と合流すれば、安全確実に王太子の包囲網から逃れられます。
エマ嬢がとてつもなく強くなっている事は、侍女や騎士の報告を受けています」
「わたくしが強くなっていなかったら、どうするつもりだったのですか?
私が強くなる事など考えておられなかったはずですよ」
「はい、エマ嬢が強く成られる事は全く想定外ですが、王太子がこの城の調査を強行する事は、エマ嬢を助けると決めた時から覚悟していました。
その時には、秘密の抜け道を使って逃げていただくつもりでした」
「今回秘密の抜け道を使わない理由を教えてください」
「エマ嬢も大切ですが、それ以上に自分の命と愛する者達が大切です。
エマ嬢と一緒に逃げなければいけない状態でなければ、抜け道の場所は最後まで秘密にしておくものです。
ハミルトン公爵家でもそうなのではありませんか?」
「ガーバー子爵の申される通りです。
今回は1人で逃げるのが最善のようですわね」
「エマお嬢様!」
「お黙りさない!
わたくしの守護騎士でもないガーバー子爵に、愛する家族や家臣領民共々死ねと命じる事などできませんよ」
「……はい」
「ただ1つだけ頼みがあります、ガーバー子爵」
「なんでしょうか、エマ嬢。
私にできる事なら、何でもさせていただきます」
「旅商人に変装したいのですが、馬車は目立ちますか?」
「確かに馬車を持つ商人は目立ちますね。
1番数の多い商人は、ロバに荷を背負わせる商人です。
ロバと賞品を用意させましょう」
「商品は食料でお願いします。
用意できるのなら、全て砂糖でお願いします」
「そうですね、砂糖なら確実に高価な値段で売ることができますから、商人に偽装して逃げるのなら最適な商品でしょう。
ロバ1頭だけの商人が扱うにしては高価ですが、荷の中身など誰にも分かりませんから、大丈夫でしょう。
今日中に全て用意しますから、いつでも逃げられるようにしていてください」
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