第11話:壱人両名

アバコーン王国暦287年3月15日ガーバー子爵領アームストン城・エマ視点


(エマ、あたし寝るから、その間に魔術書を読んでいて)


(分かっていますわ。

 でも起きたら直ぐに状況のおさらいですわよ)


(その前に武術鍛錬だから。

 1人で100人くらい斃せるようにならないと、とてもブラウン侯爵に合流できないから)


(仕方ありませんわね。

 でも、鍛錬のし過ぎで気を失ってはいけませんよ)


 まあ、もう寝てしまわれたのですわね。

 しかたのない方ですわね!


 でも、ミサキには随分と世話になりました。

 もしミサキがこの身体に憑依してくれていなければ、わたくしはイザベラの毒によって殺されていました。


 とはいえ、もう少し公爵令嬢らしい立ち振る舞いをしていただきたいものですわ。

 このままでは、わたくし、大恥をかいてしまいますもの。


 それにしても不思議なモノですわ。

 身体を使った鍛錬で疲れるのは分かりますが、ミサキの言う魂まで疲れてしまいますのね。


 今はわたくしが身体を使えるようになっていますが、身体はとても疲れていますのに、わたくしは眼が冴えています。


 この身体の優先権は、ミサキにあるのですわね。

 ミサキが寝てしまっている間だけ、ミサキを起こさない程度しかこの身体を使えないと言うのは、哀し過ぎます。


「エマお嬢様、眠れないのですか?」


「どうしても覚えておかなければならない事があるのです。

 この程度の事は、王太子妃教育を受けていた時には当たり前の事でした。

 私の事は気にせず、護衛に専念してください」


「はっ、近づく者がいないか警戒させていただきます」


 今晩の見張りはスカーレットですか。

 お爺様が派遣してくれた修道院騎士も、今はもう3人になってしまいました。

 修道院を襲撃された時に、他の者達は毒殺されてしまいました。


 修道院の外に駐屯していた騎士団と傭兵団も、全滅したと聞いています。

 お爺様はよく逃げ延びられたものです。

 

 自分が生き残るために、ブラウン侯爵家を残すために、可愛がっていた娘の仇を取るために、溺愛している私を切り捨てる潔さは侯爵家の当主としてとても立派です。


 切り札として使えるガーバー子爵を味方にとどめておくために、莫大な利を持つわたくしの救出を任せて預ける謀略も、とても見事なものです。


 父上と母上が同じように貴族らしさを発揮してくださっていたら、生き延びていてくださるはずなのですが、父上の情に厚すぎる点だけが心配です。


 少しでも早く御無事を確認したいのですが、わたくしが下手に動いて、潜伏先を王家に知られるような事があっては、父上と母上の命にかかわります。

 単身でお助けできるくらいの強さを手に入れるまでは、我慢です。


(エマ、お父さんとお母さんを探しに行こうね、むにゃむにゃむにゃ)


 寝言は止めていただきたいですわ!

 お行儀が悪すぎますわよ!


 ……まあ、貴女のお陰で生き延びられたのですから、これくらいは見逃してあげるしかありませんし、他にも色々と役にたってくれていますからね。


 肉体と幽体を別々に使って戦う、ですか。

 初めてミサキに言われた時には何を言っているのか全く分かりませんでした。


 ですが、色々と問い質して何が言いたいのか分かりました。

 ミサキが肉体を使って戦い、わたくしが幽体を使って戦う。

 

 身体強化したミサキが近くにいる敵を殺して、魔術を使うわたくしが遠方の敵を殺せば、敵の数に圧倒される事なく戦えます。


 とても良い案なのですが、1つ大きな問題があります。

 魔力が無ければ使えないと言う事です。


 幸いミサキのお陰で魔力を無尽蔵に蓄えることができています。

 身体強化を使って身体に負荷をかけているお陰で、アビゲイル達が引くくらい急激に強くなってもいます。


 わずか30日ほどの間で、力だけならアビゲイル達修道院騎士を圧倒できるようになっています。


 速さだけでも、アビゲイル達修道院騎士がついて来られなくなっています。

 問題があるとしたら、力と速さを組み合わせた技ですが、それももう30日もすれば、力と速さを組み合わせて、練達の技を圧倒できるようになるはずです。


 ただ1つの問題は莫大な量の魔力を蓄えるために暴飲暴食しなければいけません。

 公爵令嬢にあるまじき恥ずかしい食事量です。


 今も、不味いエールを暴飲しながら魔力を蓄えないといけないのです。

 美味しいワインなら飲みやすいのですが、ワインは安物のエールに比べて酒精が強く、体に負担がかかってしまうのです。


 酒精が弱く、ミサキの言うカロリーの高い飲み物は、貧民が飲むような安くて不味いエールしかないのですから、腹立たしい事です。


 このような不味いエールを飲む役目を私に押し付けるなんて、ミサキは性格が悪すぎます!


 ……明日はまた痛くて苦しい武術鍛錬ですか。

 まあ、幽体のわたくしは痛くも苦しくもないのですけれど……


 騎士の完全武装をした状態なら、ガーバー子爵家の騎士や傭兵に顔を見られる事もないですから、身体強化なしで100人抜きに挑むと言っていましたね……


 不味いと文句を口にするのは公爵令嬢として恥ずかし過ぎます。

 ミサキに負けないくらい努力してこそ、公爵令嬢として民の上に立てるのです。

 ミサキが目を覚まして驚くくらいの魔力を蓄えておかなければいけません。

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